少年Aの酷薄
ゆに
少年Aの酷薄
あの日からあったのは、いつだって諦観と憤懣と惰性だった。
人並みな幸せというものはあの時壊れて崩れてしまった。
全部台無しにしたのは、紛れもなく自分で。
こんな風にのうのうと生き残ってしまうくらいなら、ああいっそ産まれて来なければよかったのにと、そう思って仕方がない。
*
明月透は、少なからず恵まれた子だった。
父・明月京滋はかの有名な企業、神城グループの製薬部門にチーフとして勤めており、母・明月祈も優しく美しい女性であった。
また彼自身天真爛漫な子供であり、日々を謳歌している。
その日も通っている幼稚園から帰る彼を祈が迎えに来てくれ、談笑しながら家路に着いていた。
祈はそういえば、と無邪気な笑顔をぱっと浮かべる。
「お父さん、お仕事落ち着いたみたいだから、今日から帰ってこれるって」
透はきょとんとしながら話を聴いていたが、その瞬間、ぱあと顔を綻ばせた。
「…ほんと!?」
「うん、しかも暫くお休みだよ!」
「ほんとにほんと!?」
「勿論!」
普段仕事で忙しい父が、やっと家に帰ってくる事を透は心底から喜んだ。
どんな話からしよう。
幼稚園であった話、休日にお父さんとしたかった事、お母さんとこんな話もした、と。
久しぶりに会える父に思いを馳せる。
まずはみんなで揃って晩ごはんが食べたいな、などとウキウキしながら家への歩みを進める。
玄関に辿り着いたところで、おかえり、と声が掛かった。
そちらの方に目を向けると、中肉中背の理知的そうな印象の男が透と祈に微笑みかけていた。
「そうか、丁度幼稚園のお迎えだったのか」
切長の目をゆるりと細めて男はそう言った。
透は男の姿を認めると、喜色満面と言った様子で「ただいま!」と男に駆け寄る。
透に合わせてしゃがんだ男の懐にぽすりと収まってから、にこにことした顔で「お父さんもおかえり!」と男、京滋に言った。
京滋も透を抱き、優しげに微笑んで返事をする。
「透、元気にしてたか?母さんの言う事もちゃんと聞いてたかい?」
「うん!元気だったし、ちゃんと聞いてたよ!」
「そうか、偉いな」
久しぶりに会う我が子の頭を撫でながら、京滋はそう問い掛ける。
透もそれに無邪気に返し、父の手に嬉しそうにすり寄った。
その様子を後ろから祈も微笑ましげに見ている。
暫くしてから、京滋は優しい微笑のままで「そうだ…父さん、透にあげるものがあるんだ」と目の前の息子に言った。
あげるもの?と言葉を反芻する。
きょとんとした顔で父の様子を見る彼に、京滋はとても良いものだよ、とより一層優しげに返す。
そんな夫と息子の様子を後ろで見つめていた祈は、夫の左手に握られているものを見つけて訝しげな顔をした。
京滋の手には注射器が握られていたのだ。
何故そんなものを?
祈は一瞬面喰らって反応が遅れてしまう。
だからこそ止められなかった。
京滋は目の前の透の首、動脈に注射器を刺す。
「え、」
呆けた声を出す息子ににこりと笑い掛けると、京滋はそのまま注射器の薬剤を押し入れた。
ぐらりと透の視界が揺れる。
何か得体の知れないものに身体を乗っ取られていくような感覚。
熱い、痛い、渇いた、熱い、喉が、ひどく渇いて仕方がない、喉が渇いた。
ふらふらと後ろに後ずさる透を遅れて駆け寄った祈が抱き抱える。
「…京滋さん、あなた一体この子に何をしたの!?」
夫の突然の凶行に、彼女は声を荒げて問い掛けた。
対する京滋は何のこともなげに、変わらず笑顔である。
ただ、その笑顔はどこか胡乱で正気の沙汰では無いような、そんな顔だ。
「何、そんなに怒ることはないよ祈、むしろこれは喜ぶべき事だ」
「…何て……?」
「今この瞬間、僕たちの子は人類よりもっと優れた存在、ヒトの上位互換である《オーヴァード》になるんだ。これがどんなに奇跡的で素晴らしい瞬間なことか。君もすぐにわかるさ!」
いったい何を、と言いかけたところで、ひたりと縋るように幼い掌が頰に掛かる。
「……透?透、大丈夫?ねえ、しっかりして!」
「……おかあさん、のどがいたい」
「…喉?」
ひゅうひゅうと浅い息をする息子を抱え、祈は当惑する。
どうしよう、と逡巡する彼女をぼんやりと眺めながら、透は異常な喉の渇きに苛まれていた。
喉が渇いてひりひりする。
このままでいたら気が違って喉を掻きむしってしまいそうだ。
何か、何かで潤さないと、喉を。
なんでもいい、なんでもいい、なんでもいい?
なんでもいいなら、この目の前のモノでもいいのではないか?
目の前のモノからは甘くて融ける様な薫りがしている。
なんでもいいと言ったが、それは嘘だ。
これがいい、いや、これで無いとこの渇きはきっと潤せない。
であるならば、もうどうすればいいかなど、彼にとって決まったも同然であった。
*
かぱりと口を開けて、ソレに齧りついた。
何処からか女の人の悲鳴が聞こえてくる。
ああでも、なんて甘くて、なんて美味しいのだろう。
もうずっとこれだけを口にしていられたらどんなにいいだろうか。
ふと、夢中になっていたら口も園の制服も赤くべったりと汚れてしまっていた。
これじゃあお行儀が悪いってお母さんに怒られるかな。
そういえばお母さんは?
ぼくは、そういえば、なにを飲んでいたのか。
目線を下げる。
ぼくと同じくらいか、ぼくよりももっと真っ赤になったお母さんが玄関の廊下で寝転がっている。
そういえば、どうして、なんでお母さんの、首が千切れかかっているのだろう。
*
その後はまるで悪夢のような出来事だった。
抱きかかえられた透が祈の喉笛に噛み付いたかと思うと、そのまま噛みちぎり血を啜り始めたのだ。
彼女は訳も分からないまま自分の息子に血を啜られ死に至っていく。
幼い息子は自分の母親から溢れ出る血を恍惚とした様子で啜り舐めずっていた。
薬剤ーレネゲイドを投与した父親は未だその胡乱げな微笑みを湛えながらその様子を眺めている。
まるでそれが至って普通の、母子の様子であるかのように見ているのだ。
祈の首を半分ほど噛みちぎり、随分と血を貪った後、まるで獣だったかの様な透の瞳には徐々に人間としての理性が戻り始める。
そうして、気付いた。気付いてしまったのだ。
先刻まで自分が今まで生きてきた中で口にしたどんな物よりも甘露で美味だと思って啜っていたのは、母親の千切れた首から滔滔と流れ出る血だと。
幼い透は強張った顔で母の骸を凝視する。
自分の手も服も髪も口もなにもかも祈の血でべったりと汚れていた。
呆然とする透の肩に、優しく誰かの手が乗せられる。
螺子巻き人形の様なぎこちない動きでそちらを振り向くと、優しい笑顔の父親が居た。
「おいで、透。父さんと行こう。」
一体どこへ行くのだというのか。
血濡れになった透を、汚れることなど微塵も気にしていないのか、京滋は抱きかかえて外に出る。
残ったのは貪り喰われた祈の屍体だけだった。
*
明月京滋は、神城グループにてレネゲイド研究に従事していた。
未知のウイルス、レネゲイド。
そのウイルスの研究は奥深く、彼にとっては生涯をかけてもいいと思える程にやり甲斐のあるものであった。
それを調べ、研究している彼の中にはとある疑問が日々渦巻いていた。
それは、果たしてこのレネゲイドウイルスでどれだけ強い人間が作れるのだろうか、という疑問。
このウイルスはヒトに感染し発症すると、驚異的な身体能力と回復力、何種類かの異能を発露する。
それならば、これを利用する事で作為的に強化した人間を創ることは可能なのではないかと彼は考えたのだ。
それこそ、自分が今の人類よりも優れた人間を創る事すら不可能ではない、と。
その結果、彼は会社での研究結果をファルス・ハーツのとあるセルに横流しする事で、その実験をする場を貸し与えられたのだった。
そして次は、その実験の為のサンプルが必要になった。
明月京滋にとってこの実験はライフワークである。だから彼は、自分の愛息子をサンプルとして選んだ。
彼にとっては、自分の息子を自分の手で最強のオーヴァードに昇華する、この事こそ最大級に親の愛だったのだ。
そういう理由が故に、京滋は透をレネゲイドの異形達のひしめく檻の中へ放り込んだり、別の被験体のオーヴァードとの殺し合いをさせたりした。
最初は泣いて喚いて拒んでいた透も、日を追う毎につれ、まるでルーチンワークをこなすかの様に淡々とそれらを薙ぎ払い切り裂いていく。
その分だけ透は自身のレネゲイドを従え使いこなした。
そして、それと同じくらい心が擦り切れ磨耗していった。
*
断末魔を上げて倒れるけもの達、可哀想に。
リザレクトをする間も無く真二つに割かれて絶命した人もいた、可哀想に。
みんな可哀想だ。運が悪かったのだ。
自分みたいな化物とかち合ってしまったばっかりにみんながみんな惨たらしく死んだ。
でも、可哀想だとは思うけど、仕方がない事だとも思うのだ。
だっておれはそういう生き物なのだもの。
おれは他者を蹂躙し、嬲り殺す事しか出来ない迷惑で愚劣な生き物なのだ。
だから死ななくてもいいお母さんは死んだのだし、死ななくてもいい他人も酷い死に方をした。
可哀想だけど仕方がないし、なによりおれはおれがこんな目に遭う世界が酷く憎くて嫌いで仕方がない。
だからこれは只の虐殺だ。やり場のない怒りの捌け口だ。子供っぽい我儘の、八つ当たりの延長線上だ。
いくら殺してもスッキリともなんともしない。
どんなに相手を酷く惨たらしく殺したところで、どうせあのイカれた男はおれを最高傑作だ、人類の究極地点だ、と讃め称えるだけ。
そうしておれの憤りはまた募るばかりだ。
獣の檻の様な部屋で膝を抱いて世界に呪詛を吐く毎日は、地獄の様な心地であった。
檻の外に出される度に、他の被験者から恐怖と侮蔑の目で見られるのは当然の事だと思った。
手術台の上で腹を割かれ血を採られる事は惰性でされるがままだった。
いっそ気が違ってしまった方が楽な気がするのだけれど、どれほど手術台の上に転がされようとも呪詛を吐かれても何かを殺しても頭は冷静に冷えていく一方で。
どうにも他者の命を奪うことが、あまりにもしっくりときてしまうのだ。
おれは世界が憎いと言ったがそれはきっと都合がいい建前で、本当に嫌いなものは自分自身だ。
こんな事になるのなら、自分など生まれてこなければよかったのだと、思えて仕方がないのである。
随分昔に読んだ迷路の中の怪物のことを思い出す。
きっと自分はそれなのだ。
神様の怒りを買って異形として生まれ、迷路の中に押し込められた怪物。
それなら早く、自分を殺してくれる勇者が来てくれればすっきりと終わるはずなのに。
もしくは耐えきれなくなった自分がこの迷路をぐちゃぐちゃにして逃げ出してしまうかのどちらかだ。
そんな事を夢想しながらおれは今日も眠りに就いた。
*
UGNの精鋭部隊が、そのFHセルを制圧しに来たのは、透が来てから4〜5年近く経った日の事だった。
今日は起きてから随分と時間が経ったのに父親も研究員も誰も来ないなと一人ぼんやりしているところに、至道弥彦は現れた。
彼は透に自分がUGNの人間であるという事を告げると「おにーさんと外に出てみない?」とにこやかに問いかけた。
急な来訪に面食らって反応が遅れたが、こんな所に居るよりはきっと幾分マシだろう、そう思った透は、至道の問いかけに応じた。
廊下はぐちゃぐちゃだから裸足のままじゃ危ないと、至道は背に透をおぶって檻を出る。
研究施設の廊下は構成員たちの死体で溢れかえっていた。
惨憺たる光景だった。
透をおぶる至道はその光景に不釣り合いなくらい明るく朗らかに彼に話しかけてくる。
ここを出たら何をしたい?やっぱり学校に行きたい?そんな話を他人事の様に聞き流していた透は、ふと視界の端に見知った男の死体であろうものを認めた。
随分とぐちゃぐちゃになってはいるが辛うじて顔の判別がつく程度に原型は残っている。
それは多分自分の父親だろう、と透は一人得心した。
そして、そういえばこの場にはこの至道とかいう男しか居ないことに気づいたのだ。
…ともすれば、この惨状を作り上げたのはこの男なのではないか?
頭に降って湧いた疑問をそのまま至道に投げかけると、彼は多少気まずそうな顔をした後「俺がやったよ」と至極あっけらかんと答えたのだ。
透は、この時この至道弥彦という男ににショックを受けた。
酷く恐ろしいと思ったが、それ以外になんてすごいんだろう、と素直に思ってしまったのだ。
男は自分と同じくらいか、はたまたそれより怪物然とした力を振るってはいるものの、UGNというFHとは対極に位置する組織に属している。
まるでヒトの様に振舞っているのだ。
それならば、この人の居る所に行けばもしかしたら自分も、と。
そう思ったからこそ、明月透は至道弥彦に引き取られる事を希望した。
UGNチルドレンとしてではなく、当時日本支部の一エージェントである至道の元で戦闘訓練を受ける事を望んだのだ。
単純に、見ず知らずの他の子供たちと同じ空間に押し込められる事が耐えられなかったのもあったのだが、それよりも透には彼以外の教鞭を受ける選択肢は元々なかった。
至道は最初こそ渋い顔をしたものの、観念したのかそれを了承した。
自分が保護者として彼を引き取る代わりに、至道は透にUGNエージェントとしての訓練を付け、基盤が出来てからは彼を一人の部下として実務に連れていった。
年若いエージェント、ブラッドエッジはこうして生まれたのである。
*
若い、という偏見は組織社会で常に付きまとってくる。
俺も違わず、その不愉快極まりないものにさらされる事となった。
至道弥彦が精鋭部隊の指揮官となってから、俺は直属の部下として彼の任務に同伴する様になっていた。勿論、実働部としてだ。
当時12歳だか13歳の俺は、周りのエージェント達から奇怪なものを見る目で見られていた。
気持ちはまあ、分からなくはない。
何せ平時であればチルドレンとして任務に就いているかどうかという年頃の人間が、主にFHとの交戦や厄介なジャームの殲滅を行う、極めて危険な任務の場に居るのだから。
ある人は子供をこんな所に連れてくるなんて指揮官の気が知れないと呆れ返って俺を一瞥する。
ある人は君はまだ子供なのだから、後ろの方で控えていなさいと優しく諭す様に言う。
ある人はこんな子供に何が出来るのかと影でひっそりと言う。
俺はそれらを黙って聴いていたが、心底余計なお世話だと思っていた。
FHで被験体として扱われていた頃には、良くも悪くも言われなかった事ばかりであった。
それこそ、あのおかしな研究所では能力として優れてさえいれば歳など関係なく恐れ慄かれるのだ。
扱いとしてはあんな所よりも幾らかマシではあったが、外見や歳だけで判断されるという、そう言う意味ではここも充分クソったれだった。
俺も至道弥彦の様に、力は怪物のそれであってもさっぱりとした小気味いい人間らしい振る舞いが出来る様になれるだろうか、そう思ってあの人について行ったのに。
こうして組織の中に放り込まれると、至道弥彦は随分と奇特だという事を思い知ったのだ。
みんながみんな、あの人みたいに誰かに寛容じゃない。そんな事は当たり前の筈だったのに、俺はどこかなんとなく期待していたのだ。
他の有象無象の人間は、どこであろうとやはりこんなものだった。
FHで侮蔑と恐怖の眼差しを向けられていた頃とこれっぽっちも変わらない。
だったら俺も態々振る舞いを変える事はない、そう思った。
化物は化物らしく振る舞おうじゃないか。
今までと同じ様に、他者を蹂躙し踏み潰し惨たらしく嬲り殺すだけだ。
任務が始まる前に色々言ってきていた大人達は、終わる頃にはすっかりと黙りこくって俺から遠ざかっていた。
そうして向けられるのは、相も変わらず恐怖の目だった。
それでいい、と思った。
結局、この組織では子供はナメられる。
だったら俺は徹底的にそいつらに対して畏怖を植え付けてやればいいと思ったのだ。
子供だろうとなんだろうと、そいつらを黙らせてビクつかせてやれるだけの暴力を見せつけてやればいい。
何も言えないくらいに怪物として振る舞えばいい。
何一つ変わらない。やる事は至ってシンプルだ。
必要以上に冷淡に酷薄に振る舞うのも、見た目を刺青やシルバーで厳しく繕うのも、これは警告であり威嚇だ。
そんな好奇の目で見てくるなら、怖がってくれた方がよっぽどマシだ。
子供扱いされて軽んじられるくらいなら、化物扱いされている方がよっぽどマシだ。
だから俺は首輪をつけられた凶悪な獣でいる事を徹底した。
分かってくれなくていい。理解してくれなくていい。
そう思うのは、今更人の中に放り込まれて、また必要以上に人を傷付けるのが怖いからなのだろうか。
その頃には何が本当の自分の気持ちなのかすら、もうよく分からなくなっていた。
*
桐生嚆矢の気持ちは分からなくはなかった。
あいつはこの世界の理不尽さに絶望し憤懣を抱き、結果として利用されていると知って尚コードウェルの下に付くなんて愚行を犯した。
やり方はともかくとして、コーヤと俺は似ていた様に思える。
ただ、コーヤは俺と違って、自分の望みというものがハッキリとしていた。
あいつは世界に認められたかった。自分達の自由を、存在を。
俺は、世界を疎ましく思ってはいても、そうは思えなかった。詰まる所どうでもよかったし、俺には何を望む、なんてものがとても薄ぼんやりとしていた。
ただただ人から命じられて殺し、のうのうと惰性で生きている。
そういう意味では、歪んでしまったとしても望むものがあったあいつが羨ましかった様に思う。
あいつだけじゃない、榎本結絆の事も、真矢清路の事も、眩しく感じる事が多かった。
あの二人には自分の芯になる物が確かにそこに存在していた。
榎本結絆には唯一無二の友である桐生嚆矢が。
真矢清路には掲げる理想が。
だからこそ、彼ら二人は何があってもブレずに正面を見据えていた、そしてひどく人間臭かった。
ただ与えられた仕事として、その事件に臨んだ芯になるモノが何も無い、俺と違って。
今だから言うが、最初の頃、俺はあの二人の事をあんまりアテにしていなかった。
ただ、不本意とはいえ上に立つ人間が足並みを乱す事は憚ったから捜査は手分けして行ったが、案件が上手く進展しなかった場合は、俺が一人でリベレーターズを潰してしまえばそれでいいと思っていた。
だのに、当の二人はそんなことを考えていた俺をあろう事か『支部長』などと呼び、信頼を寄せてくれた。
…俺はそんなに真っ当な人間じゃない。
お前らにそうやって接してもらえるほどの生き物じゃないんだよ。
俺はどう足掻いても、自分じゃもう何が欲しくて何を望むのか分からない様な、野垂死にかけの酷い獣なのに。
そんな俺でもまだちゃんとヒト足り得るのだと思いたいが為に、二人の望みも信頼も何もかもを盾にとって利用している事を赦して欲しいだなんて。
浅ましいにも程があるだろう。
副官として常に控えている彼女の事も、普段はお調子者だがそれでも懐いてきているのだろう双子の事もそうだ。
ここに居ると俺はヒトの優しさを食い物にしている様な気さえしてくる。
ただでさえ浅ましくて醜い怪物であるのに、どうしてこうも強欲になれようか。
俺はこの支部の人達が好きなんだろう。
だからこそ、俺はここに居たくない。
今更ただの子供の様に、他人の優しさに甘んじる資格なんて俺には無いんだ。
そう思うと、顔ではへらへらと笑っていても、どうしても鬱屈とした気持ちが拭えなかった。
*
結局俺は、今もまだこの優しすぎる人達の集う場所に居る。
半年前のコーヤの事件後、俺はいい加減腹を括ってこの支部長という仕事と向き合うと深咲ちゃんに約束した。
まあ、口約束ではあるのだけど。
出来ないなりに書類仕事も覚え始めて、ずっと誰かについてもらい仕事を見てもらう事も少なくなってきた様に思える。
多少真面目に向き合ってみると、支部長という仕事も存外悪いものでもないなと思う。
ただ、やはり心の底の底では自分にはこの職務は身に余ると、そう思ってしまう。
どうしても、向けられる信頼にも好意にも真正面から向き合えないのだ。
俺は未だ自分が人間として上手く振舞えている自信もなければ、人間である様に思えないままでいる。
だからなんとなく、向けられるポジティヴな感情を空気の読めない笑顔で流してしまいがちだ。
ああやっぱりどうしようもないクソったれだな、と思う。
そう思う事自体甘えなんだろうとも思ってはいるが、どうにもそう思って仕方ない。
約束を交わした彼女を未だに無下にし苛つかせ諦観させてしまう事が多分何よりも答えだ。
職務に対する態度が変わっただけで、結局俺自身は変われていない。
……俺はどうしたら人間としてキチンと振舞えるのだろう。
漠然とした思考を抱えて、俺は今日も薄っぺらな笑いを浮かべてやれるだけ仕事に取り組む。
諦観も憤懣も惰性も、未だ健在で。
胡乱なままの身の内でも、やれる事はやらなければ。
そう思って辛うじて生きている。
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