第130話 生い立ち
「ナルディ・キロルは生まれた頃から知っておる。なにしろ、やつの親と儂は幼馴染でな。良く、公邸でパーティがあった時には一緒になったもんだ。士官学校にも一緒だったが、やつの親の方が儂より一つ年上でな。良く儂を遊びに連れて行ってくれたもんだ。
結婚もやつの方が早くて、結婚して、1年後には長男が生まれ、キロル家は喜びに沸いておった。
そして、次男、ナルディじゃな。が、生まれたナルディは幼い頃から人とは違っておってな、4歳の頃には字を覚え、計算も速かった。さらに音楽の才能もあって、6歳にして、公邸で楽器を演奏して出席者全員を驚かせた。
父親もそんなナルディが自慢だったが、家は長男が継ぐ。どうしてもナルディは他家に婿に行くか、士官学校から軍隊に入り、家を興すしかなかった。
しかし26歳の時だ。エルバンテ領が官僚試験を行うと発表した。その噂は直ぐにここまで来てたが、エネバンテ領の言う事を理解できる人物はこの地におらんかった。
それはそうじゃろ、今まで国王とその国王に認められた領主、そしてそれを守る貴族という枠組みの中で生きて来た我々にとって、試験で働く地位が決まるというのは理解せよと言うのが無理だった。
だが、ナルディは聞いたとたん、それを理解し、父親にエルバンテに行きたいと申し出たのだ。
父親もエルバンテの武力は知っておったし、勢いも認めておった。幸い、家も貴族なので学費にも困らない、ということで、ナルディのエルバンテ行きを快く快諾したのだ。
父親もこのままでは、優秀な次男が埋もれてしまうのが惜しかったのかもしれんな」
ジルコール元将軍の話に区切りがついた。
「それで、ナルディ・キロルとは、どういった人物なんでしょうか?」
「ナルディは、人を引き付ける魅力がある。意見が合わなくても、絶対に相手を否定しないし、激高することない。穏やかな語り口で、相手を包み込むようにして話す。だが、意見が違う相手も最後はナルディの言う事の方が正しいような気がしてきて、最後にはナルディの言う通りになってしまう。そんな魅力がある」
「好戦的ではないと?」
「ああ、好戦的ではない。物静かで、それでいて内に秘めた芯の強さがあるが、それを表に出さない。しかも、ずば抜けて頭が良い」
「ナルディは、このままならエルバンテ帝国の中枢にも成れる存在でした。それが何故、謀反を行ったのでしょう?」
「さあな、やつは心優しいところがある。もしかすると、周りの者に持ち上げられたかもしれんが、それだけではないだろう」
「ナルディがどこに行ったか分かりますか?」
「それは分からんな」
「長男の所に行ったとは考えられませんか?」
「それは無いだろう。長男は事業に手を出して、今ではいつ潰れてもおかしくない状態だ。今更、頼るとは思えん。
それに、長男の母親と、ナルディの母親は違うんじゃよ」
「えっ?それはどういう事ですか?」
「ナルディの母親はもともと母親について来た侍女でな。父親と長男の母親は長男が生まれて間もなく仲が悪くなって別居状態だったんだ。
だが、第一夫人となった以上、別れる事はないし、母親も戻る所はないからの。
父親はそんな時、母親について来た侍女に手を出して、生まれたのが、ナルディだ。
父親は責任を取って侍女を第二夫人としたが、そうすると長男の母親でもある第一夫人は面白くないだろうて。夫にも相手にされなくなった第一夫人は長男を可愛がったのだが、それは致し方無い事だったのかもしれん」
「その第二夫人の母親は今どこに?」
「母親の元に行ったと思っておるのだろうが、それは無駄だ。母親はとっくの昔に死んでおる。母親だけではない、父親も、第一夫人も死んでおる。今では、キロル家は長男家族しかおらん」
「そうですか、それなら他に寄る所はないでしょうか。友人とか幼馴染とか」
「ナルディは頭が良すぎた。友人となるような子供はいなかったな。相手もどこか大人を相手にするような感じなので、ナルディと合わなかったのかもしれないがの。
そういえば、ナルディのエルバンテ行が決まってからか、父親と第一夫人が亡くなったのは」
「どういうことでしょうか?」
「いや、実の母親は病死だったのだが、第一夫人は変死だったのだ。皮膚が火傷のようになって剥けてくるのだ。
それは父親も同じ病だったらしい。これがナルディがエルバンテに旅立つ1か月前位の事だった」
ジルコール元将軍の話に出てくるのは放射線障害に違いない。
ナルディはこの地で既に放射性物質を手に入れていたと考えられる。
そうすると、ここで、再びウラン爆弾を作る画策をするかもしれない。
「ありがとうございました。では、これから元ご領主のワンレインさまの所へ行きたいと思います」
「ご領主さまは儂より事情は知らんだろう、行くだけ無駄だと思うが」
「では、長男の方の所へ行きます」
「やつは事業に失敗して、借金が大分ある。今は酒浸りだという事だ。こっちも行っても無駄だと思うが」
「我々には手掛かりがありません、少しでも情報が得られれば良いのです。取り敢えず長男の方に行ってみます」
俺たち一行は、ジルコール邸を後にした。車の中でラピスに聞いてみる。
「ジルコールの話はどう感じた?」
「ジルコール元将軍の話に嘘は感じられませんでした。恐らく、本当でしょう」
ラピスは相手の心を読むことができる。それが、嘘ではないと判断した。
ジルコール邸を出て、さほど時間も掛からずに、キロル家長男の家に着いた。たしかに、困窮しているようで、壁や門が壊れており、幽霊屋敷と間違えるくらいだ。
庭にも花ではなく、草が生えている。
「長男の名前は?」
俺の質問にエミリーが答えた。
「サミエル・キロル、43歳です。第一夫人だけ居ます。子供は女2人で、20歳と17歳、どちらもまだ独身です」
俺たちは、キロル家の邸宅の玄関に車をつけた。
「失礼します」
玄関に向かって言うと、しばらくして中から扉が開いた。
気品はあるが、疲れた感じの若い女性が聞いてきた。
「あのー、どちらさまでしょうか?」
「私はシンヤという者です。実はナルディという人について聞きたい事があります」
女性は一瞬、困惑の顔をしたが、俺たちを中に迎え入れてくれた。
「では、父を呼んでまいりますので、こちらでお待ち下さい」
そう言って通されたのは、あまりきれいとはいえないが、昔は豪華だったと思わせる造りをした客間だった。
そこの椅子に掛けて待っていると、酒で顔を赤くした中年の男性が入ってきた。
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