第91話 蚊の撃退法

「私が行きます」

 声を上げたのはマリンだった。

「キラープラントの幻覚はどうするんだ?」

「私に考えがあります。やらせて下さい」

「分かった。マリンに任せよう」

 直接、外部に出る扉を使用すると、幻覚の匂いが車の中に入って来る可能性があるため、まずは小型移動車の格納庫にマリンは行く。

 次に車内と格納庫の扉を閉めてから、外に出ることにした。

 外に出ると同時にマリンは自分の身体を水の風船で包んだ。こうすることにより、水で匂いを遮断するつもりなのだ。

 その水の風船に入ったまま、ウォーターカッターで蔦を切って行く。

 極地探検車を一周すると、車が動き出した。ぐすぐすしていると、また、蔦に絡まれるので、ここはさっさと移動した方が良い。

 蔦を切り終えたマリンが、小型移動車の格納庫から帰って来た。

「マリン、お疲れさま」

 嫁たちもマリンに礼を言っている。

「蔦の成長が早いです。直ぐににここを離れる方が良いです」

 それは分かっているが、どこまで行けばいいのか、判断がつかない。

 それ程、大きな草原ではないので、直ぐに草が高くなり、そのうち、草が木に変わった。

「まだ、幻覚の匂いは漂っているだろうか?」

 エミリーがクラウディアに代わって外の空気の分析をしている。

「大丈夫みたいです」

 分析結果は出たが、では外部の空気を取り入れようかというと、直ぐにそれを判断できないのは、まだこの地について良く分からないからだ。

 木を切りながら、森の中を進んで行くと、それ程時間も掛からずに対岸の海岸に出た。

 再び、渡河の場所を解析して、次の中州に渡る。

「また、何かあるかもしれないな」

 次の中州に渡った俺は嫁たちに言う。

 嫁たちも、そう思っていたのだろう、全員が顔を曇らせている。

 衛星画像を見ると、先程の中州より更に小さい。しかも、木はほとんどない。草地が一面にある中州だ。

「真っすぐに行けば近いが、こういう時は絶対何かあるよな」

 俺の意見に嫁たちも頷く。

「大きな魔物が居るかもしれません」

 ミュなら魔物が居ても対応できるだろう。

「ノコギリヤマメみたいな小型の魔物かもしれません」

 こちらも、ネルなら対応出来るだろう。

「また、キラープラントみたいな植物の魔物かもしれませんよ」

 ラピスの懸念も最もだ。あそこに居て、ここに居ない訳がない。

「なら、回り道するか?」

「いえ、どうせなら行きましょう。いざとなればエリスさまも居る事だし」

 マリンは怖い物知らずだな。

 確かに、エリスの転移魔法なら直ぐに自宅に帰れるだろう。

 結局、そのまま草地を行く事になった。

 背の低い草が生い茂っていて、極地探検者が通ると小さな虫が、飛び立つ。

「あの虫は毒虫じゃないか?エミリー捕集して分析できるか?」

 外気取り入れ口のフィルターに捕まった虫を収集して、分析してみる。

「毒はないようです。これは蚊の仲間になりますね」

 蚊という事は、血を吸う訳か。

「それだと、外に出た途端に血を吸われるのか。なんだか痒くなりそうだな」

 血を吸うと言う言葉を聞いて、ネルが困った顔をした。

「いや、ネルの事を言った訳ではなくてだな…」

「いいんです、私は所詮、蚊のような女なんです」

 ネルがいじけた。

「ネルにはちゃんと俺の血を飲ませているじゃないか。蚊と違って、吸っている訳じゃない。それにネルは精でもいいし、蚊と違うだろう」

 なんだか、慰めになっていない。

「もう、旦那さまは、だめですね。ネルさん向うに行きましょう」

 ラピスがネルを連れて行った。

「エミリー、外に出る可能性も考えて、今のうちに二酸化炭素を入れたポットを用意してくれ」

「二酸化炭素をですか?何に使うんです」

「蚊から襲われないためだ。その時になったら分かるから」

 極地探検車は草地を進んで行くが、真ん中辺りまで来た所で再び極地探検車が止まってしまった。

「クラウディア、どうした?」

「車が進みません。車輪が空回りします」

「何?」

 たしかに、車輪は回転しているが、前に進まない。

 そのうち、車が沈みだした。

「クラウディア、どうした?何で沈む?」

「外部カメラの映像を見て下さい。ここは、底なし沼で車が沈んで行きます」

「さっきの二酸化探査のポッドを外部に放出後、マリン、ミュ、ネルは外に出て、この沼を凍らせてくれ。ポッドからの二酸化炭素は徐々に放出するようにセットするんだ」

 俺が指示をしたので、ネルも帰ってきた。

 クラウディアが二酸化炭素の入ったポッドを、極地探検車のロボットアームを使って、外部に放り出した。

 放り出されたポッドからは、徐々に二酸化炭素が出て行き、そのポッドに蚊が集まり出している。

「よし、マリン、ミュ、ネル頼む」

 3人が極地探検車から出て行き、外の沼を凍らせた。

「クラウディア、動きそうか?」

「2号車の駆動輪にも電力を送っています。全出力で脱出中です」

「ガン」

 その音と供に極地探検車が動き出した。

 そのまま、全速力で沼地を抜けて対岸に出た。

「どうして、二酸化炭素のポッドを準備したのですか?」

 ラピスが聞いてきた。他の嫁も不思議そうな顔をしている。

「動物は息をすると、二酸化炭素を出すだろう。蚊はその二酸化炭素に寄って来る性質があるんだ。だから、わざと二酸化炭素を出してやると、獲物だと思って群がったのさ」

「そうなんですか?旦那さまは物知りです」

 ラピスが俺を褒めるが、お世辞と分かっていても嬉しい。

 やはり、俺は褒められて伸びるタイプだからな。

「でも、私は二酸化炭素なんかに騙されませんよ」

 ネル、お前は蚊じゃないだろう。

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