六時間目 道徳
「俺が考えるに、だな」
腕を組み、難しい顔で語る柳瀬。石原は視線だけでその先を促そうとし、しかしその瞬間に、異常事態に気付いて唖然とした。
「お前が『考える』!? 珍しい。明日は雪かな」
目を大きく見開く石原とは対照的に、柳瀬は侮蔑するように目を斜めにした。
「お前は俺をなんだと思ってるわけ?」
「ごめんて。で、何を考えたの?」
「道徳の授業なんかやめて、すぐ部活にしない? って」
「……お前がその手の発言するの、今日で何度目だと思う?」
石原の記憶が正しければ、国語と家庭科でも同じことを言っていた。そしてそのどちらでも、結局は石原に説得され、授業の有用性に納得していたはずだ。
でも柳瀬はバカだから、もしかしたら一時間目の出来事とかは、もう忘れているのかもしれない。
「いくら俺でも覚えてるよ!
でもほら、道徳って他とは違うじゃん。特殊じゃん」
それは確かにそうだ。受験にも不要だし、そもそも道徳は学問ではない。しかし不要かと問えば、石原は首を横に振るだろう。
「中学までは義務教育だからね。そのカリキュラム内に道徳が入っているのは当然だよ」
「でもさ、道徳とか今更じゃんね? 言われなくてもわかるよってことばっかり」
「まあね。でも道徳心って、意外なところで培われているものだから、国が国民をコントロールしようと思ったら、必須な科目だと思うんだよね」
例えば戦争に勝利した国は、まず敗戦国の教科書を塗り替えることから始めると聞く。それほど教育が人民に与える影響は大きい。
「……出たよ、真雄魔王」
ポツリと柳瀬が呟く。その声は小さかったが、石原の耳に確かに届いた。
「うるさいよ。聞こえてんだから。
……あ、そうだ。あの世界だって、道徳心の塊みたいな奴いるじゃん」
「勇者だろ?」
「いや、魔王」
「はあ?」
柳瀬が素っ頓狂な声を上げる。
「なんで魔王!? 村焼いたり国滅ぼしたり人間虐げたり、あれのどこにモラルがあるわけ!?」
「いや、やり方が手ぬるいなーって」
「この真雄魔王……」
「いや、ほんとだって。
そもそも勇者のどこに道徳心があるんだよ。人を襲うかもしれないってだけで、何千何万の罪のない魔物を殺しておいてさ」
「え? 魔物は殺すものだろ?」
「ほら、すでに毒されてる。魔物なら殺していいって決めたのは誰?」
少なくとも勇者ユウイチは、手当たり次第にぶっ殺していた。その魔物が人を害するか否かを検証している様子など見られない。
「で、でも魔王だって同じだろ? 手当たり次第に人間殺してるじゃん」
「まあ、それはね。
でもやっぱり、勇者には甘いと思うんだよ。設定見てると、ある程度勇者の誕生を予測できている魔王って多いじゃん。なのに対応が雑。
ヘロデ大王ってわかる? 彼はキリスト教の歴史認識において、救世主……これはキリストのことだけど、その誕生を恐れて、ある地域の二歳以下の男児を皆殺しにしたっていう歴史まである」
「そ、そこまでしろと?」
「しろとは言わない。けど、本当に道徳心がないのなら、してもおかしくない」
柳瀬が少し考えてから言う。
「でも今回考えている異世界転生では、どちらかというと転移じゃん? 何歳で転移しているか魔王軍勢にばれてないなら、その手は使えないよな」
「まあ、そうだね」
「……じゃあ、やってみようか」
例によって例のごとく。勇者ユウイチが提案してくる。
「おっけー。お前が勇者。俺が道徳心のない魔王ね。
舞台は……そうだな。勇者が召還されて、すぐ」
「えっ? 序盤?」
「うん。序盤。マオ魔王には優秀な手駒が多いからね」
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