第十八話 戦後処理報告


(ここ……どこ……)


目を覚ました私の視界に入ってきたのは、少し汚れたように見える天井だった

意識がはっきりとして感覚が戻ってくるにつれて、身体の痛みまでが鮮明になっていく

左手と足は動かないし、右手はかろうじて動くけれど体を起こすような動作は出来そうにはない

喉も枯れて痛みを感じ、内側の異物感に吐き気もする


それでも、見える世界が青空ではないということ

オーガとの戦いで酷使した状態のままだというのが

自分が死ぬことなくどこかの建物の中に帰ってきたのだという安心感を感じさせてくれた


(……変なにおい)


フレシアさんの甘い匂いとは違う、特殊なにおい

頭を動かして見渡すこともできずに目を動かしてみると、すぐ横で突っ伏して寝ているリンの姿が見えた

それで、ああ。と納得する

ここはおそらく、病院に通ずる何かなんだ

どうやってかは解らないけれど、運んできてもらえたみたい……良かった


(でも、リン達にはすごく心配かけちゃったよね)


どう声をかけるべきか悩んで

もう少し眠ったふりでもして考えてから声をかけようかと思った矢先、

リンが小さな声を漏らして、顔を上げた


「あっ」

「…………」

「おねえ……ちゃ……」


おはよう。とでもさわやかに声をかけようとしたものの、

あの戦闘の拘束感は思った以上にきつくて、声は出ないし笑顔もぎこちないものになってしまった


「お姉ちゃんっ!」

「ぉ゛ぅ゛」

「お姉ちゃん……お姉ちゃん、お姉ちゃんっ!」

「ぁ゛ぅ゛」


思いっきり抱き着かれ、変な声が出た

心配したのは解る、辛かったのも分かる

目を覚ましてとっても嬉しいのも分かる……けど

一応重症患者なのだから少し手加減してほしいと思ったけれど

それも生きているからこその罰なのだとしたら軽いものかなぁ。と、すぐに考え直す


(抱きしめたい……ごめんねって言いたい)


それが出来ない、してあげられない

そんなもどかしさを感じているうちに、リンは私から離れて目元を拭った

どれだけ眠っていたのか

ちょっと見ないうちにリンは凄い良い顔をするようになったように見える

元気で、明るい妹ではあるけれど

ちょっぴり頼もしさも感じるような、そんな顔


「……心配、した」

「…………」

「もしかしたら、もう駄目なのかもって……」

「ぅう」

「あっ、む、無理には喋らないで。お姉ちゃん一週間も寝ちゃってたんだから」


一週間。

気を失って一週間が長いのか短いのかは分からないけれど

健康ならそんなことは怒らないし、リンの反応的にとても重症だった。ということだけは解る

それで体がまだ治りきっていないのだから

そうとう酷使したんだろうということも分かった


(それもそうだよね……無理やり治して使ったんだ)


オーガの張り手を喰らった後に回復魔法を使ったとはいえ、完治したわけではない

その状況で走って飛んで転んで投げて吹っ飛ばされて

状態が悪化していないわけがない


(そもそも、初手で死ななかったのが奇跡だよあれは)


ミスティが鍛えていたこと、オーガが振り返りざまの張り手だったということ

正面の木にぶつからずに地面をはねるように叩きつけられたこと

そう言った幸運が重なった結果の生還なのだ。非常に運が良かった


「あっ、あのね。お姉ちゃんの治療費はフレシアさんたちが出してくれたんだよ。無茶をさせちゃったから、せめてって」


リンはそう切り出すと、私が眠っている間に何があったのかを話して聞かせてくれた

看護師とか医者みたいな人を呼んできて欲しかったけれど声は出せない体も動かせない

リンは一生懸命状況の説明をしようとしてくれているしで、阻めなかった

でも、そのおかげで色々とわかった。


(なるほどね……大体わかった)


私をここに連れてきてくれたのはシルキーさんらしい

それからオーガの死骸が確認され、本来いないはずの魔物がいることが王国で問題になり

オーガが生息している山の一部が崩れたことが要因とされ、

近々、山の方に王国の兵士が派遣されることになったらしい


「お姉ちゃん、大丈夫?」

「ん……」


何とか答えようと笑って見せると、

今度はうまくいったのか、リンは少し安心したような表情を見せて

右側の方からドアを叩く音と、シルキーさんの声が聞こえた


「シルキーです。リン様。よろしいですか?」

「あ、はい」

「失礼します……おや」


すらっとした綺麗な姿勢で入ってきたメイド姿のシルキーさんは、

すぐに私が目を覚ましていることに気が付き、柔らかく微笑んでみせた


「リン様、お医者様を呼んできますので、お待ちください」

「あっ……ごめんなさい」

「良いんですよ。お姉様が目を覚まされて喜ばしい気持ちは分かりますから」

「ごめんなさい」


呼び行くことを言づけられていたのかもしれない

リンは申し訳なさそうにするけれど、シルキーさんは優しく諭してそのまま部屋を出ていく

リンも警戒をしていないし、慕っていそうな表情だ

きっと、私が眠っている間も相手をしたりしてくれていたに違いない

本当に、凄い迷惑をかけちゃったな……


(ミスティ……これは体を売るしかないかもしれないよ)


――――


お医者さんに色々と診察をされ、

その結果完治するまでにはあと半月はかかるだろうという宣告がなされた

幸運なのは、もう使い物にならなくなってもおかしくない左腕もちゃんと治るということだろう


魔法などの特殊な者がある世界だからか、

死にさえしなければ大抵の怪我は治せるというのだから凄い

最も、その分治療費は激増してくるのだけど……

そこはシルキーさんがオーガ討伐の報酬として支払わせてほしいというので、お願いすることになった


「ミスティ様」

「う?」


そして、リンがご飯を食べるために部屋からいなくなったところで、シルキーさんが声をかけてきた


「しかし、驚きました。まさかミスティさんがオーガを討伐できてしまうなんて」

「あぅあぅあ……うぅ」

「ふふっ、無理に話さなくて構いませんよ」


魔石の力です。と言おうとしてみたけれど、出てくるのは聞き取れないような酷い声

シルキーさんも流石に笑って控えるように言う

それでも、私が言いたかったことは伝わったようで


「魔石を渡しておいてよかったです。もちろん魔石の代金はいりませんよ? あれは差し上げたのですから

  それに、私達としてはミスティさんがご無事に戻られただけでも十分に儲けものです」


シルキーさんは心から嬉しそうな笑みを浮かべた


「あの旅人の方たちには申し訳ないことをしてしまいましたが、それも旅人の宿命

  せめてもの手向けとしてこちらで遺体を回収し、弔わせていただきましたので、後日お墓参りに行きましょう」


エドモンドさん、エイーシャさん、ロロさん、レリックさん

私が死ぬ瞬間を見ていないロロさんも、やっぱり駄目だったらしい

皆がいてくれたからこそ助かった命

これはもう、絶対に無駄にするわけにはいかない


「それと、ミスティ様がオーガを討伐されたことはリン様にのみお話しています。

 これは私達のみぞ知る功績として、少なくとも王国内部では秘密にしていてください」


シルキーさん曰く、魔石を使っての勝利だったとはいえ

たった十三歳の少女がオーガを倒したということが王国に知れ渡ってしまうと

貴重な軍事戦力として確実に引きずり出され、妹と離れ離れにされてしまうという

優秀な兵士になるかもしれないとなれば、他国に味方することを警戒され外出も禁止される可能性まであるらしい

それほど、戦争に負けるわけにはいかないという意志が固いのだ


「とにかくお疲れさまでした。リン様に関しては私が責任をもってお預かりいたしますのでご静養なさってください。」


シルキーさんの提案に乗らないわけにもいかず、

どこか他所の託児所とかではなく、シルキーさんの所ならと私は安心してお願いし、ゆっくり休むことにした

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