大羽由莉はスナイパーになります!

 第二章最終話


 それではどうぞ!

 _______________


 群青色の気配が消え水色が空を染め上げた頃、コンコンとノックする音が聞こえた。阿久津だとすぐに分かった。



「おはようございます、由莉さん」



「おはようございますっ、阿久津さん!」



「ふふ、元気そうで何よりです。それに……何かありましたね?」



 阿久津は確かな由莉の変化を感じ取っていた。あれだけ自分に迷いを持っていたのに今の由莉さんからはそれが全く……いや、完全に無くなっている。恐怖なんてそうそう無くなるものではないはずなのに。



「はいっ、自分と向き合ってきました」



「……? まぁ、由莉さんが元気ならそれでいいです……さて、行きましょう。……マスターが待っています」



「……はい」



 由莉は阿久津さんの声のトーンが急に落ちたのに妙な違和感があった。


―――……また、あれをするのかな……出来ればやりたくないなぁ……


そんな事を思いつつ由莉は阿久津の後を着いて部屋から出て行った。その心は今にでもマスターの所に飛んででも行きたい気分だった。



(マスターに会いたい……会って、それから……それから…………)



 __________________



 地下に行くと既にマスターが立っていたがその表情を見た瞬間、由莉は目を見開いた。

 顔色も悪くげっそりとしていて雰囲気もすごく弱弱しい。昨日は一睡もしてないのであろう。



 ―――元気な姿を見せてあげたい。そう決めてた……決めてたのに……自分がああなったせいでここまでマスターが弱ってるなんて……っ



 由莉は考える前に自然と身体が動きマスターに飛びついていた。マスターが由莉をしっかりと受け止めると、由莉は首元に顔を埋めた。



「マスター……っ!」



「由莉……すまなかった……」



「なんでマスターが謝るんですか……! 悪いのは私なのに……うぅ……っ!」



 二人は暫くの間、そのまま抱きついていた。申し訳なさを相手に伝えるように―――

 阿久津はその光景を少し羨ましそうに見ていた。



 ―――マスターがあんな所を見せることは滅多にないのに……。由莉さんには人の心を掴まえる何かがあるのかもしれないですね……



「……由莉、しっかり聞いてくれ」



「……はい」



 マスターは由莉を抱えたまま真剣な口調である二つの提案をした。



「由莉には二つの中から一つ選んでもらう。そこに……あるものは分かるな?」



「……見たときから大体何なのかは分かってました」



 由莉が地下室に来てすぐに気づいたマスターから少し離れたところにある少し大きめの箱。あの中にあるものは____



「一つはそこの……うさぎを殺してスナイパーとして……生きること」



 苦虫を潰すような表情だった。こんな事、言いたくない……そう由莉には聞こえた。そして__



「もう一つは……殺さないこと。スナイパーとしてはダメだが……由莉は心配せずにここで住むといい。……由莉が好きな方を選んでくれ」



 ―――マスターは……明らかに後者を選ばそうと思っている。そんなの誰だって分かるよ……嬉しい……ほんっとうに嬉しい。本当だったら私はここから追い出されるか……殺されていると思う。けど、マスターはそうせず私がここにいてもいいと言ってくれた。マスターのその優しさに甘えたい。……でも、私決めたんだ。



 由莉は少し首を横にふるとマスターに抱きつくのをやめて地面に降りると頭一つ分以上の背丈の差があるマスターと目を合わせた。



「嬉しいです……すっごく嬉しいです。マスターに……阿久津さんに……こんなにも目をかけてもらえて……でも、私は……マスターの役に立ちたいです。そう……決めましたから」



 由莉はマスターの横を通るとその箱の所まで行きその箱を開けた。白くて可愛いうさぎがいた。由莉はそれを両手で持ち上げると抱きしめながらマスターの元へと向かった。



「っ!? ゆ、由莉……」



「由莉さん……」



 マスターも阿久津も完全に予想していなかったようで、呆然としていた。



 ……実は由莉が寝てからマスターと阿久津は由莉の今後を話し合って、銃を撃てなくなってもこの家に住まわせようと話していたのだ。数ヶ月のあいだに二人の中で由莉はスナイパーを志すただの少女から失ってはいけない大切な人へと変わっていたのだ。そんな子を元の場所へ返すなんて酷なことはする気にも起きなかった。



 だからこそ、由莉のその行動に二人とも目を見開いた。



「……うさぎさんを殺すことは嫌です。罪もない命を奪うことに抵抗がなくなるなんて、そんな機械みたいにはなれません。けど、そうすることでマスターの役に……立てるのなら私は……殺ります」



 目を閉じてゆっくりその瞳を開いた瞬間、雰囲気が完全に変わった。覚悟のある……殺気を込めた覚悟が目の奥に灯っていた。



「……っ! 由莉、まさか」



「これは……」



 マスターと阿久津はまたもや驚かされた。この雰囲気は……完全に殺気だ。しかも恐ろしいくらい大きい緊迫感を与えられるような……真の殺意だ。



(このレベルの殺気は……完全に殺し屋と遜色がない……いや、並の殺し屋では歯が立たない。これ程の殺気を一体どこで……?)



(由莉さんからは今の今まで殺気が感じられなかった。そして……この凄まじい殺気。まさか、殺気をコントロールしている……? そんなこと、長い事この仕事していないと出来ない事……一体、昨日の夜、何が……)



「マスター、阿久津さん……見ていてください。これが……私の答えです」



 由莉は出していた殺気をそっと消すと、バレットの射線上を歩いていき昨日マスターが放った距離と同じくらいの所で離した。うさぎは相変わらず鼻をひくひくさせている。



「ごめんね……」



 由莉はしゃがみこみうさぎを1回撫でるとバレットの元へと歩いていった。

 バレットM82A1は今日も変わらない黒い輝きを放っていて凄く頼もしかった。まるで、相棒の到着を心待ちにしているようだった。



(私、もう迷わないよ。この子は……私の相棒、私の一部。他の銃を使うことになってもこの子が私の一番だよ)



「よろしくね」



 そう呟くと、由莉は流れるような仕草で耳にイヤーマフを着けて、箱の中の50口径弾を弾倉に親指で押し込み本体に差し込む。そしてコッキングレバーを思いっきり引き鈍く金色に光るものがひょっこり出てくるとそのまま手を離すとガシャン!と音を立てて給弾を済ませた。

 由莉はそのまま伏射姿勢になると右手で銃把を握り、左手をグリップに添えてがっちりと固定する。スコープを覗くと丁度うさぎがレンズの左端にいたから銃口をほんの少し左に動かし、スコープの照準の中心にうさぎを合わせた。この距離なら補正しずとも必ず当たる。……必ず殺せる。



 由莉は一つ深呼吸をした。今から生き物を殺すというのに心は酷く冷静だった。ずれることなど万に一つもない。狙うは……うさぎの体のど真ん中。



(当たる……絶対に)



 由莉は銃把を握っていた右手の人差し指を前に突き出す。そして、トリガーガードを何回か叩くと2、3回人差し指を曲げる動作を見せた。



(うん、問題ない)



 そして由莉はついに引き金に指を触れた。冷たい感覚が末端神経から中枢神経へと送り込まれた。



(昨日は……引き金を引けなくてごめんね。こんな頼りない私があなたの相棒だなんて笑っちゃうよね。……でも、もう一度許してくれるなら……思いに応えて!)



 そのまま引き金を絞り込み、ぎりぎりの所で引く力を抑える。レクティルの中心にはうさぎが動くことなく止まっている。自分が跡形もなくバラバラになるそんな死の線上にいることなんて知る由もなく___



「すぅ〜〜ふぅ………」



 一度大きく深呼吸する。覚悟は出来てる、あとはもう少しだけ人差し指に力を込めるだけ。緊張はしてるけど……大丈夫、絶対に出来る。



「撃ちます」



 肺の中の空気を全部吐き出し、空になったタイミングでクッと息を止める。ほんの少しあった照準のブレが完全に止まった、その瞬間____!



「……っ!!」



 由莉は人差し指を羽毛に触るように力を込めた。雷管をピンが叩いて撃発。大量の火薬が一気に爆発しその圧力で銃弾が横に高速回転しながら銃口から飛び出した。激しい爆発音がイヤーマフをしててもずっしり聞こえ、マズルフラッシュが目の網膜を焼く。衝撃は由莉の小さな身体に快感を与えつつコンクリートの地面に吸い込まれていった。



 銃弾は狙い通りど真ん中に命中するとそのままうさぎは声を上げる間もなくプチッと弾け飛んだ。血は赤い煙となり、肉は細切れになってあたり一面に飛び散った。



 由莉はその光景を琥珀の瞳でレンズ越しに目を逸らすことなく、しっかり見届けた。



―――胸は凄く痛む。痛まない訳がないよ。けど、これで……いい。



(私は……スナイパーとして生きるよ。そして……いつかお母さんを……殺すから。)



 マスターと阿久津は由莉の姿を覚悟として受け取った。その迷いない姿を見て二人も覚悟を決めた。



「……由莉をスナイパーとして生きさせる。絶対に死なせないように」



「由莉さんを……これからも見守っていきましょう。あの子を私より強くなれるように……そうなれるように私も力の限り尽くしましょう」


 ______________


 第2章 -完-



 次章 第3章 はじめての依頼

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