第13話 ハンバーグと内偵者

 昨夜遅く、中西さんからおやすみなさいのメールがあったのに、今朝もおはようございますのメールが届いた。


…なんだか、照れる。

彼氏がいるというのは、こういう感じなんだ~。


いやいや感慨にふけっている暇はない。

お弁当用のおかずが一品ないんだから、早いとこ作らなくちゃね。


咲子はおはようございますと簡単にメールの返信をして、ひき肉を冷蔵庫から取り出した。

ハンバーグを作る予定だ。

玉ねぎをみじん切りにして、ボールに入れたひき肉と混ぜる。パン粉、卵、塩コショウ、ナツメグを入れて手で掴むように混ぜる。


適当な大きさの塊を手に取って、両手でキャッチボールの球を打ち付ける感じで空気抜きをする。表面を滑らかに整えたら、油を引いたフライパンで焼いていく。

蓋をして、やや弱めた中火にして中まで火が通るように注意する。

表面の色が変わったら、ひっくり返してもう片面も焼く。


ハンバーグが焼けたら、お弁当の分だけ取り出して、残ったハンバーグを煮込みハンバーグにすることにした。

少しのお湯と、コンソメの素を一個、ケチャップ、中濃ソース、砂糖、ベイリーフを入れてグツグツ煮込んでいく。


その間にインゲンをゆでて、ジャガイモで粉ふき芋を作った。ニンジンは砂糖を入れて煮て、グラッセにする。


お弁当の汁物は時間がなかったので、コーンスープの素をお湯でといた。


朝ご飯は昨日の野菜の煮物の残りと、お茶漬けだ。


♪お茶漬けサラサラ たくわんカリカリ 梅干しスイスイ♪


頭の中には、お茶漬けを食べる時の歌が回っている。

咲子は小さい頃に母親からこの歌を教えてもらってから、お茶漬けを食べる時にはいつもたくわんと梅干しを用意してしまう。


朝ご飯が終わると、タッパーに尻尾だけ残っていた大根をおろし器でおろして入れて、そこにたっぷりと焼き肉のタレを入れ、ハンバーグもタレにからめるようにして入れた。大根の尻尾の部分は辛みがあるけど、春大根ではあるし、焼き肉のたれが濃い味なので大丈夫だろう。


ふふ、美味しそう。

お昼が楽しみだな。



咲子が家を出ると、中西さんが自転車でやって来た。


「おはようございます!」


今朝もテッパンの野球帽をかぶって、元気いっぱいだ。


「おはようございます。…会えましたね。」


「はいっ!」


中西さんは、咲子が出かける時間に田んぼの水の見回りをしていたと、昨夜こっそり打ち明けてくれたが、本当に時間を知ってたのね。



「いってらっしゃい! また夜にメールします。」


「はい、いってきます。中西さんもお仕事、頑張ってくださいね。」


お互いに笑顔で手を振り合って別れた。


朝からドキドキして、気持ちが弾む。


咲子はついつい出てくる鼻歌を歌いながら、車を走らせて行った。




◇◇◇




 今日もいつも通りの図書館の業務をこなしていたが、お昼休憩の前に更紗さんがやってきた。


「咲子さん、こんにちは!」


顔は満面の笑みというか、ニヤニヤしているように見える。


「どうも、こんにちは。秋月主任、休憩に行って来ていいですか?」


「ええ、いいわよ。」


咲子がお弁当バッグを持ってカウンターを離れると、更紗さんもついてきた。


ちょうど咲子が図書館に着いた頃に、中西さんのお母さんからメールがあった。

姪の更紗が話したいことがあるので、そちらに訪ねていきたいと言っているということだった。

それを読んで、咲子も昼休憩の時間を光枝さんに知らせていた。

どうやら伯母さんから更紗さんに連絡がいったようだ。



「ちょっと暑いけど、公園でもいい?」


「ええ、いいですよ。咲子さんがお弁当だと聞いたので、私もハンバーガーを買ってきました。」


そう言って、更紗さんは紙袋を見せてくれた。


公園の木陰のベンチで、二人並んでランチをすることになった。


「時間を取ってくれて、ありがとうございます。」


「いいえ。話というのは何なのかしら?」



更紗さんはかぶりついたハンバーガーのタレが口端についたのを紙ナプキンで拭いて、横目でチラリと咲子を見ながら、まずは謝ることにしたようだ。


「昨日は私が勘違いして、咲子さんに悲しい思いをさせちゃって、ごめんなさい。」


「…そんなこと。でもその後で、中西さんに家に行くようにと言ってくれたんでしょ?」


「そーなの! あれは絶対勘違いしてるから、説明しに行ったほうがいいって、私がすぐに言ったのに、哲ちゃんったら『咲子さんは自分に彼女がいようがいまいが、気にしないだろう。』って言うんだもの…。鈍感でしょ。」


「そうだったの…。ありがとう、うちに来るように言ってくれて助かりました。」


高校生の前だというのに、顔が赤くなってしまう。

更紗さんは咲子の顔を見てまたニヤリと笑いながら、その後の様子を話してくれた。


「昨日はうちのおじいちゃんの法事の前ガンキで、哲ちゃんの家に近所の親戚が集まってたの。お酒とおつまみが少なくなったから、哲ちゃんと二人で買い出しに行ってたのよ。」


「前ガンキ?」


「法事の前夜に身内だけで、お経をあげるの。」


「へぇ、そんな風習があるのね。あら、じゃあ今日は法事なんじゃないの?」


「ふふふ、咲子さんったらわかってないなー。昨日の夜、哲ちゃんがなかなか帰ってこなかったでしょ。どーいうことになってるのか、親戚一同にお伺いをたててこいって言われちゃって。私が代表で聞きに来ましたっ!」



まぁ……。


咲子は親戚付き合いが薄い転勤族の家庭で育ったために、こういう親戚の関心がよくわからない。

これって、普通なんだろうか…?


「ええっと…あの…お付き合いをしてみようという話になりました。」


「やったー!キャッホー! よし、よしっ。哲ちゃんにしてはよくやったよ。」


いやに喜んでくれている。

なんだか、いたたまれない気持ちだ。



「あの、私なんかでごめんなさい。歳もその、一つ上だし。」


「何言ってんのよ咲子さん。哲ちゃんは友達は多いんだけど、いまいち女の人に恋愛対象に見てもらえなくてね。咲子さんが初めての彼女なのよっ! 歴史を変えた一瞬だね…。」


そう言って、更紗さんはジーンと感動している。


その後、更紗さんが教えてくれた哲ちゃんよもやま話の中の一つで、高校の卒業文集の顛末が一番咲子の心の中に残った。

クラスの女子が結託して、哲也さんのことを一人ずつ一行詩にして評していったそうだ。


どっちもどっちは えーいーあん

叫ぶは おらぶ がんもどきは くずし

……………………………


雨が降ったら え~降りじゃのぅ

陽が照ったら え~照りじゃのぅ


大賀おおか哲民の詩」と題されたこんな詩に応えるように、哲也さんは「恐ろしや、このクラスの女ども」と書いていたそうだ。

可愛いがられておもちゃにされている哲也さんの人柄がよくわかる。


でも中西さん、私の前では標準語だよね。大賀弁は聞いたことがない。

まだまだ地の部分が出ていないのかな…。


 




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