第5話 たて糸

 本やネットサービスのプロフィールならともかく、初対面の人への自己紹介に「小説家です」や「漫画家です」とセットで名乗るのがたいていカッコ自称、あるいは売れないほうとの言われがある。


 チサも一応、出版業界に片足を突っ込んでる人間なのだが、目の前に言われたのがはじめて。少ながらず動揺した。


 とりあえずコーヒーでも飲んでごまかそうとしたら、コウジは続けて言った。


「自己紹介してくるとは、はじめてのパターンですね」


「そうですか」


「毎回コーヒーを出しますが、出されたコーヒーを飲んで、『ありがとう』と言ってくれるのもはじめて」


「おいしいものを頂いたら、感謝するのが普通だと思いますが」


「それが普通じゃない人が案外多くてね」


 角砂糖をまたひとつ。ほぼコーヒー風味の砂糖水になっている。


「聞かないんですか」


「何がですか」


「聞きたいこといっぱいあるのでしょう」


「確かに……では、年齢をお伺いしてもよろしいですか」


 コウジは目を丸くして、五秒ほどチサを注視した。それからまた角砂糖を入れはじめた。ティースプーンでかき混ぜながら、少しはにかむように笑う。


「年齢はちょっとサバ読みしましてね」


 アラフォーのチサから見て「おっさんだ」というのが、サバ読みの幅は相当なものだ。


 老けて見える年下かタメだとの可能性もあるが、普通にアラフィー——いや、下手すると60代かもしれない。


 湧き出る仮説をチサは吟味するや検証する間もなく、すかさずコウジは言った。


「57才です」


 神をも恐れぬ仕業。


 よくもそんなことを。


 サバもサワラもなくサギなんだよ、この罰当たりな——と、喉まで上がってきたセリフを、チサはまた口を結んで呑み込んだ。


 けど——やっぱり。


 こんがらかった頭の中から、経糸たていととなる一本がつかめた気がする。まとめられそうなわずかな情報をつないできたら、チサは改めて。


「ご活動は芸名かペンネームでですか?」


「はい?」


「保取さんは本名でしょう」


「そうですね。お察しが良い、基本ペンネームです。保取は本名で、ほとんど使いません」


「やっぱり」


 間。


 ——言わんかいっ!


 ——この話の流れだと、続いてはそのペンネームを提示してくるのだろう普通っ! 自己顕示欲が高いのか低いのかがわからなくなるんじゃないか!


 と。ズッコケる気分を取り越してツッコんでしまうチサ。もちろん心の中で。


綿貫わたぬきサブロー、さん。ですね」


 切り出したのはチサのほうだった。


 ティースプーンで砂糖水をかき混ぜる手が止まる。大きく見開いた目はギロっと三白眼となり、びっくりしたように、にらんでるようにも見える。


「……お若いのによくご存知で」


「本名までは知らなかったのですが、テレビで見てました。ゲームランド」


「ああ、お歳からするとドンピシャ世代ですね」


 口調は柔らかく、しかし表情が硬い。


「番組はリアルタイムではほとんど見れませんでしたが、YouTubeでいくらか拝見しました……お変わりがないのですね。あとゲーム雑誌での連載、えっと、評論や分析記事などはリアルタイムで読んでました」


 チサはウソをついた。お変わりないと言うけれど、前にYouTubeで見た、彼が子供向けゲーム番組で出演した頃の映像からすると、だいぶ歳は取った。髪の量は同年代と比べると間違いなく多いが、昔と比較したらさすがに薄くなった印象は否めない。


 なにせもう30年も前になる頃だから。

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