その五 帯刀男子は人斬りマニア?
「楽師の方とお見受けしますが」
翌日、町の雑踏で突然声をかけられた。そこには、中背の恰幅のよい老人が立っていた。
「突然の無礼をお許し下さい。私は近隣で村おさを務めている者です」
老人は仰々しいほどの会釈をした。
「キョウ、上客よ。営業スマイル」
沙羅はそう耳打ちした。そう言う彼女は澄まし顔で老人を値踏みするような表情をしている。ルゥは足元で尻尾をぱたぱた振っている。僕は、わけもわからないままひきつったような愛想笑いを作った。
「こんな往来の立ち話では、自己紹介もままなりませんから」
ついてこいとばかりに、老人は先に立って歩き出した。
「サラ、どうするの?」
「上客だって言ったでしょ。行くわよ」
おどおどするばかりの僕を尻目に、沙羅は平然として老人の後について歩き出した。
「魔人ダングレアが村の歌姫に一目惚れしましての、次の満月の夜までに引き渡さないと、村を襲うと」
アンヌの喫茶店のテーブルで、村おさの仕事の依頼を聞きながら、沙羅は僕の顔を見て意味ありげな笑みを浮かべた。僕はまたとっても良くない予感がした。
「分かったわ。歌姫と村人を魔人から守ればいいわけね。うちの楽団のホープ、ここにいるキョウに任せてちょうだい」
と沙羅は、自信たっぷりに僕を指差した。
「え、僕?」
沙羅とルゥが、ウンウンとうなずいている。テーブルの横で話を聞いていたアンヌまで、トレイを胸に抱えたままうなずいている。
ニンマリと僕に笑いかける村おさのエロジジイそのままの顔を見て、僕は背筋に冷たいものを感じた。やっぱり、もの凄く悪い予感がするんですけど。
「さて、先ずはメンバー募集から。報酬は、リーダーのわたしが半分、残りを頭数で割るとして……」
沙羅は、上機嫌で雑踏の中を歩き出した。
「ねえ、キョウ、あなた助っ人に心当たりは……、ないわよね。聞いたわたしが愚かだったわ」
だったら聞くなよ。僕は、内心ツッコミながら、チューバに押し潰されそうに、沙羅を追って歩いていた。
「マスター、用心棒稼業の小次郎はどうでしょう」
とルゥ。尻尾をパタパタさせながら沙羅の足元を歩いている。
「トロンボーンの
いや、その物騒な人物を仲間にして、僕が主役だなんて、そこはかとなく命の危険を感じるんですけど。
「拙者を呼びましたか? キョウ殿」
急に頭上でその声が聞こえると同時に、僕の肩がスッと軽くなった。
見上げると、時代劇から抜け出して来たような着流しの侍姿で長身の男子が、僕を見下ろしている。背中にはトロンボーンとそれよりも長い日本刀を下げている。僕のチューバを片手で軽々と持ち、目が合うと侍男子はにっと笑った。僕は愛想笑いを返すのも忘れて、顔を引きつらせた。危険人物の香りがプンプンするのだ。
「相変わらず、可愛いらしいですな。キョウ殿。毎度のつれない態度も、拙者の心にジャストミートでござる」
言い換えよう。僕は、貞操の危機を感じた。
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