第3章 はじめての依頼

由莉は依頼を受けました

 ____2週間後


 いつも通り、由莉は藍色にピンクのラインが入ったジャージに身を包み射撃場へ行くと軽く射撃場の壁に沿って1周した。だいぶ身体も慣れ何もなしで走る分には30分くらいで軽く走れるようになっていた。うんっ、前よりだいぶ早くなった気がする!さて……とっ、次は……

 間を置かずに15kg……バレットと同じ重さの重りが入ったリュックを担ぐと半周だけした。この状態で1周7km走るのはまだ早いからその半分の3.5kmを走るようにとマスターに言われている。

 この重さがあの子の重さ……うん、そう思うと全然大丈夫!



 ____20分後



 そのリュックを反対側の壁まで行ってからおろした。由莉にかかっていた15kgの重りが離れた途端身体が一気に軽くなるのをはっきりと感じた。

 調子に乗って2km全力で走りぬこうとしたが500mもしないうちにバテバテになってしまった。はぁ、はぁ……や、やりすぎた……もう10km走ったの忘れてたよ……

 なんとか由莉が帰ってくる頃には既に走り始めてから2時間が経とうとしていた。そしてここまでが由莉のウォーミングアップだ。



 20分倒れるように休憩した後、由莉は自分の愛銃の元へと向かい狙撃の練習をした。1500m先の10cmの的でも余裕で撃てるようになった由莉は最近は動く的を撃つことを練習している。



 動く的を撃つのはかなり難しい。1000mの狙撃でも撃ってから着弾まで1.4秒。それくらいの時間があれば身体の中央を狙った弾でも気づいていれば避けられるかもしれない。狙撃は相手との駆け引きでもある。相手の一瞬の不意を突き仕留める。ミスは許されない。その一発を外せば……ほぼ確実に自分の頭が吹き飛んでしまうだろう。



 由莉がスイッチを入れると遥か先の50cmの的がゆっくり動き出した。肉眼だともう豆粒でさえないくらいに小さく、由莉のスコープから見てもかなり小さい。だが……



 由莉にはそんなの問題ではなかった。



(えっと、対象が50cm、で0.4ミル……1ミル1000mで1mだから……距離1200。当たるまでに1.7秒。標的が真横に……1秒で0.1ミル……だから目標の0.1ミルよりちょっと先を狙って……撃つ。)



 由莉が引き金を引くとパッとマズルフラッシュが光り、鈍い金色の空薬莢が宙を舞った。それが落ちる前に銃弾は綺麗に的のど真ん中を撃ち抜き的ごと粉々にした。



(人間の肩幅は45cm……頭なんてたった16cmしかないのにこれくらい無風の状態で真ん中に当てられなかったらスナイパーなんてとても名乗れるわけないもんね)



 これは運じゃない、予定通りの結果。……確かに運に頼ることもあるかもしれないよ?才能と努力だけで100%成功するかと言われたらそれは違うと思う。けど、運だけでやっていけるほど……この世界は甘くない。だからこそ、出来る限りの事をして成功率を100%まで近づける……!



 そうやって暫くの間、狙撃の練習をしていると後ろからコツン、コツンと階段を降りてくる音が聞こえた。誰かもすぐに由莉は分かった。



「っ!マスター!」



 伏射姿勢になっていた由莉はパッと立ち上がるとマスターの元へ駆け寄った。そんな由莉を見てマスターも嬉しそうだった。



「由莉、調子はどうだ?」



「はいっ!43発全弾命中しました!」



「相変わらず由莉はすごいな」



「えへへっ」



 由莉はマスターに撫でられ目を閉じながら気持ちよさそうに笑っていた。マスターの手……大きいなぁ……すごく落ち着くよ〜。



 マスターは撫でながら由莉の成長速度に驚くばかりだった。ここ最近由莉が弾を外した報告を聞いていないのだ。昨日は29発、一昨日は51発、その前もかなりの数を撃っているのに1発も外していないのだ。移動する的の狙撃を入れ始めてからも、だ。これにはマスターも舌を巻いた。

 いざと言う時の冷静さ、常人とは比べ物にならない集中力、天性というしかない由莉の狙撃の才能、由莉自身の自分に妥協しないその姿勢。……そして、由莉のあの銃への限りを知らない信頼。それらが全てあるからこそ出来る芸当なのかもしれないな……。

 じゃないと説明がつかないのだ。



 マスターは気を取り直すと由莉に重要な報告をしようと由莉の顔をしっかり見た。由莉もそれに気づいたらしく気を引き締めた表情になった。



「……由莉に依頼が来た」



「っ、狙撃の……依頼……ですか?」



 マスターは静かに首を縦に振った。やっぱりそうなんだ……そろそろだろうな、とは思っていたよ。



「あぁ、由莉には早速働いて貰うことになる。行けるか?」



 いずれ来ると思っていた事だったから特にあまり衝撃は受けなかったし覚悟も決めていた。由莉は自信を持った笑顔で思いっきり頷いた。



「はいっ、任せてください」

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