ボクが生まれた意味と存在意義
「………ごめんね、ゆーちゃん。私……これくらいしか出来なかった」
〈……由莉ちゃんらしいね。でも、由莉ちゃんが決めたことなら私は否定しないよ。……阿久津さん達がいるから多分大丈夫だと思うけど……ふわぁあ……由莉ちゃん、私そろそろ限界……〉
「そっか……本当に……ずっとありがとう、ゆーちゃん。ゆーちゃんがいてくれたから……私は生きていられるよ。これからも……よろしくね?」
〈…………これからも……かぁ。そんなこと言ってくれると……私も……うれ、しいよ……〉
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───それから程なくして、阿久津達が駆けつけ、必死の応急処置と搬送された病院での措置により何とか由莉の一命はとりとめられた。
天音も一応検査したところ、打撲と肩の裂傷以外のみと比較的軽症だった。
……逆に言えば、由莉はそれだけの傷で済ませたのだ。
対する由莉は───打撲、裂傷に加え、筋肉の断裂、意識不明と、誰が見ても重症であった。
手術が終わっても、目の覚めない由莉の付き添いを天音がする事になり、ずっと……側に居続けた。
(聞きたいことが……山ほどある。だから……早く目を覚まして……由莉……ちゃん)
3日経ったその日も天音はずっと由莉の手を握り続けていた。なぜ、目を覚まさないのか医者も分からないらしく……天音はただ祈るだけしか出来なかった。
(あいつらも…………探さないといけない。けど、今は……)
ピッ………ピッ………ピッ………
と、モニターの機械音が断続的に部屋に響く。呼吸も正常、心拍数も異常なし。なのに…………眠る由莉は目を覚まさない。
今日は12月28日────新年まであと4日。
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『ゆーちゃん、体は平気?』
『うんっ、大丈夫だよ』
なんだか……夢を見ている気がする。体も小さいし、目の前の女の子が誰かも分からない。名前を聞いてもただ笑っているだけだけど……安心できた。
その子に名前を呼ばれるだけでたまらないくらい嬉しいし……なんでなのかな…………涙が出そう……。
『強いね、ゆーちゃんは』
『……ううん、私なんて……って、また弱音言っちゃうところだった……』
この子に撫でられてるのが……気持ちよくて……懐かしくて…………なんでだろう。なのに……辛くてしょうがない。
……なにを忘れてるんだろう…………
『……あなたは誰? 名前……教えて?』
『──────』
……やっぱりこの子ははにかむだけだよ……。どうしてだろう……でも…………別にいいや。
〔由莉………ちゃん〕
……あれ? この声は……なんだろう。
聞いたことがないや。
それに、ここにいると……この子といるとすごく安心出来る……このまま…………ずっと一緒にいたい……………
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12月29日
この日も阿久津、音湖、マスターが揃ってお見舞いに来ていた。寝たまま4日経ったのに目が覚めない事に違和感を感じつつあった。
「……由莉さん、早く起きてくださいね? 私たちの気が狂ってしまいますよ」
「由莉ちゃん、早く帰ってくるにゃ…………うちは……もう泣いてしまいそうにゃ」
「……由莉」
3人の見つめる先にいる少女は安らかな顔で眠っていた。早く起きて、その元気な姿を見せて欲しい。3人の思いは一致していた。
そんな時、天音はカーテンの裏に隠れていた。
ばればれなのは百も承知だが……合わせる顔がなかった。どうしようもない、だって……
(ボクは……由莉ちゃんを殺そうとした。……殺されてもおかしくないのに…………)
それくらい……由莉はこの3人から信頼されている証拠だった。そんな由莉と半年一緒にいた、……全く記憶になかった。だが、自分が最後に記憶があるのが今年の3月までしかないのだから、由莉の言ってる事は本当なのだろう。
(なんで……記憶がない。どうやっても……思い出せない。くそ………っ)
辛うじて保っていた精神が崩れそうになりながらも、必死に……天音は耐えた。
新年まで……あと3日。
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『ゆーちゃん、気持ちいい?』
『うんっ、しあわせ〜〜』
この子のひざ枕……気持ちいい……ずっとこのままでいたくなる…………もう……離れたくない………。
〔由莉さん〕
〔由莉ちゃん……〕
〔……由莉〕
あれ……まただ…………けど、この前とは違う声……うぅ、思い出せない……聞いたことはある気がするんだけど…………。
『……どうしたの、ゆーちゃん?』
『っ、う、ううん! なんでもない!』
……今は、
この子といたい。
ずーーーーーーっと。
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12月30日
由莉が眠ってから5日が経った。
天音の中で……ある事が頭の中に浮かんだ。
(…………もう、このまま目を覚まさないのかもしれない)
目の前でいつものように眠る由莉を見ていると……ちょっとずつ怖くなっていった。
もし…………そうなれば、確実に殺される。そう思ったが……逃げるなんて考えられなかった。
「なぁ、由莉ちゃん。……あの時、言ったよな? 『ボク達を助ける』って。…………由莉ちゃんが目覚めないでどうやって助けるんだよ…………っ」
頭の中がむしゃくしゃした。
もし、そうなれば……残された2人も……多分死ぬ。マスターの事は死んでも口も目も合わせたくない天音だったが…………あの2人が死ぬことを考えると……たまらなく怖くなった。
「ボクは……パパとママの復讐も出来ず、半年一緒にいたっていう由莉ちゃんを思い出せないまま……殺して、……あいつらも……死ぬ。そんなの………ボク1人の命では……償えない………っ。ボクは………また人を……3人も犠牲にするなんて………いやだ…………っ」
何も成せないまま、ただ奪って終わる。
そんな人生なら…………
「なんでボクは……生まれてきたの…………っ」
由莉の手を握りながら……天音は涙を流した。
もう…………自分の存在意義を見失いかけていた。
寄り縋るように……追い縋るように…………天音は由莉に喋りかけた。
「由莉ちゃん……あなたに……分かるか? 分かるなら……ボクを…………
助けて…………っ」
───────────────────
〔助けて…………っ〕
『────────────っ!!!』
こんなに……辛そうな声…………私まで……なんだか…………
『あま……ね、ちゃ………ん? っ!? そうだった………っ、なんで……なんで今まで忘れてたの!!!???』
天音ちゃんだ……この声は!!
っ、って事はこの前の声は……
『阿久津さん、音湖さん、マスター……なんで……なんで今まで!!!』
大切な人達の名前を……私はっ!! なんて……馬鹿なの!!?? 私は………っ、私は!!!
『…………? ゆーちゃん、どうしたの?』
『……ごめん……ね。私……どうしても行かなきゃいけないの。大切な…………私の友達を助けてあげるって…………約束したから!!!!』
『……そっか。それなら行ってあげて? ゆーちゃんになら……きっと助けてあげられる』
その子の先に光が見えた。私は……もう一度、その子にギュッと抱きついて………その光へと向かった。
───────今行くよ、天音ちゃん。
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「教えて……ボクは……なんで生まれて…………っ」
自分を見失いそうになっている天音。
その頭を……誰かが優しく撫でた。
「幸せに……なるためだよ、天音ちゃん」
「……っ、由莉……ちゃん?」
ハッとして見てみると……体をなんとか横にして天音の頭をくしゃっと撫でる由莉がいた。
「…………聞こえてきたよ、天音ちゃんの声が。そのおかげで……帰って来れたよ?」
「……良かったぁ……っ。もう……5日も目を覚まさないから……このまま目を開けないかと……っ」
感極まった天音は気がつけば由莉に抱きついていた。なぜかは……よく分からなかった。でも、もう由莉を傷つけようとする気にはなれそうになかった。
記憶がないながらに、天音は感じていたのだ。
由莉が……自分にとってかけがえのない人だと。
起きて早々抱きつかれた由莉はびっくりする訳でもなく、今も咽び泣く天音の肩をそっと、優しく撫でてあげるのだった。
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ひとしきり泣いた天音は由莉の横に座るも……少し気まずい感じになった。
大切な人なのは分かるが……殺そうとした由莉にどう接すればいいのか分からなかった。
もちろん、そんな天音の気持ちを由莉はすぐに汲み取ると、ひとつの話題を振った。
「……私、天音ちゃんの事が知りたいなぁ……」
「っ、ボクの……事を?」
「うん、天音ちゃんがどんな人生を送ってきたのか……聞きたい」
純粋な由莉の気持ちに……天音は少し考えると、「うん」と頷いた。
「その代わり……後で、ボクが……記憶を失ってた時の事を教えて欲しい。……いいかな?」
「うんっ、もちろんだよ」
「ありがと……。さて、どこから話そう…………。じゃあ、ボクが……人殺しになる前から話そうかな。
─────ボクは……パパとママを…………7歳の時に……殺された」
そうして語られる────升谷天音の物語。
1人の犠牲の上に成り立つ、血に塗れた……1人の少女の物語。
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