えりかは守るために___

 ……そろそろ時間ですかね。


 阿久津は由莉に追い出されるように外に出てから、言われた一時間が経過しようとしていたので、地下にいるであろう二人の元へと向かっていた。そして、どうしても二人に伝えなければいけないことがあった。


(それにしても……えりかさんから感じたあの雰囲気……明らかに近接戦闘に長けた人の気配に似ていた気がするんですけど……気のせいだったのでしょうか……)


 そう考えながら地下に入るための扉が見える所まで来ると、そこには水色のラインが入ったジャージを着たえりかが膝を抱えながらうずくまっていた。

 何かが変だ、と阿久津は急いで駆け寄るとそれに気づいたえりかはゆっくりと顔をあげた。


「えりかさん、どうしましたか?」


「阿久津さんっ……わたし、どうしたらいいのでしょうか……」


 涙で頬を濡らしながら阿久津に寄り縋るえりかを見て由莉と何かあったんだろうと思い、えりかに詳しく話を聞いてみた。えりかも一つずつ起きた事を涙を耐えながら説明した。


「なるほど……やはりそうでしたか……」


「……?どういうこと……ですか?」


 独り合点している阿久津を涙をジャージの裾で拭きながら不思議そうに見つめていた。


「いえ、そのことについても二人に話そうと思っていた事なので……さて、由莉さんのところに行きますか」


「へ?いや、でも……さっきゆりちゃんの前から逃げちゃって……なんて言ったらいいのでしょうか……」


「大丈夫です。由莉さんはそんな事でえりかさんを嫌いになんてなりませんよ。……それに、私は少し由莉さんに怒らなければなりません」


「えっ……?なんで、ゆりちゃんを……って待ってくださいっ」


 少し急ぎめに歩いていく阿久津にえりかも慌てながら一緒についていった。


 少し早めに階段を降りる二人だったが地下に入った瞬間からパシン……パシン……、と柔らかい物が硬いものにぶつかったような音が響いていた。


「由莉さん、まさかっ!えりかさん少し急ぎましょう」


「はい……なんだか、わたしも嫌な予感がします……」


 駆け下りるように残りの階段を一気に下った二人が見たのは____無残な由莉の姿だった。


 何度も壁を殴ったように左拳から血が滴り落ち、壁や地面にも血が飛び散っていた。そして、今も無言で壁に寄りかかるようにしながら由莉は左手を壁に振るった。


 右手が一切傷ついていなかったのはスナイパーとして絶対に傷つけてはいけない手だと本能的に避けたようだった。


「ゆりちゃん!もうやめて!こんな……こんな血を流して…………ひっ!?」


 見ていられなくて由莉の左腕を必死に引っ張って由莉の顔を覗いたえりかはその場で戦慄した。


 由莉の目から光が奪われ、口元も僅かに開き、飛び散った血液が顔のあちこちにべっとりついていた。


「なんで……そんなことを…………」


「……ぅでもぃいゃ」


「え……?」


「大切な人を傷つける私なんて……もうどうでもいいや…………」


 由莉から細く紡がれる今にも消えそうな言葉。自責の念に駆られ涙の代わりに血を流し続ける姿を見てえりかは溢れる涙を堪える事しか出来なかった。


「ゆりちゃん……っ」


「____えりかさん、少し離れてください。近づけば怪我しますよ」


「は、はい……」


 冷酷な気配を感じ、えりかは阿久津の側からサッと離れた。由莉と阿久津、二人だけの空間が限定的に作られているような緊迫感があった。


「…………由莉さん」


 呼びかけても由莉からは何も聞こえてこない。ただ、声に反応して顔を向けるだけだった。


 そんな由莉に阿久津はそっと近づくと、





 ____





「っ!!」


 えりかはその様子をはっきりと見ていた。阿久津の拳が由莉のお腹に入ると由莉は受身を取ることもなくそのまま2mほど転がっていった。


(阿久津さん、なんでゆりちゃんにそんなこと……っ!)



「……見損ないましたよ、由莉さん」


「……………」


「格下だと思っていた相手にたかが1回簡単に負かされたくらいでそれですか




……この、腑抜けが」




「………」

「っ、ひどい……」


 阿久津の黒い言葉にえりかは息を飲んだ。ここまで阿久津が由莉に対して酷い言葉を投げかけた所を聞いたこともなかった。


「それじゃ、大切な人を守る事も、近接戦闘も何一つ強くならないですよ。由莉さんは何のためにやってきたんですか」


「…………」


「そんな弱腰で誰を守ろうと言うのですか?誰も守れませんよ。……えりかさん一人守れない人がどう他の人を守るのですか?」


「っ、阿久津さん!もうやめてあげてください!このままじゃ、ゆりちゃんが……っ」


 阿久津の激しい叱咤にえりかは声を荒らげてなんとか止めようとした。これ以上は……ゆりちゃんが立ち直れなくなる……、そうえりかの勘が警鐘を鳴らていた。すると、無言で阿久津が足音強く鳴らしながら近づいてきて、その切迫した様子を見てえりかも逃げ出しそうになった。だが、それでも逃げるものかとえりかは足を踏ん張って阿久津を睨みつけた。

 阿久津は尚も近づいてえりかと阿久津の間にはひと一人すら入るスペースがなかった。


「_______」

「っ!?」


 そこで阿久津に言われたことを聞いた瞬間、えりかは戸惑いつつも覚悟を決め目の色を一気に変えた。


「…………こんなにゆりちゃんを傷つけて何になるんですか!?さっきのはどう考えてもやりすぎですよ!」


「では、優しくしろと言うのですか?それでどうにかなりますか?戦場では甘いやつから順に殺されるんですよ。えりかさん、あなたにはその怖さが分からない」


「はい、分かりませんよ!そんな所に行ったこともないですし分かりたくもありません!もし、これでゆりちゃんの心を壊れたら……わたしはあなたを許さないし……殺します」


「ほう?さっき負けた分際でほざきますか?じゃあ、本気でかかってきてくださいよ。……死にたくなければ黙って下がることをおすすめしますが」


「わかりました。じゃあ、たとえあなたに殺されようと……わたしはあなたを止めます」


 えりかは黙って由莉の元に近づくと由莉の近くにあった本物のナイフを手に取ると鞘から引き抜いた。


「…………ゆりちゃん、これ借りるね。……もしも、だよ?気がついた時にわたしが死んじゃってたら……ごめんね。ゆりちゃん……大好きだよ」


「…………」


 未だ無言の由莉をえりかは優しく、いつも由莉がしてきたように優しくそのサラサラな髪を撫でてそっとほっぺたにキスをした。


「それじゃあ、行ってくるね」


「…………」


 出来るだけの笑顔を送ったえりかは由莉から少し離れると阿久津と向かい合った。阿久津も同じナイフを持って構えている。


「ふぅ…………」


(不思議だよ……今からやるって言うのに……緊張なんて全く感じてない。……そっか、ゆりちゃんのためだからだもんね)


「ナイフを向けたこと後悔しないでくださいね?」


「……わたしはこの命をゆりちゃんに救われました。ゆりちゃんのためにこの命を捨てられるのなら……悔いはない!!」


 えりかは横にいる由莉をチラッと見た。その距離、僅かに3m。そんな近場で大好きな人同士が殺し合うと言うのに、由莉は何も反応を示さなかった。


(わたし、頑張るよ。絶対にゆりちゃんを助けるよ……だから!)


「っ!!」

「……っ」


 二人は同時に駆け出すとナイフを互いに突き出した。



 死闘が____始まる。


__________________


次回 えりかvs阿久津


出来次第、更新します

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