手を取り合って。
「音湖さんとお姉様……大丈夫かな……」
「大丈夫だって、あの2人ならきっと出来るよ。天瑠はそう信じてる」
家に着いた天瑠と璃音はそんな会話をマフラーを共有しながら外でしていた。由莉も1人で部屋にいるのは嫌だったから、3人で2人の帰りを待っている。
「天瑠ちゃんと璃音ちゃんには話したよね、私が音湖さんに殺されかけた時の話」
「うん……けど、それって……」
「音湖さんが……由莉ちゃんのためにした事……でも……」
「…………天音ちゃんはね、まだあの事を忘れていないんだと思う。あの時……天音ちゃん、ううん、その時のえりかちゃんは音湖さんを本気で殺そうとした。今でも天音ちゃんはその事で音湖さんを許したくないって思ってる。
けど……もし、あの場で音湖さんを殺していたら……天音ちゃんか私、どっちか死んでたかもしれないし、天瑠ちゃんと璃音ちゃんも……」
由莉は歯がゆい気持ちを前面に出しながら天瑠と璃音にそう話した。こうして考えてみると……誰一人でもいなかったら、自分はここにもいなかったのかもしれない。由莉はこうした今でもそう思ってならなかった。だからこそ……、
「みんな……仲良くして欲しい。じゃないと……きっと、いずれ後悔すると思うから……」
「由莉ちゃん……大丈夫ですよ。お姉さまも……きっと分かってると思います」
「そうだよ、由莉ちゃん。だから…………あっ! 音湖さんのバイクの音がする! いこっ、璃音!」
真っ先に気づいた天瑠は璃音の手を引っ張りながら家のすぐ前まで走っていった。自分の作戦が……2人の関係を少しでも変えられればと天瑠なりに考えた結果を……早く見たかった。
─────────────────
「お〜天瑠ちゃんと璃音ちゃんがいるにゃ。うちはバイクを入れとくから、天音ちゃんは行ってくるにゃ」
「はいっ」
天瑠と璃音の前で止まったバイクから降りた天音は───音湖と互いに笑いながらハイタッチをして別れていった。
「おねえ……さま!」
「本当に……音湖さんと……!」
音湖と天音が心の底からの笑顔で───天瑠が1番見たかったものが……そこにはあった。怒りも憎しみもその欠片もない、ただ信頼の2文字で結ばれた2人の姿を。天音は1番に寄ってきた天瑠を思いっきり撫でてあげた。
「…………ありがと、天瑠。おかげで仲直り、出来たよ。今日は天瑠と璃音に助けられてばっかりだよ。……さて、天瑠と璃音は何が食べたい? 好きなもの作ってあげるよ」
「あ……じゃあ、グラタンが食べたいですっ!」
「璃音はパスタが食べたいですっ」
「お、大きく出たね……よしっ、頑張るから楽しみにしててな?」
天瑠と璃音の精一杯の我儘に天音は今日のMVPへのめいいっぱいのご褒美と快く承諾した。2人ともご飯の事で頭がいっぱいになり、ご飯の時間がたまらなく待ち遠しくなった。
…………と、そこへ由莉、音湖がほぼ同着でやってきた。
「あっ、音湖さん!」
「無事にやったにゃんよ。……ここからはもう、お互いを信じて戦うだけにゃ。弱い部分はその分野が得意な人に聞いていくにゃ。時間もない、けど、みんながみんな強い部分はあるはずだにゃ」
音湖の話を聞いていた4人はその言葉にはっきりと頷く。
「幸い、ここにいるみんなは全員強いにゃ。現にRooTメンバーの中で一番強いうちが言うんだから間違いないにゃ。みんながみんなで協力すれば……今度の戦いは誰一人死なせずに終わらせられるにゃ」
音湖の真剣な口ぶりは、少女達の心の中に確かに届いた。全員生きて、敵を潰す。自己犠牲なんてあんな組織如きのためにしてたまるか。そんな気概を高めていた。
……と、そんな中、音湖はある事に気づいたように由莉たちに1つ質問をした。
「……っと、そう言えば、あっくんはどこにゃ?」
「……? 阿久津さんなら多分地下にいると思いますけど……あの2人も引きずって行きましたよ?」
「マジかにゃ……てか、もうやってるのかにゃ。……いや、あっくんらしいかにゃ……はぁ」
由莉から聞いた音湖はため息をついて阿久津の優しさを感じていた。だが……それでいいのかと音湖は思ってしまった。
「…………? どうしたのですか、音湖さん?」
「……あっくんは人を殺すのはかなり苦手にゃ。よっぽどの理由がない限りは人をすぐに殺せないんだにゃ。みんな知らなかったにゃんよね?」
「……確かに、あくつさんが実戦に出たことって……1度もない。あんな強いのにおかしいとは思っていたけど……」
音湖の言っていることは天音はすぐに共感した。阿久津と天瑠と共に練習しているからこそ、阿久津の強さをより知っていた天音は言われてみればと、その違和感に気がついた。
「あっくんがマスターの側で仕えることが許されてるのは何も助けたから、だけじゃないにゃ。マスターに助けられた人はこの国以外にも大勢いるにゃ。かく言っているうちは、元々、敵だから監視下におく、という意味でもここにいさせられたんだにゃ。そして……あっくんは次期の頭として育成させられた───その資格があるんだにゃ」
「阿久津さんが……RooTの……次期代表……?」
「そうにゃ。……由莉ちゃんたちには怖がられるかもって見せてないけどにゃ……………あっくんはマスターとほぼ同格の非情さもあるんだにゃ」
ん?と璃音は真っ先に首を傾げる。音湖の言ってる事が完全に矛盾していたからだ。
「あの……それだと、阿久津さんが人を殺すのが苦手、って部分と矛盾していると思います……」
「おお、璃音ちゃん分かるかにゃ? その通りにゃ。あっくんは非情だけど殺すのは苦手。なぜかわかるかにゃ?」
音湖の更なる問いかけに璃音は考えるようにだんまりしてしまった。……代わりと言わんばかりに……由莉はその顔を強ばらせた。天音はそんな由莉を本気で心配した。
「ゆ、由莉ちゃん……? どうしたの? 具合悪い?」
「違うよ………音湖さん、もしかして…………阿久津さんは……『殺したくない』から殺すのが苦手じゃなくて、『殺せない』から殺すのが苦手じゃないんですか?」
「……100%の回答ありがとにゃ」
「どういうこと……? 『殺したくない』……『殺せない』………っ! あっ、そういうことか……」
鈍い天音もここぞとばかりに気がついてしまい、顔を固めてしまった。2人が同時にそうなるならよっぽどなんだと、天瑠と璃音は急に不安になった。
「どうしたの、由莉ちゃん、お姉さま? そんなに……なの? 璃音、わかる?」
「うう……何か引っかかるんだけど、それ以上が……」
「……阿久津さんは『殺せない』けど非情。つまり……ギリギリ殺せない場所を保てる……それは……」
「生きる拷問装置……か。うわぁ……今、ちょっと鳥肌たったかもしれない」
悩んでいた2人に由莉と天音は回答を示した。途端に天瑠と璃音も戦慄した表情を浮かべた。
「そうにゃ。あっくんは生かした敵をそのまま拷問にかけるんだけどにゃ……その時のあっくんは…………間違いなく、みんなが知ってるあっくんじゃないにゃ。
あっくんの拷問はうちも見た……というか、うちもされかけたけど、怖すぎてその時のうちは速攻で情報を色々吐いたにゃ。……あっくんは相手の精神をへし折るのが上手なんだにゃ。故に、あっくんの手にかかった人の7割は情報を吐くのにゃ」
「…………っ」
音湖の話す『それ』は別人かのようだった。あの阿久津が……そんなにやばいなんて……と。だが、由莉はまだ納得してなかった。
「でも……その情報が本当かどうかは……」「ないにゃ」
「え…………っ?」
「言ったはずだにゃ。あっくんは『殺せない』から【殺すのが苦手】だってにゃ」
「…………徹底的に死まで追い詰めて、それでそこから死より苦しい拷問をして……情報を吐かせるだけ吐かせて最後は……殺す……そうなのですか?」
震えた声の由莉に、音湖はゆっくりと頷いた。
「……にゃ。……さて、どうするにゃ? 今、あっくんの所に行ってもいいけど……少なくとも後悔はするにゃ。ご飯なんて食えたもんじゃないくらいには、にゃ」
「…………」
「…………」
「…………」
「…………」
4人はそのまま押し黙った。あの阿久津の変貌を見るのが少し怖かった。どうなってしまうのか、由莉達には分からなかった。
そんな中、真っ先に答えを出したのは…………、
「私は行きます。どんな阿久津さんでも、優しい阿久津さんなのは変わりないですから」
「……そうだよね。ゆりちゃんが行くなら、ボクも行く」
「天瑠も行きます」
「璃音も行きます」
由莉を皮切りに音湖について行くと、1歩ずつ前に出ていった。どんな面があってもその人がその人である事には変わりはない、阿久津にそんな感情を抱いていたからこそだった。
そんな少女達を音湖は肩を竦めると、その間を通り過ぎていく。
「しょうがない子達だにゃ。……まっ、分かってて聞いたんだけどにゃ。よしっ、ついてくるにゃ」
★★★★★★★★★★★★★
コツン、コツン、コツン、コツン、コツン……
そんな音をだだっ広い空間に響かせ、進む女の子達。
叫び声が聞こえてきてもいいのに、異常なくらい静かなのが不自然に思えてきた。
「あそこは防音壁に囲まれた空間にゃ。もちろん、由莉ちゃん達は入ったことのない空間だにゃ」
「……」「……」「……」「……」
それぞれが緊張した面持ちで頷く。それを見た音湖も、もう迷うことはないだろうと頷いてその場所へとやってきた。
「……武器庫の中にあるんですか?」
「そうにゃ。これをこうして……っと」
音湖は銃を台座ごと1箇所だけ入れ替えると………壁にあった棚が横に動き、その奥にある扉があった。
「こんな所にあったんだ……」
「灯台下暗しなんてにゃっ。さてさて、行くにゃ」
音湖が扉を開けた、その先には…………、
「どうしたのー? 早く言わないと死ぬよー?」
─────既にズタズタになった残骸1つとその前で鞭を持って、知りたがりの少年のような仕草をする阿久津がいた。
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