復讐の意思、戦う意志

「お姉さま! 狙撃を中止してください! あれは───」


「わかってる! 天瑠と……ねこさんだ。けどなんで……」


 璃音たちは信じ難い光景を目の当たりにしていた。今凄まじい速さで走っているバイクにのっている2人が……まさか、留守番しているはずの2人だったなんて。


「璃音にも分かりません……あれ? 天瑠……手に持ってるあれは……銃?」


「……本当だ。ボクも確認出来た。……でも……あの天瑠まで一緒に来るなんて……」


「璃音も少しびっくりです。……っと、阿久津さんに伝えないと!」


 ハッとして璃音は咄嗟に阿久津との回線を開こうとした……だが、それは思いもよらぬ形で遮られてしまう。


『璃音っ、この事は阿久津さん達には内緒にして?』


『っ!? 天瑠……やっぱり天瑠なの!? 今、阿久津さんたちが……』


『大丈夫だよ、璃音。状況は音湖さんが全部聞いてたから安心して?』


 天瑠の落ち着いた声と反対に璃音はかなり焦りまくっていた。ピンチの時に突然現れた天瑠に、状況を全部知っていると言われ、あたふたしてしまった。……あたふたせざるをえなかった、と言った方がいいのかもしれない。


『えっ!? えっと……その……』


『も〜、やっと頼れる璃音が見れて嬉しかったのに、急に落ち着きが無くなったね。ほら、しゃきっとして。璃音はスポッターなんでしょ? 焦ってたら、落ち着いた判断も出来なくなるから、分かった?』


『……うぅ……ごめん……』


 璃音の声が急に細くなると天瑠の声は……聞いていて分かるくらい優しい言葉になった。


『ほんと……璃音は天瑠がいないとだめなんだから……。でも、よくお姉さまをしっかりサポートしたね。璃音がいなかったら、天瑠たちが来ても手遅れだったかもしれない。だから、ありがとうね、璃音』


『天瑠……っ!』


『すぐ泣いちゃう癖はどうにかしないとだめだよ? ……後は天瑠達に任せて。それじゃ、行ってくるねっ』


 そこで天瑠との回線が途切れた。璃音はただ……今でも信じられないと走り去っていくバイクの後ろ姿をスコープの中で見つめていた。


「……天瑠の声、ちょっと楽しそうでした」


「あれに乗ってるからな〜天瑠好きそうだし……璃音、これからどうする?」


「……待機して、周囲に敵がいないか探しましょう。それくらいでいいと思います」


「分かった。取り敢えずは連絡があるまではそれで行こっか」


 ★★★★★★★★★★★★★★


「……って、ことなのにゃ」


「はぁ……連絡くらいしてください。失敗すればマスターに何されるか分からなかったんですから」


「にゃははーそれは謝るにゃ。お互いミス0で過ごしてきたから失敗すると罰があるの忘れてたにゃ」


「あれ……下手すれば死にますよ? 骨折で済めば儲けもんですよ……」


 本当に心底肝が冷えたように話す阿久津の表情に余裕は一切見られなかった。それくらい……覚悟をしていたのだ。今までにない姿を見せる阿久津に音湖も黄色の瞳を丸くしていた。音湖から見れば過去6年の間には見たことも聞いたこともない阿久津の言動だったのだ。


「あっくん……」


「……ねこ。今回は貸しにしてあげます。何かあれば遠慮なく私に言ってください」


「……別に貸しを作りたくてここに来たんじゃないにゃ。うちは……ただ、あっくん達に何か起こると思って来ただけで────!?」


 それは……突然だった。

 阿久津は音湖に近寄ると……初めて音湖を……抱きしめたのだ。音湖も咄嗟の事で5秒くらい頭が真っ白だったが、今なにをされているのか理解した途端、顔を耳まで真っ赤になって、脳がショートを起こしかけて未だかつて無いくらいに慌てふためいた。


「あっ、あ、あ、あ、あっくん!? 急にどうし……」


「……仕方がないので、これで借りを返させて貰います。……別にねこの事をどうとか思っている訳じゃないですから…………勘違いはしないように」


 耳元でくすぐるように話す阿久津の声。だが……その声はねこには嫌な感情を持っていない事が丸見えだった。

 それが……音湖は嬉しかった。ただ純粋に、自分を見てくれたような気がして……、


「……分かってるにゃ、そんなこと。……じゃ、うちも手伝うから早く終わらせて帰るにゃ。うちはまたここからバイクぶっ飛ばさなきゃいけないから、にゃ?」


「そうですね、ありがとうございます、ねこ」


 阿久津が離れ、作業の続きをしようとしている中、音湖はほんの少しだけ後ろを向いて自分の胸に手を当てていた。その顔はピンク色一つに染まっていた。


(あっくんが……こんな事をするなんて……にゃああ……やばいにゃ、嬉しくて今にも逝きそうにゃ。けど……今はこのくらいにして、血なまぐさい所からさっさとおさらばするかにゃ)


「ねこ、手伝ってくれるのではなかったのですか?」


「……今行くにゃ〜っ」


 一度、パチンっと頬を叩き、嬉しさを取り敢えずは心の中にしまうと、引きずり下ろそうとしている阿久津を手伝いに走るのであった。


 そんな様子を、由莉と天瑠はこっそりと眺めていた。


「音湖さん……嬉しそうだったね」


「うん、音湖さんって……阿久津さんのこと本当に好きなんだね」


 せっせと手伝う音湖の姿はどことなく活発で、嬉しさが動作に表れて見えていると2人は肩を竦め合い笑いあっていた。と、ここで由莉は天瑠の肩にぶら下がっている銃をまじまじと見だした。


「それにしても、天瑠ちゃんP90使うんだね。似合うよ〜」


「ありがとっ。これすっごく撃ちやすくて、音湖さんのバイクに乗ってても簡単に頭を蜂の巣に出来たよ!」


 得意気に構えてみせる天瑠に由莉は色々ぶっ飛んでるなぁ〜と苦笑いしつつ、車の中に目がいってしまっていた。


「あはは……確かに車の中、すごいね。もう、頭もぐちゃぐちゃになりすぎて無くなっちゃってる」


「ほんとは10発くらいにしようかなーって思ってたけど……その……ついマガジン1本使っちゃった……」


「やっぱり天瑠ちゃんって、時々すごいくらいにエグいね」


 ただ……自分はやらない、とはっきりは言えない由莉なのであった。だが、天瑠はその言葉に反応するように途端に表情を曇らせ、P90を腕の中でぎゅっと抱きしめ俯いた。


「……だって……だって…………っ、




 お姉さまに瑠璃お姉さまを殺させた……組織の人を鉛玉1発だけで殺すなんて天瑠は出来ない……っ、黒雨組の人一人残らず蜂の巣にする。そのくらいしないと……ううん、それでも天瑠は……許すなんて……絶対にしない……!」


「っ! 天瑠ちゃん……」


 由莉は……初めて……いや、これが2回目だった。天瑠の……背筋が強ばるほどの────殺意。血すらその殺意にざわつき、由莉は一瞬言葉を失ってしまった。

 天瑠の思いは1度爆発してから留まりを知らないように自分の胸の内を由莉に思いっきりぶちまけてた。


「天瑠は……っ、お姉さまが瑠璃お姉さまを殺してから……2年間、苦しんでいる姿を見てきて……あんなに強そうに振舞っていても……たまに……隠れて1人で泣いていたんだよ? 天瑠は……そんな気持ちをお姉さまにさせた黒雨組が……許せなかった! 本当なら……みんな殺したかった。殺したくて殺したくてたまらなかった! ……でも、天瑠にはその力がなかった。天瑠1人の行動でお姉さまと璃音まで巻き込むなんて……出来なかった……っ」


 感情が昂り、目頭が熱くなった天瑠は由莉に顔を見せられないとP90で隠そうとしていたが、由莉にはその合間から涙が頬を伝うのが丸見えだった。


「だから……天瑠は瑠璃お姉さまの敵を……討ちたい。黒雨組を……一人残らず殺したい。そのためなら、天瑠は何だってする!なんだって……っ」


「……」


 肩を震わせながら、苦しそうに話す天瑠を由莉は近寄るとそっと抱きしめてあげた。ただ……暖かく、その想いも殺意も受け止めるように。


「ゆ、り……ちゃん……」


「……私、黒雨組とは直接は関係ない。天音ちゃんに、天瑠ちゃんに、璃音ちゃん。音湖さんに阿久津さんにマスター。みんな……黒雨組を潰すための理由があるのに……ね」


 天音・天瑠・璃音は組織に殺された瑠璃の敵討ち、阿久津・マスターは天音の両親の敵討ち。音湖は……何故か元から黒雨組を酷く嫌っている。みんなそれぞれ理由がある。由莉だけ……直接的接点がないのだ。


「そんな戦いに、私が出ていいのかな、なんて考えたこともあるんだよ」


「っ、そんなことないっ! 由莉ちゃんがいなきゃ、お姉さまだって……死んじゃって……天瑠も璃音も……多分死んでた。由莉ちゃんが助けてくれたから……生きてるから……だからっ!」


 天瑠は由莉の弱気な意見を一目散に否定した。由莉がいるからこそ3人の命は今も在るんだと、天瑠はなんとか由莉を元気づけようと、いい言葉を必死に探していた。そんな天瑠を由莉は一度、抱擁を解き、頭を撫でてあげた。


「……天瑠ちゃんは強い子だね。優しいし、何より思いの力がすっごく強い。……さっきはあんなこと言ったけどね、私も……戦いたい。みんなを助けるために、スナイパーとして。だから……一緒に頑張ろ?」


「由莉ちゃん……うん!頼りにしてるよ?」


 天瑠の信頼の目を見た由莉はそれに答えるかのように表情華やかに頷いた。


「もちろんっ、任せて? ……っと、終わったみたいだし、天音ちゃんと璃音ちゃんを迎えに行こっか」


「うんっ!」


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