第129話 ジルコール元将軍

 俺たちの車列はサンドロースを経て、再びサン・イルミド海峡の畔まで来た。

 さすがにここまでミスティが運転すると大分慣れて来たようで、今では問題なく、運転している。

 ナルディたちが渡河した地点で、先に到着していた隊員から説明を聞くが、渡河したのは既に1週間以上も前の事だ。

「反対側の岸で黒塗りの筏が見つかっています。帆も黒で月が出ていなければ、ここで黒い筏を見つけるのは至難の業です」

 説明を受ける傍ら周囲を見回してみるが、ここに筏にできるような木はない。車を乗せるとなると、それなりに太い木が必要と思われるが、ここにあるのは草だけだ。

「筏となる木が無いが…」

「恐らく2号車に積んで来たのでしょう。色も黒、帆も黒となると、ここで資材を調達して、筏を作ったとは考えられません。

 それにこんなところで、筏を作っていたら、我々に見つかってしまいます。イリシーゲル周辺の森で切った木を予め加工して積んで来たと見た方が良いでしょう」

 アリストテレスさんが説明する。

「すると、2号車にはクレーンがついているということか?」

「2号車だけではないでしょう。ウラン爆弾の積み込みにも必要でしたでしょうから、どちらもクレーン付きに間違いはないでしょう」

 今から考えれば当たり前の事が、事前の検討で考えられない。今回、我々が後手後手に回っている原因もそこにありそうだ。


「では、直ぐに対岸に渡ろう」

 4軸垂直離発着機に極地探検車と電動駆動車を乗せて、対岸に渡った。

 こちらでも、担当の隊員がいて、説明してくれた。

「ここからは、近くの国道までタイヤ痕が続いていますが、国道に入った後は行方が分かりません。

 ただ、タイヤから落ちたと思われる土が発見されていて、その跡を追うと自分たちの領土であったワンレインへ向かったと思われます」

「ワンレインの情報と現在の状況は、どうなっている?」

「ワンレインは州都ワンレイン市の人口が約150万人、エルバンテ帝国最大の湖ラフランテの畔に位置しています。

 主な工業は豊富な水を使った鉄鋼業や自動車産業です。あと、水が豊富なため農業も盛んです」

「旧領主、特にジルコール将軍はどうしている?」

「旧領主は自領で農業を主体とした事業を行っており、昔ほどではないにしろ、今でもかなりの資産を持っています。

 ジルコール家も同様です。ただし、長男以外の息子は全てどこかの企業に勤めており、今の家には、長男の家族とジルコール夫妻が住んでいるだけです」

「将軍の動きに変化はないか?」

「これと言って見当たりません。今では引退し、毎日、園芸の薔薇作りに精を出しています」

 あのジルコール将軍が園芸とはなかなか信じ難いが、それは俺たちの目を欺くためか、それとも本当にそうなってしまったのか、会ってみないと何とも言えない。

「では、今からワンレイン市を目指そう。クラウディア、ここからだとどれくらいでワイレイン市まで行ける?」

「ここからは国道と高速道路を使えますので、5日程で行けると思います」

「では、早速、出発だ」

 極地探検車とそれに繋がれた電動駆動車が動き出したが、その先頭には軍の装甲車と憲兵のパトカーが先導する。

 もちろん、後ろの方にも4台ほどの装甲車と隊員輸送用のトラックも追従する。

 パトカーが先導するため、信号で止まる事はなく、5日の朝にはワンレイン市に入った。

 そのまま、軍の駐屯地に行き、そこで休憩と会議を行う。

「現在の状況から説明してくれ」

 会議室に集まった関係者に向かって、状況を聞く。

「ナルディ一派の行方は、相変わらず分かっていません。ワンレイン市は厳戒態勢を取っており、市民の生活にも支障が出始めていますが、市民にもこの事は周知しておりますので、暴動のようなものは起きていません」

「食料やインフラについては、確実に届くようにしてくれ」

「食料、水などは周辺の州からも優先して回して貰っています。

 軍のほうについては、魔石空母ミズホ、魔石戦艦ヤマトをラフランテ湖に回して貰っており、明後日には到着の見込みです。

 それに伴い、ホーゲン隊、ウォルフ隊、ポール隊の各親衛隊もこちらに向かっています」

「陸亀ホエールはどうした?」

「陸亀ホエールもほぼ同時期に到着の予定です。陸亀ホエールは、ブリマー隊が指揮を行っています」

「うちの娘と息子はどうしている?」

「アヤカさまたちは、ブリマー隊長と一緒に陸亀ホエールで来るそうです。タケルさまは魔石研究所でキューリットさまと一緒です」


「旧ワンレイン領主とジルコール将軍に会いたい。相手に申し入れてくれないか?」

「既にその指示は頂いておりましたので、相手方のアポは取ってあります。事情が事情ですから、いつでも良いそうです」

「それでは。今から行くとしよう」

 俺たちは極地探検車ではなく、軍の車を使ってジルコール邸に向かった。

 軍の駐屯地は郊外にあり、ジルコール邸は市の中心部にある。大体1時間くらいの距離だ。

 ここも憲兵のパトカーが先導するので、信号に止まる事なく通過できる。

 さすがに昔の伯爵位であったジルコール邸は大きい。塀の外から見ると奥の方に白い建物が見えるが、あれが本館なのだろう。

 正門のところで停止すると、門が自動で開いた。

 俺たちの車列はゆっくりと入り、本館の車止めで停車した。

 玄関に向かうと、先に玄関が開いて、ジルコール将軍が姿を現す。いや、既に将軍の職を引退しているので、元将軍と言った方が的確だろう。

「ごぶさたしております。ジルコール将軍」

「ホッホッホ、もう将軍ではない。今では、ただの老い耄れじゃよ」

 これが、勇猛と言われたジルコール将軍なのか。顔もいかつさが無くなり、頭も白髪となって、見た目や語り口は好々爺ではないか。

 俺たちは客間に通され、テーブルを挟んで向き合った。

「実は将軍、いや、元将軍、大変な事になっています」

「ハッハッハッ、元将軍もいらんよ、ジルコールでいい、貴方は皇帝陛下なのですから。それより、話は聞いております。ナルディが謀反を働いたとのことですな」

「ええ、それで、ナルディ・キロルを追っておりますが、なかなか所在が掴めません。それで、ジルコール殿が何か知っていればと思い、訪ねてきました」

 そこまで言って、窓の外を見ると、一面に薔薇が咲き誇っている。どうやら、引退して薔薇の園芸を趣味としているのは間違いではなさそうだ。

「儂の話が参考になれば良いが…」

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