旅立ち

高速道路の

サービスエリアの

電話ボックスで


あなたに電話をかけている

「箱の中を

 覗いてはならない」


鳩の羽ばたきと葉ざわりを

取り違えるほど老いた

この鼓膜にいらえは届かない


耳を澄ましてはならぬとも

告げるのを失念していた

あなたが家で待っているのに

地平に支えられた草の家で


箱を見下ろして戸惑うあなたを

とりまく草原は真昼の高架下にも

どろどろと乳脂のようにひろがる

家からこの旅路までつづく草の波は


限りなく海までつらなるだろうか

波頭と草をわたる戦ぎとが

交合する岬までたどり着けば

点在する立方体も姿を消すだろうか


その中で鵺はいかなる餌をとるのか

あるいは餌などとらず霞を喰うのか

前者なら箱の中を傷物にして絶唱し

後者なら無人の折檻を揚々と享受している

あるいはすでに棺の中には


いないということも考えられる

世に地平が勃然とあらわれてから

鵺の姿をみとめたものはいないのだから

透き通る蛇の尾をくゆらせて

草間を闊歩する臀部もありえるわけだ


だからあなたに電話をかけている

中にいるものに注意をはらってはならない

蛇は草間を這いずり虎の腰が葦を

砕き猿の肢を踏み締めて

調和と律動の無謬を誇示していることに

気づいてはならない


さもなくばもはや旅立ちは

あなたが見下ろす箱の中で紡がれていて

密閉された側面を押しのけて腹にくいつき

うるわしくうるおう臓腑をくわえて

旅程の途上のサービスエリアへ駆ける眼が

本道を抜ける大型トラックのように

閃いて


すがたは今

外へ

外へ

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