第10話 甘やかすJKと癒される社畜
ベッドなど最低限の家具だけが置かれた、木造の質素な部屋。
まあ、一晩寝るだけなら充分だろう。
部屋でひと息ついた後、俺たちは。
この宿には男女別で浴場あるとのことだったので、それぞれ入浴して汗を流し。
用意された寝間着に着替え。
外がすっかり暗くなった頃には、就寝準備を整えて、部屋に戻ってきていた。
「ふー、異世界にもああいうタイプのお風呂あるんだねえ」
「確かに意外だったな。もしかしたら日本人が持ち込んだ文化の可能性はあるが」
二つあるベッドにそれぞれ座りながら、会話する俺と弥生。
「文化と言えば……この格好も異世界独自の文化なのかな」
そういう弥生が着ているのは、この宿が用意した異世界のパジャマ。
……の筈なのだが、その服はどう見ても男物のワイシャツでしかない。
かなりの丈長とは言え、ズボン履いてないっぽいし。
もしかしてこれ、裸ワイシャツ的なアレを意識して輸入された服装なんじゃないだろうか。
「あんまじろじろ見られると恥ずかしい……じゃなくてキモいんだけど」
「……だったら着なければいいだろ」
「せっかく異世界の服着られる異文化体験のチャンスなのにもったいないし」
本当に異世界起源の文化なのか怪しいものだが、本人が満足してるならまあいいか。
「うーん、それにしても疲れたなー」
「なんだかんだで結構歩いたからな、今日」
「街まで歩いて、街の中を歩いて、森まで往復して、現代っ子にはちょっとハードだったかも」
「ああ、俺なんて筋肉痛で足がパンパンだ」
「あはは、それはおっさんっぽいかも。もうちょっと運動したら?」
「社畜にそんな時間はねーよ」
「そっかそっか」
にしし、と笑って軽く流してくる弥生。
「さて、そろそろ寝るか」
「明日も異世界旅行かー……どこいこ」
そんなことを言いつつ、それぞれのベッドで寝ようとした、その時。
『もう一つルールを説明し忘れていました。この旅行の際、お二人は必ず同衾しなければなりません』
「は、はいーっ!?」
「いきなり何言いだすんだお前!」
俺たちは、驚愕しながら飛び起きた。
『そう言われましても。神が定めたルールですから』
しれっと、パスポートはそう告げてくる。
「ふざけんな、誰が従うか!」
「そ、そうそう。ルールがどうとか言われても、もう宿代は払ったし。強制するとか無理だから!」
『一人で寝ようとした場合、寝床が常に突き上がり続ける加護、脳内にに夜通しお経が流れ続ける加護、万が一寝れてもすぐに飛び起きてその後寝付けなくなること間違いなしな悪夢を必ず見る加護がお二人には付与されています』
「神様なのにやることがコスい!」
などとツッコミをいれる弥生。
確かに、とんだ加護があったものだ。
いや加護と言うよりは、最早呪いっぽいけど。
「つーか、何のためにそこまでするんだ……」
『だから何度も説明しているではないですか。神々がラブコメを見て楽しむためです。暗がりの中、微妙な距離感でどきどきじれじれした雰囲気を演出するもよし。旅の勢いに任せてどろどろの関係になるもよしです』
ふざけた説明を受け、俺は異世界に来たことを若干後悔した。
「やっぱ、世の中そう美味しいだけの話は転がってないか……」
『おやおや、女子高生と必ず一緒に寝られるのにその反応はどうなんでしょうか』
「第三者に面白がって観察されてたら、呑気に喜ぶような気分にはなれねえよ」
そう答えつつ、どうしたものかと悩んでいると。
「その……流石に一睡もできないのは、明日に響くし。どうせ同じ部屋なんだし……わたしは別に、いいけど」
女子高生からの、魅力的とも言える提案。
それに対し、俺の頭に真っ先に浮かんできたのは。
「……いや、どういう風の吹き回しだよ」
警戒心だった。
胡散臭いものを見る目を、弥生に向ける。
「そこは素直に喜ぶとこでしょ! なんでわたしが警戒されなきゃいけないわけ!? ふつう逆でしょ!」
「悪い悪い。初対面の生意気な印象が強すぎてな」
「ふん、そんな調子だからくたびれたモテない社畜なんでしょ!」
何か新たな要素が追加されているような……。
と思っている間にも、弥生はこっちに向かってくる。
「ほらっ、もう寝るから」
俺があっけにとられる中、やや強引にベッドへと入り込んできた。
そのまま布団を被ろうとしたところで、弥生はちらりと俺の顔を見て。
「……変なことしてきたら、千切るから」
「お、おう」
いったい何を千切ると言うのか。恐ろしい奴だ。
ともあれ、こうなったらもう選択肢はない。
俺も寝ることにした。掛け布団は弥生が使用中なので、ベッドの上にそのまま寝転ぶ。
「あ、あとあんまりくっつき過ぎないでね」
「分かってるっての」
言いながら、俺は弥生に背を向け、なるべく間を空ける。
「それと、こっち見ないこと」
「……はいはい」
まったく、注文の多い奴だ。
……。
そのまま、しばらく時間が経過した。
すぐ後ろに誰かの気配があると、どうも落ち着かない。
そもそも寝る時に誰かが隣にいるなんて状況、いつ以来だったか。
年甲斐もなく寝付けずにいると。
「ねえ、おにーさん。起きてる?」
背後から、弥生が小声で話しかけてきた。向こうもまだ起きていたらしい。
俺は返事するか微妙に迷ってから。
「……ああ」
「やっぱり、手出さないんだ」
「やっぱりってなんだよ」
「おにーさんってさ。そこまでわたしのこと、恋愛とか性的な対象として見てない感じがしてたから」
「……そりゃ、女子高生と率先して関係を持ちたがる男とか、社会的にあれだろ」
「じゃあなんで、おにーさんはJKと旅行したいなんて願ったわけ?」
常識人らしい俺の答えに対し、痛いところを突いてくる弥生。
「それは……」
俺は、少し言い淀んでから。
「……癒されたかったから、だろうな多分」
「……は?」
短く、冷たい声。
背後で、すすっと弥生が遠ざかる気配がした。
「おい、自分から聞いといてドン引きするのは残酷すぎるだろ」
「いやー……だってねえ。おにーさんはくたびれた社畜だから、癒されたいってのはまあ分かるんだけど……対象が女子高生って、うわー」
声のトーンがよそよそしい。
「待て。せめてもう少しくらい、詳しく聞け」
「なんか危ない気配するけど……まあいいよ。なんで女子高生に癒されたいと思ったわけ?」
改めて言葉にされると、何故か胸にくる。
「自称神様に頼んだ時は、殆ど無意識だったんだが……多分、俺の人生で一番充実してたのが高校時代だったからだろうな。あの頃の俺はくたびれてなかったし、彼女もいたんだ……」
駄目だ。言っていてものすごく虚しくなってきた。
「要するに……おにーさんにとって、女子高生は輝かしい過去の象徴ってわけだ」
てっきり更に引かれるかと思ったら、意外にも同情的な声が返ってきた。
いや、同情されるのもそれはそれで胸が痛くなるわけだが。
などと、俺がより一層虚しい気持ちに駆られていると。
背後で、弥生が近づいてくる気配がして。
「そういうことなら……まあしょうがないか」
渋々といった感じの声でそう言うと。
ばさっと、上から包み込まれるような形で、掛け布団の中に入れられて。
弥生はそのまま、俺の後ろから腕を回して、抱き着くように、密着してきた。
「……いや、なんだこれは」
「癒しを提供、的な?」
平然とそんなことを言ってくる、弥生。
「お、おう」
突然の事態についていけず、困惑するしかない俺。
あれだけ生意気な口きいていた奴が、何をどうしたらこうなるのか。
「そこは、もうちょっと嬉しそうにしてもいいんじゃないの?」
「……と、言われてもな。どういう風の吹き回しだ」
「おにーさんがあんまりにもかわいそうだから、甘やかしてあげようかと思って」
囁くような小声で言いながら、にししと笑う弥生。
「……なるほど、そりゃどうも」
「あはは、よしよーし」
相変わらずの、囁き声。耳元に近いところで言ってくるせいで、妙にくすぐったい。
おまけに弥生は、俺の身体を撫でさすってくる。
これはサービス旺盛と言うよりも、小馬鹿にされている気がしなくもないが。
悪い気はしない自分を、大の大人としてどうかと思いつつも。
段々と重くなる瞼には、抗えず。
俺はまんまと癒されて、眠りにつくのだった。
週末なにしてますか?美少女JKと異世界旅行とかどうですか? りんどー @rindo2go
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