由莉は決意が揺らぎました

 はい、グロいです。考えられるだけグロくしたつもりなので苦手な人は覚悟してください


 ___________________



 その日由莉はいつも通り起きて射撃場へ向かうと既にマスターがそこにいた。___ただならぬ、佇まいで。



「由莉、おはよう」



「お、おはようございます、マスター…?」



 由莉は困惑した。あれ?いつもの優しいマスターじゃない……?なんだか……怖い。



「由莉、こいつを見て欲しい」



 マスターは置かれている籠の中からひとつを引っ張り開けると中からピョンッと中から白くてもっふもふの愛くるしい動物が出てきた。由莉はそれを見て目を輝かせた。



「うさぎさんだ!可愛いな〜うさ……?う……さ……ぎ………!!??」



 由莉はうさぎを抱きしめその毛皮をさすっていると……次第に青ざめていった。何のために買ってきたの?なんで今このタイミングなの?答えは……たった一つしか由莉は考えられなかった。信じられなかった。信じたくなかった。あのマスターがこんな事するわけない。だが……現実は非情にも予想通りの答えが返ってきた。



「……今回はこいつを撃ってもらう」



「マスター……嘘ですよね…?だって……こんな……」



「………」



 マスターは沈黙を続けた。由莉がスナイパーになるにはこれはやらなくてはならない。しかし、こんなにも悲痛な声を上げている由莉に何も言えなかった。でも……ここは鬼になるしかなかった。

 そんな事を知らない由莉は苦しさでどうにかなってしまいそうだった。


 ―――確かにお母さんを殺したい、この銃を使って狙撃したい、そんな気持ちがあったから私はスナイパーになると決めたんだ。けど……けど!



「マスターは……何も罪のない命を奪えって……そう言ってるのですよ!?」



「そうだ」



「くぅっ……!」



 ―――分かってる、頭の中では理解してる。……でも、心の中では……マスターを許せない……っ!



「……それがスナイパーというものだ。知らない人であろうと知っている人であろうと、依頼をされれば撃たなくてはならない。由莉も分かっているだろう?」



「……分かっています。分かっていますけど……!」




 由莉はただ俯いて拳を握りしめ歯を食いしばることしか出来なかった。マスターの言うことは何も間違ってない。由莉だっていずれこの時が来るとは思っていた。だが、いざ生きている物―――偶然か否か由莉自身が一番好きな動物を手にかけようとしていると思うと……由来は苦しかった。歯を食いしばりすぎて神経がおかしくなりそうなのも気にならないくらいに―――。



「……諦めるか?」



「……ぇ……?」



 その言葉に、由莉は思わず顔を見上げるとマスターは「やはりダメだったか」と、顔に書いてあるかのような表情をしていた。それを見た瞬間、由莉は背中をバットでぶん殴られたような衝撃が全身に走った。



「マスター……もしかして、私のことを信じてこんな事を……?」



 由莉が恐る恐るマスターに問いかけるとゆっくりと頷いた。



「あぁ……人を撃つことは由莉が考えてる以上に難しい。動物の一匹すら撃てなかったら由莉に人を撃つことは無理だ。」



 反論したかった。「そのくらいできます!」と言いたかった。しかし、実際に撃つことを躊躇っている由莉は黙って俯く事しか出来なかった。



「それにな、由莉には狙撃の才能がある。私でもここまで地力を持っている人は初めて見た。このまま行けば、由莉は世界でも有数の狙撃手になれるかもしれない。だからこそ、由莉には早く知って欲しかったんだ。『命を奪う』という事の意味を」



「っ!? マスター……そんなに私のことを……」



 由莉は声を呑んだ。マスターがここまで自分を認めてくれているなんて思いもしなかった。嬉しくて嬉しくてどうしようもなかった。


――……けど、そんなマスターの気持ちを私は裏切ろうとしている……? 嫌だ……そんなの嫌だ……っ、絶対にいやだ!



「しかし、仕方がない……まだ早すぎたみたいだったな。また覚悟が出来た時にでも、」



「……やります。撃ちます」



「………ほう?」



 マスターは目を細めながら由莉を見た。由莉は二つの感情で板挟みにされ今にでも消えてしまいそうなくらい弱弱しかった。


 ――――いやだよ……殺したくないよ……何にも悪いことしていないのになんで殺さなきゃいけないの……? でも、そんな事よりマスターを裏切るのだけは絶対に嫌だ……! 初めて私を見てくれたマスター……そんな人の信頼を踏みにじりたくない……! それくらいなら……私はっ!



「そうか……では、やりなさい」



 由莉の覚悟を感じたマスターはそう指示すると、由莉はうさぎを少し先の方へと放った。そのままゆっくりとしゃがみ込みうさぎの頭を最後に優しく撫でた。



「ごめんね……ほんとに……っ」



 そう一言呟くと涙を堪えながら立ち上がりバレットの元へと向かった。足が鉛のように重く、すぐ近くにあるのに今日だけは遥か遠くにあるかのようだった。

 そして、ようやくバレットの元へ来るといつも通り撃つ準備を行った。弾倉に大きな50口径弾を入れる。そのまま弾倉をバレットに装填する。コッキングレバーを引き銃弾を薬室へ滑り込ませる。銃口を向ける。

 普段やっている一つ一つの動作を終えるごとに本当に自分の手で撃ち殺すんだと実感し、堪えてた涙が徐々にこぼれ始めた。

 涙を拭いながらスコープの倍率を調整し照準をウサギの体の中央に合わせた。


(距離は20m……撃てば確実に当たる。あのうさぎさんを私は……今からこの子で撃ち殺すんだ。……お願い……どうか外れて……うさぎさん、逃げてよっ……一発しか撃たないから……!)



 しかし、そんな思いも虚しく、今からさっきまで抱きしめられていた少女に撃ち殺されるなんて思ってもないかのように、うさぎはその場で鼻をヒクヒクさせていた。由莉はスコープを覗きながら余計に涙がこぼれた。



(あぁ……何も知らない子を私は今から殺すんだ……間違いなく当たる……動かない標的なら私は……外せない……)



 由莉は震えながら人差し指をそっと引き金にかける。スコープ越しに見えるうさぎは今から肉片になることなんて知る由もなく____



「さようなら……」



 由莉は涙を一筋零すと、一気に引き金を引いた。



 広い射撃場に虚しく銃声は響き渡った。外れて……!と心の中で微かに願った銃弾は虚しくも狙い通りうさぎの体の中央に着弾した。断末魔の叫びのような声をあげてうさぎは跡形も無く爆散し、半径数メートルに渡って肉片と血をぶちまけた。由莉は撃つ瞬間にうさぎが自分の事を見たその直後に血を吹き出しながら消え去る瞬間を見てしまった。酷いショックを受けた。瞳からは溢れんばかりの涙が出た。

(私……殺っちゃった……何の罪もないのに……ただ、私の元へ来ただけなのに……!でも、私は引き金を引いた。そして……殺した……っ)



 由莉は銃のグリップを握った手をプルプル震わせて静かに涙を流した。

 ___これが命を奪うって事なの……?こんなに……辛いことなの……?



「……これがスナイパーの役割だ。依頼ならどんな人であれ、殺さなくてはならない。由莉にそれが出来る覚悟はあるのか?」



「…………少し、考えさせて……ください」




「……分かった、明日答えを聞こう。」



 何が正しいの……?どうするのが正解なの?

 由莉はその場で決めることは出来なかった。



 それは___マスターも一緒だった。

 由莉にこんな残酷な事をやらせて良かったのだろうか。

 自分が由莉にしてあげられるのがこれだったのか……と。

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