かわいい月桂冠ちゃん

早瀬翠風

🍶森伊蔵さん

 森伊蔵さんは怒っていた。


 もともと彼は、温厚と言えば聞こえがいいが全てに於いて無関心で感情を揺らすことが殆ど無い。何処に行っても黙してじっと座っているのが常で、他の者と目を合わせることすらしない。

 しかし彼は人気者だった。誰も彼もが森伊蔵さんを求める。知っている者は知っているのだ。無口な彼が実は、付き合ってみれば甘さと辛さが絶妙な忘れられない男だということを。


 けれども森伊蔵さんはそんなことにも少しも興味がない。求められれば応じはするが、自ら求めることなど無かった。あの時まで。



     🍶



 その日も森伊蔵さんは店で一番いい席に座らされて、つまらなそうに胡坐を掻いていた。欠伸を噛み殺してふと下を見る。すると、かわいいあの子がちょこんと座っていたのだ。席とも呼べないような平たい場所に。


 ずきゅん。


 悲しいかなほぼ免疫がなかっただけに森伊蔵さんはちょろかった。女の子なら巷で人気のちょろいんになるのだろうか。男の場合は何というのだろう。残念ながら世情に疎い森伊蔵さんには分からない。


 かわいいあの子は森伊蔵さんとは別の意味で人気者だった。もの凄く美人だとか可愛いとかいうことはない。普通に可愛い。庶民的で親しみやすく、嫌味がない。だからみんなその子が大好きなのだ。

 楚々とした(森伊蔵さん目線)月桂冠ちゃんが。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る