窮鼠猫を噛む

「『疾走』」






スタート。スキル発動。






「……来るよ」






弓使いは、俺の動きを見ている。が。




俺は影から出て、あいつ等に向く。




逃げも隠れもしねえよ。






「――っ、はやっ!」






見えたのは、落とし穴を解除しようとしている小刀使いと戦士の二人。




その後ろに控える後衛三人。




俺は、真っ直ぐに前衛へと走る。






「――」




「ファイアブラスト!」






当然、迎撃の魔法と弓使い。




どうする?まあ避けるしかないわな。




しかしあいつ等もガチだ。




詠唱が完了し、迫りくる火の塊。弦を引っ張っている弓使い。




俺が避ける場所へと、矢が飛んでくるのだろう。




どちらか一方なら避けられる。が、避けるという行動の後には必ず隙が現れてしまうもの。




今俺は確実に狩られる。ここで終わり。




何て――思ったか?




予め、それに対応出来るように構えていた。




『投擲』の体勢を。






「らあ!」






火の玉へとナイフを投擲。その後聞こえる爆音。成功だ。






「――、ソニックアロー!」






それを見てか、俺が投擲した瞬間に弓使いが矢を放つ。




俺の行動は予想から外れていた様だ。反応が少し遅れている。




これなら余裕で避けられるな。






「くっ――紅葉!気を付けて!」




「へへ、分かってるよう!」




避けた後、全速力で真っ直ぐ進む。


ここはもう既に落とし穴の領域。地面のアイコンを目印に避けて行く。




俺は前衛の内、小刀使いへと向かった。


何故かと言えば敏捷が高そうだからだ。




その足で追いかけられると厄介だからな。




「うっ――きゃあああ!」




フェイントを交え、身体を入れたタックルで落とし穴へと突き飛ばす。




コイツ程度の筋力値なら大丈夫だと思ったが大成功だ。




舐めてくれて助かったぜ?






「この、許さん!」






正義感に溢れる戦士君、お前は無視無視。




構わず後衛達の方へとダッシュ。






「ファイアーウェーブ!!」




「――!」






当然待ち構えている後衛、魔法使いは詠唱を開始。




聞いたことのない魔法名だ。詠唱時間が長めの様子。




弓使いは矢を番える。武技の発動は見た所無い、魔法の詠唱の為の時間稼ぎだろう。




どうする、突っ込むか?詠唱中の今がチャンス。このまま進んで――駄目だ。




このまま進むという事は、アイツらの策に飛び込むと同じ。




後ろから戦士と小刀使いが迫ってくる今、止まってる時間が無い。迷ってる時間等無いのは分かっている。俺は突っ込んでいく事しか出来ない。






……時は容赦なく経過し、詠唱が完了。






「――――っ!」






俺に――『炎の波』が迫って来た。




今まで見た事が無い、『範囲魔法』。避ける気も起こさせない程の炎が前方から襲う。




前も横も上も、避けられる場所がない。こんな魔法に投擲等効く訳もない。




クソッ!アイツらはもう目の前だってのに!






『俺達の勝ちだ』






一瞬だけ垣間見えた、アイツらの表情。






……もう、駄目なのか?






――いいや、考えろよ俺。此処ら一杯にはアレが敷き詰められてるだろ?




たった一つだけだが、逃げ道はある。




どうなるか等知り得ないが、このまま死ぬより百倍マシだ!






「っ!」






俺は右斜め前、跳んで『地面』に足を引っ掛ける。




瞬間、俺の身体が玩具の様にストンと『落下』。減るHPバー。




そうだ、俺は――『落とし穴』を利用した。






前でも横でも上でも無い、下。




上を見れば、炎は過ぎ去る。




避けられた、だがこのまま落下しては意味がない。






「らああああ!」




落下するのに対抗する為、穴の壁を思いっ切り蹴り上へと跳ぶ。




気合いと根性を込めた『壁キック』。




俺は、地上へと顔を出す。




「よう」




挨拶も程々に。




俺はナイフを構え、不意の無防備な弓使いへと距離を詰める。






「『スラッシュ』!!」






ありったけの敵意を込め、そう『叫んで』ナイフを突きつけた。




どれだけレベル差があろうと、鼠に齧られる瞬間は怯むモノ。




そこを狙うんだ。




「――っ」




弓使いは俺の狙い通り一瞬だけ怯み目を閉じる。




チャンス。




ナイフを持たない左手を、弓使いの『懐』に。




《スリに成功しました!》




インフォのアナウンス。




口元が緩む。






――勘違いすんじゃねえよ、最前線。




俺はお前らをキルしたいとも出来るとも思っちゃいない。




さっきの武技の発動も敵意も、スリを成功する為だけのフェイク。




俺の職業は『盗賊』。




その役柄は『盗む』事なんだぜ?




まあ気付くのは大分後だろうが。




いやあどれ位入ったのか楽しみだあ。






「くっ、この――」






詠唱はもう間に合わないと判断した魔法使いの杖の殴打。




それを余裕で避け、俺は走る。




逃走完了まで、もう間近。




《状態異常:過食が解除されました!》




脳内に響くインフォ。




遅えよ、だが良いタイミングだ。






「――ソニックアロー!」






後ろから聞こえる武技の発動。




……さて。




俺の、本来のスピードをお見せしよう。






「『疾走』!」






疾走スキルの発動と、戻った敏捷の20パーセントを上乗せした逃走。




そうだ、風をぶった斬っていくようなこの感覚。これこそが本来のモノ。




今の俺は、どんな攻撃だろうと届く事は無い。失って始めて分かる大切さというヤツだ。






突き放していくアイツらとの距離。もう追ってこれないだろう。




伊達に極振りじゃねーんだよ俺は。








「じゃあな、最前線!」








また会おうね!

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