長い長い時間の中で
カゲトモ
1ページ
「あの子、ちゃんとやっているのかしら?」
グラスを片付けているとそんな言葉が背中に投げかけられた。いや、正確にはポロリ、と零しただけくらいのものだったけれど。
「何かあったんですか?」
最後の一つを片付け終えて今度はこっちから言葉を投げてみると、その人はパッと驚いたような顔になった。
「え、あ、何かしら?」
「ふふ、さっき子供さんを心配しているような言葉をおっしゃっていたから」
そう返すと一瞬固まった後、ふふふ、と頬を緩めた。「私、独り言が零れてしまっていたのね」
微笑んで返すと恥ずかしそうに口元を押さえてみせる。
「ごめんなさい、実はちょっと気になっていることがあって」
「気になっていること、ですか?」
彼女はこくん、と頷くとショートグラスから一口分のカクテルを飲み込んだ。成人した子供さんのいる女性には見えないどことなく少女らしさの残る人。商店街の会議でもなんとなく浮いているように思える浅野さんは、文具屋さんの女将だ。
「この春に子供が家を出たんですけれど、その子が心配で」
「そうでしたか。えっと、確かお嬢さんでしたよね?」
「はい、一人娘です。今年で二十七になるんですけれど、急に転職すると言い出してこの春に家を出て行ったんです」
へぇ、そんなことがあったのか。知らなかった。
「年が明けてから言い出したものだから、本当にてんやわんやで。どうにか送り出して二ヶ月とちょっとが経ったんですけれど」
続きを言いかけて浅野さんは口を紡ぐ。その顔は困った子犬のようだ。
「いい歳になった娘の心配なんて、ちょっと変ですよね」
「おや、そうですか? 私は男ですし娘さんよりも年上ですけれどまだまだ心配されますよ。いくつになっても親が子供を心配するのは普通のことなんじゃないでしょうか」
まぁ心配って言っても、いつまで独り身なの、的な心配だけど。うちの親、放任主義だから。
「そうだったら、いいんですけれどね」
浅野さんはどこかホッとしたように声を漏らすと柔らかく微笑む。一人娘みたいだし、心配するのは当たり前だろう。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます