第21話 戦場

 自宅となった旧ヒキアベックス邸に戻り、嫁たちと執務室に入る。

 部屋の隅にはモメデットが待機しているが、偵察に出るので準備をするように指示を出して、俺たちだけで会議を行う。

「エミリー、立体GPSを出してくれ」

 エミリーが小型プロジェクターをカイモノブクロから出し、机の上に画面を出すと、その画面が3Dになった。

「あの地図と相手方の領地から該当する地域が分かるか?」

 エミリーが3D-GPSを操作する。

「この辺りだと思います。ここに草原があり、ここで決戦するつもりなのでしょう」

「相手は1万と言っていたが、こちらの戦力はどれくらいなんだろう」

「この前、ヒキアベックス将軍の謀反の時は1万5千出ました。それから推察すると、その2倍の戦力はあると考えて良いのではないでしょうか?」

「と、なると3万対1万か、相手は人数的には不利だな。そうなると、何かしらの勝算があって、攻めてくると考えた方がいいだろうな」

「兄さま、ここのところに川が流れています。と、言う事は川の周辺は湿地になっているかもしれません」

 マリンは人魚だけあって、水のところが気になるようだ。そこも頭に入れておいた方がいいだろう。

 もう一度、3D-GPSを見てみると、川の周辺は小さな池が点々としているので、湿地になっている可能性が高い。さすがに3D-GPSでも湿地の状態までは分からない。

 今度はラピスが3D-GPSを操作している。

「旦那さま、範囲を拡大してみると、ここは盆地になっています。すると、朝方には濃霧が発生する可能性もあります」

 たしかにラピスの言うとおりだ。

「ミュ、獣人は夜目が利くが、濃霧でも大丈夫なのか?」

「いえ、濃霧までは無理です。ラピスさまの言うとおり、濃霧が出てくる朝方に何かやろうとすれば、それは有効な手段になると思います」


 今日のうちに自宅を出て、戦場となる可能性のある場所まで行く事にした。

「それでは、モメデット、留守は頼んたぞ」

「はい、おまかせ下さい」

 俺たちが出かけると、モメデットは俺たちの部屋を探るだろうが、そんな探られて困るような物は全て、カイモノブクロに入れてあるので、何も出てこないだろう。


 王都の中心街を西門の方に向かう。最近は俺たちの事も知られてきたため、俺たちを見た住人が道を開ける。

 そうでなくても、大きなキチンが通るのだ。否が応でも横に避けてしまう。

 西門に着いたら、門兵が検閲をしていたが、キチンに乗った俺たちを見て、

「シンヤさまですね。お勤めご苦労さまです」

 そう言い、行く手を開けてくれた。

 通行許可証を見せるまでもない。顔パスってやつだ。

 王都の門を出ると、塀の外にはスラムのような家が建っており、昔のエルバンテを見ているようだ。

 今のエルバンテは個人で家を持つ事は難しいが、それでも国立のアパートや社宅があり、スラム街は既に昔の話になっている。


 キチンに取り付けれた、GPS上の地図に目的地を設定し、俺たちは進む。

「ラピス、上空からの偵察を頼む。何かあれば無線で連絡をくれ」

「旦那さま、分かりました」

 ラピスだけは、キチンではなく、ペガサスに乗っている。

 ラピスはペガサスを上空に誘うと、遥か先に駆けて行った。

「ガー、ガー、旦那さま、聞こえますか?このまま農地が山の麓まで広がっています。

 山の中に入るとそこは森です。その森を過ぎて、山を下ると例の草原があります」

「了解した。戻って来て貰っていい」

 そんな会話をして30分ぐらいすると、ラピスが乗ったペガサスのビビが戻ってきた。

「ラピス、ビビ、お疲れさん」

 俺は二人を慰労する。

 ラピスは頬を紅潮させ、ビビは得意そうに鼻を鳴らした。

 再び、6人で山へ続く道を駆けて行く。

「夜になる前に、森を抜けたいな」

 俺の言葉に嫁たちが肯く。夜になると森の中に住む魔物の動きが活発になる。

 中には狂暴な魔物もいるかもしれないし、群れを作る魔物も居るかもしれない。

 森に入る前に時計を確認したら、午後3時だった。

 森に入り、進んでくと森が深くなっていき、陽も傾いたこともあって、森の中は暗い。

「ミュ、先頭を頼む。マリンは最後尾を頼む」

 ここは戦闘力のある者を前後に配置する。


「サンダーアロー!」

 ミュが叫んだ。

 その先には、感電死したヘビーアナコンダが居た。

「この森を早く抜けよう。惜しいが、魔石は諦めよう」

 ミュが魔石を取り出そうとしていたが、俺がそれを中止させた。

 午後4時半を過ぎれば、森の中は真っ暗だが、それでもまだ森を抜けない。

「ホー、ホー」

「キイー、キイー」

 森の奥から、獣の鳴き声がする。暗くなってからの獣の鳴き声は、不気味さを感じる。

 GPSを見るとあと僅かで、森を抜け出る事になっているが、それでも陽は落ちていく。

 視界が開けてきたと思ったところに肉食うさぎの群れが居た。

 その数20匹ほどで、こちらを待ち受けている。

「ファイヤーボール!」

 ミュが直径3mほどのファイヤーボールを出し、肉食うさぎに投げつけると、うさぎが一瞬のうちに焼きうさぎになった。


 そして、俺たちは草原に出た。

 たしかに草原で、この季節はまだ草が伸び切っていないとは言え、それでも人の腰の高さまでの若草がある。

「ミュ、エリス聖結界を張ってくれ」

 ミュとエリスが聖結界を張ると、そこら辺りの草が横倒しになる。

 そこにカイモノブクロを改造したテントを張る。

 時々、テントから出て外を確認してみるが、小さな動物たちが見えるものの、他には何もいない。

 ただ、上空にはたくさんの星が瞬き、それは見とれてしまう程だ。

 そして、その中には丸い月が見える。今日は満月だった。

「ご主人さま、何をご覧になっています」

「ミュか、星がきれいだなと思って。それと今日は満月だ。満月を見るとミュと出会った時を思い出す」

「そうですね」

「あら、シンヤさま、今の言葉、聞き捨てならないわね」

「そうです、旦那さま。じっくりとお話を聞かせて貰う必要があります」

「「そうです、そうです」」

「お前たち、その話はもう知っているだろう。何回、聞けば気が済むんだ」

「だって、その話を聞くと心が乱れるんですもの。そうして旦那さまに優しくされるとなんだかいつもより、その…、高ぶってしまう自分が居て…」

 ミュ以外の全員が目をウルウルしている。

 こうなったら、仕方ない。

「エリス、自宅の寝室に転移だ」

「自宅ってどっちの?」

「えっと、エルバンテの…」

 エリスが魔法陣を広げると、俺たちはエルバンテの自宅の寝室に居た。

 北の国とは時差があるためか、エルバンテはまだ夕方だった。

 食堂に行くと、侍女たちが居た。

 侍女長のサリーが話しかけてきた。

「おかえりなさいませ、シンヤ兄さま、姉さま方」

「サリー、突然すまない。今夜はこっちで夕食と風呂にしたい。準備してくれるか。それとホーゲンはどうしている?」

「分かりました、準備致します。それと主人は国防省にまだ居るはずです」

「そうか、子供の事もあるから、サリーも適当にして帰っていいぞ」

「主人も、もう直ぐ帰るでしょうから、大丈夫だと思います。連絡は入れておきます。子供たちに、ご飯とお風呂を入れさせるように言ってきます」

 あのホーゲンが、子供の世話をするのは考えるだけで可笑しいが、彼も人の親になったということだろう。

「アヤカちゃんたちとタケルくんには連絡しますか?」

「明日の朝には、また出かけるので、連絡しなくてもいい。子供たちも連絡があると気が散るだろうから」

 エリス、ミュ、ラピスはちょっと残念な顔をする。子供たちは現在、学院のドミトリーで集団生活をしている。

 自宅で一晩過ごした俺たちは翌朝、再び北の国にある草原に転移した。

 テントの外に出ると一面に霧が出ており、一寸先も見えない。

「ミュ、見えるか」

 ミュの目が赤くなり、暗視モードになっているのが分かる。

「いえ、ダメです。この濃霧だと何も見えません」

 この濃霧だと動きが取れないので、霧が晴れるまで、そのままで過ごした。


 1時間ほどすると風が出て来て、霧が動き出した。するとそんなに時間も掛からずに視界が良好になってくる。

 そうすると辺り一面が明らかになってきた。

 俺たちが居るところは川に近く、湿原との境辺りだった。なので、若い草が多かったのだ。

 だが、湿原から離れると、まだ背丈の低い草があることも分かった。

 こちらだと、草は踝ぐらいの高さなので、馬を展開できるだろう。騎馬での戦いはこちらが主戦場となると予想される。


「ラピス、上空からこの場所を確認してくれ。映像も撮影を頼む」

 ラピスがペガサスのビビに跨り、上空に上がって行く。

 俺たちはキチンに乗って草原を調べるが、特にこれといった特別なものはなく、ただの草原だ。

 ラピスも1時間程で帰ってきた。

「川の方に何か生き物がいます。上空から見ただけですが、かなり大きな生き物です。魔物かもしれません」

 ラピスが撮影したビデオを全員で見ると、そこには川の中や岸に四つん這いの生き物が映っていた。

「クロコダイルアーミーね」

 エリスが言う。

「クロコダイルアーミー?」

 俺の質問にエリスが答える。

「そう、大きくなると長さ15mにもなる魔物で、性格は恐ろしく狂暴。喰いつかれたら離さないわ。

 そして、何でも喰らう。人だろうが、馬だろうが」

 あともう少し、川の方に行っていたら、俺たちもクロコダイルアーミーの餌になっていたかもしれないと思うと、背筋に冷たいものが走る。


「と、すると反乱軍は、あいつを使う可能性があるか?」

「たしかに動きは俊敏だけど、水のある場所から遠く離れて襲う事はないわ。戦場が川の方になれば別だけど…」

「だが、真正面からぶつかるとは考え難い。何かしら作戦を考えるならあのクロコダイルアーミーを使うのが手だろう」

 俺の言葉にラピスが発言する。

「旦那さまの言うとおりです。朝、霧の濃いうちに、火魔法などで追立て、川の方に誘導すると挟み撃ちにできます」

「霧は水分だ。それに朝露で草が湿っている状態では火魔法は限界がある」

「川を堰き止めるというのはどうでしょうか?水の部分が増えれば、クロコダイルアーミーの動く範囲が広がります」

 今度はエミリーだ。

「だが川を堰き止めるにはどうする?ラピス、上空から見てどうだった?」

「近くに岩山があれば、岩を落とす事は可能でしょうが、あの川の反対側は林でしたので、川を堰き止めるのはちょっと難しいと思います」

「あの川の大きさから見ても、川を堰き止めるのはかなり大変だ」

 エミリーが、肩を落としている。

「エリス、基本的に川から離れないが、陸上でも生活できるんだろう。だとしたら、クロコダイルアーミーをこちらに誘い出すって事は考えられないか?」

「考えられない事ではないけど、問題はどうやって誘き出すかね」

 餌を置きに行くのが一番だが、餌を置きに行った人間が餌になってしまう可能性が高い。

 そうなると、誘き出す前にやられてしまい、誘い出せなくなってしまう。

「うーむ、そうだな」

 俺たちは頭を抱えた。

 俺たちは疑問を抱えたまま、王宮に帰り、国王に謁見した。

「そこの川には魔物のクロコダイルアーミーが居る事は分かっている。なので、戦争となると、川から離れた山手の方が主戦場になる。

 相手もそれは分かっているだろうから、川の方へは行かぬであろう」

 ノンデイル将軍、モークレア将軍が言う。

 万が一、押された場合、川を背にするのは自分たちかもしれない。そうなると、やはり山手の方で戦いたいのは人間の心理だろう。


 1週間後、相手に送り込んだスパイからの情報で、相手方が出兵したとの連絡が来た。

 俺たちにも直ちに王宮へ来るようにとの使者が来たので、留守をモメデットに頼み、戦の準備をして王宮に向かう。

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