北高乙女の恋事情!   

学年一の美人さんの場合


『山田くん、掃除大変そうだね。手伝うよ』

『うーん、嬉しいけどあと少しだし大丈夫』


 私、市松いちまつ梨佳りかは悩んでいる。それはもう空前絶後並みに。

 自分で言うのもアレだけど私はとってもモテる。

 自慢に聞こえるかもしれないけど、自慢したいが為に言った訳じゃない。どれくらいかと言うと月一のスパンで告白される感じ。入学当初は週一レベルだったけど、それから二ヶ月以上経てば落ち着いてきた。

 話が逸れた。

 別にモテることを悩んでいるんじゃない。

 好きな人ができた。どうしたらいいのかわからない。

 悩んでいるのはそこだった。

 自分の見た目にコンプレックスがある訳じゃないし、むしろ自信がある。上にも言ったようにモテるし。

 モテる=可愛い、になる訳じゃないけど、それなりに可愛いはず。

 黒く大きな瞳にぷるっとした紅い唇が白く骨格の小さな顔にバランスよくのっており、細く延びる指と腕にすらりとした足。きっちりとあるくびれと丁度いいぐらいの大きさの胸。身長は165より小さいぐらいでずば抜けて小さすぎず、大きすぎず。

 モテる=恋愛偏差値が高い、ということはないことを知ってほしい。

 むしろ、自分からアピールする方法なんて知らない。今までの経験を思い出そうとすればするほど思い出せない。

 考えすぎて『アレ?アピールって何、それ。美味しいの?』状態になりつつある。経験と言っても少女漫画なんかで読んだ知識だけども。

 私が好きだと言っているのは学園の王子様って人ではなく、同学年で他クラスの普通の人。

 周りと比べてとっても頭のいい訳でもなく、とっても格好いい訳でもない。かといって、馬鹿な訳でも、不細工な訳でもない。

 本当に普通の人。

 友達に相談してみるとなんで、と言われ続けた。しかも結構な真顔で。

 きっかけはとっても単純で入学式に困っていた私を助けてくれた。

 下心があったからじゃないの、と言われたがそういう目は一切していない、純粋に私を助けようとしている目だった。

 それで一目惚れ。

 我ながらかなり単純なやつだと思う。

“恋愛 アピール 女子高生”

 インターネットで検索して出てきた方法を片っ端から実践してみるがことごとく惨敗。

 今日も今日とて失敗。


「私の何がダメかなぁ」


 さっきの手伝うよ、で通算53回目のアピールだった。53回=学校がある日、である。

 私のアピールの仕方って間違ってる?

 項垂うなだれるように机に突っ伏すとドンマイ、という風に肩を叩かれた。


「うーん、ダメというか相手がとんでもなく鈍感みたいね。梨佳からというより、女子からモテる訳ないって思い込んでそう」


 私の散々たる結果報告により、北高のキューピットの異名を持つ沙織さおりさんが様子を見に来てくれた。因みに3年生で学年順位10番以内の超才女。家は近所で頼れる本当の姉みたいな人なのだ。

 今は恋の師匠なわけだけど。


「師匠ー、何かいい方法はありませんかー」


 半泣き状態で沙織師匠を見上げる。


「そうねぇ、言葉の端々に“好き”って言う言葉を入れてみたらどうかしら。あと笑顔がぎこちないわ。他の人の前ではにこにこしているのに自分の前では笑わない、もしかして嫌われてるのかな、ってなるわよ。それから動揺しすぎね。ちょっと目があったり、話しかけられたりしたぐらいでおどおどしない」


 そうねぇ、と言って余り注意点がないように見せかけておいて槍のように尖った雨が矢継ぎ早にぐさぐさと降ってくる。

 もうヤダコレ、立ち直れそうにない。

 半泣きから3/4泣きになる。

 これ以上言われたらもうダメだ。

 私の精神衛生上、大変よろしくない。


「師匠、もうこれ以上言われたら、私のガラスのハートが粉々に砕け散ります…」


 自己防衛本能が発動し、両手を弱々しく上げて降参のポーズをする。


「しょうがないわね。じゃ諦める?」


 そんなわけない。ここで諦めるなんて出来るわけがない。

 しっかりと首を横に振る。


「なら、ちゃんと最後まで聞いて」

「…はい」

「素直でよろしい。それと自然体を意識しすぎて自然体じゃない、もっとリラックス。見た目も中身も救いようがないってことはないんだからもっと自信持って」

「それが一番難しいんです」


 食いぎみに答えるて呆れたような目を向けられているのは重々承知の上だ。けれども本当の事なのだから仕方がない。


「こうなったら奥の手ね」


 白く細い指を顎にポンポンとあて、思案しているようにしていたが何かを思いついたようで私の目の前でピンとその指を立てている。


「奥の手、ですか」


 いいこと思いついた、とニコニコというよりはニヤニヤとしている。

 例えるなら面白いおもちゃを与えられたワルガキのような。簡単に言うと不気味だ。

 そして、ちょっと身構えてしまう。


「そう、奥の手。明日、自信のつくおまじないをかけてあげる」


          ○


「山田くん、掃除手伝うよ」


 いつも終わりかけになっちゃうから今日はいつもより早く来てみた。


「じゃあ、お願いしようかな。塵取り持ってくれる?」


 軽く頷き、それを受けとる。気負いすぎないようにいつも通り、普段通りを心がける。


「市松さんが笑ってくれた…」

「え?」

「いや、いつも僕の前だけは笑顔がぎこちないから嫌われてるのかな、って思ってて」


 嘘…、師匠の予想していたことが丸々当たってる…。


「そんなことないよっ!むしろ…」

「むしろ?」

「なんでもない、なんでもない」


 危うく勢いで言ってしまうところだった。ちょっと不審そうに見ているけどなんとか誤魔化せた。


「市松さんって意外と普通の人なんだね」


 どういう意味なんだろう。


「あ、悪い意味ってわけじゃなくって。ほら、よく告白されてるの見るからなんだか高嶺の花っていうか、なんというか」


 気を悪くさせてたらごめんね、と続けている。

 そんな風に思われてたんだ。


「そう、私は普通なの。普通の女の子」


 私は特別なんかじゃない。

 誰かを好きにもなるし、どうしていいかもわからずに悩む。好きな人と話せたら嬉しくなるし、誰かと話しているのを見かけたら焼きもちだって焼く。

 何の変哲もない、ただ恋をしているだけの女の子。

 幸せを感じているとそれを邪魔するように最終下校時間を知らせるチャイムがなる。


「ヤバっ、早く帰らないとまた会長さんに怒られる。市松さん、ありがとう」

「ううん、全然大丈夫」


 生徒会長さんに起こられたことがあるんだ…。

 意外。

 もう遠ざかり始めている背中に思いきって言葉を投げる。


「ねぇ!下の名前で呼んでも、いいかな」


 すると驚いた顔をしながらだったが優しそうに目を細めながら頷いてくれた。


慎慈しんじくん、また明日ね」


 そういうとまたね、と手を振ってくれた。

 ほっぺたが熱い。

 熟れた林檎みたいに赤くなっている気がする。

 つっと唇を撫でる人差し指にうっすらと口紅の色が移る。

 師匠の言う通り、本当に自信がついて勇気がでた。

 これを聞いたら師匠、ほくそ笑むんだろうな、と思う。

 少し重たい気もあるが自然と口角が上がる。

 明日はなんて話しかけようか。



 ちょっとぐらいならお化粧品の力を借りたっていいよね?

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