幕間  幸福のシルキー ※シルキー側/三人称視点

※三人称視点でのシルキーサイドの話になります

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王国屈指の大富豪、フレシア・アンシィールに仕えるメイド長シルキー・ドロップは、

日課の雑務を終えると、旅人たちの寄り合い所に出向いてきていた

今回の村襲撃の真相について調べるためだ

というのも、村が魔物に襲われるというのは別の大陸でも何度か聞く話で、

過去に襲撃によって壊滅してしまった村がいくつもあるという情報もあるのだが、

しかし、今回に関しては村が襲撃されるような理由がなく、違和感があったのだ


「では、森林地帯から魔物が進出する様な理由はないということになりますが?」

「さっきからそう言ってるだろ。あの村では森林地帯は禁止区域として誰も近づかない

 あんたが言うような食料の搾取などは一切行ってないんだ。逆鱗に触れるようなことはしちゃいねぇ」

「しかし……それでは襲撃された理由が分かりません」

「こっちの知る話じゃねぇよ……」


情報提供をしてくれた旅人に王国銅貨を数枚手渡し、感謝を述べる

その間も、シルキーの頭の中では疑問が渦巻き続けていた


「食糧難、食料搾取、村民による不手際がなかったとなると、森林地帯から出てくるメリットが感じられない」


王国領土ということもあり、森林地帯に生息しているのは一応把握されている

そして、生息しているゴブリンや雑草狼といった低級の狩猟系魔物は各々に狩場を持ち、基本的にはそこから出て行こうとはしない

互いに干渉しあうこともあるが、そこは人間にもよくみられる領土争いでしかなく、敗者は食い殺されるのみなので

敗残した魔物たちが村にまで進出してくるということはまず起こり得ない

仮にそうあっても、魔物同士の諍いで傷を負った魔物が素人とはいえ村民の集まりに勝てるとは思えない


そして、それでもなお襲撃しようとする場合の理由となるのが

人間による、領地の破壊や、狩場における獲物の横取りなどの侵入行為だ


例えば、森林の木に生っている果実を一つ二つとるくらいなら平気だが、

目に見えて減っているのが分かるくらいに取ってしまうと、魔物たちは領地を侵す悪者だとして

人間たちを滅ぼすために決起して襲いにかかる

過去に魔物の襲撃で滅んでしまった村も、それが理由になっているのがほとんどだ


その他にも水場などがある場所に人間がくみ取るための設備などを配置したりして

それが一部の自然破壊へと繋がり、魔物の巣が壊されてしまったりした時など

魔物が多勢に向かうのは必ず理由がなければ行われないことなのだ

しかし、今回はそれが行われた。

さらに、それだけが問題ではないと、シルキーは考え込む


「そもそも、建物を押しつぶすほどの力を持った魔物は森林地帯にいるはずがない」


それが一番の疑問。シルキーがわざわざ繰り返し旅人から話を聞いているのもそれが理由

もしも万が一、自分たちの知らない何かが起きており、

それの途中経過として村が襲撃されたのであれば、次は王国にまで被害が及ぶ可能性がある


「まぁ、王国は別に良いのですが……」


シルキーやフレシアとしては王国が損しても別に構わないと考えているが、

一応、今の自分たちの腰を落ち着けている場としては、守らなければならないとも思うのだ

ある意味、王国はフレシアやシルキーたちの領土ともいえるのだから

それこそ、魔物が自分たちのテリトリーを侵されて怒り狂うのと似たようなものである


「ましてや、フレシア様はミスティ様を体操気に入った様子……」


だからこそ、シルキーやフレシアはほぼ無償でミスティに援助をしたのだ

もちろん、フレシアはミスティが趣味に適した年齢の少女だったということも理由になっているのだが、

大体は、異常事態の知らせを持ってきてくれた情報料みたいな部分と、容姿を気に入ったというフレシアの思いの部分が大きい


「新しい情報は得られず……あとはミスティ様の森林地帯の調査結果でどうするべきか決めなければ」


最悪、メイドを編成して森林地帯での魔物の掃討を行わなければならず

そうなった場合、常日頃から行っている雑務、フレシアの警護など日課の予定に手を加えなければならない

メイド長として部下を管理する立場にあるシルキーは疲れきったため息を吐く


「規模にもよりますが往復の時間も含めれば少なくとも一日はかかりますしね」


フレシア邸に雇われているメイドのうち四割は一般の大した力のないメイドでしか無いが

その他の六割はシルキーにはやや劣る程度の実力しかないが

中級程度の魔物であれば個人で討伐することはできるし、

チームで狩りを行えば上級クラスの魔物でも討伐することが可能なほどの実力がある


とはいえ、それでも広ければ広いほど時間はかかってしまう

森林地帯を火属性魔法で燃やし尽くして構わないのならば話は別になってくるが

それでは目立つうえに、問題になってしまうので出来るわけがない

よって、やるとすれば森林地帯に潜っての個々の討伐


しかもミスティに関することであるため、フレシアは何が何でもやらせようとするだろう

それくらいにお気に入りで、なおかつ我儘なのだ

その姿を想像してしまったシルキーはため息をつく


「ことが終わったらお暇を頂きたいものですね。副長は絶望するかもしれませんが、それも良い経験でしょう」


フレシアは非常に自由奔放で我儘を言いたい放題の性格の為、扱いに非常に苦労する

上手く我儘に応え、上手く拒絶しなければ首をきられてしまう

その所、シルキーは非常に手馴れているからこそ好かれているしシルキーの自由も許されている

フレシアにとって、シルキーは掛け替えのない全幅の信頼をおける存在なのだ

副長ではそのあたり荷が勝ちすぎている感はあるが、

少しだけフレシアに口添えしておけば、三回くらいは上手くできなくても許されるはずだ


「……ああ、やっぱり駄目ですね」


確実に三回以上ミス―と言ってもフレシアが気に入らないだけ―して首をきられてしまうと感じたシルキーは

副長を失うのは惜しいですからね。と独り言ちて屋敷へと戻ることに決めた


―――――



「ただいま戻りました」

「シルキーさん!」

「これはこれは、リン様」


シルキーが屋敷に戻るや否や駆け寄ってきたのはミスティの妹のリン

上手く受け止めようと身構えたが、飛び込んでくるまでにはいかないらしい

恩人とはいえたった一日の付き合いでしかないのだ。警戒もまだまだ解けないのだろう


「丁度いいところに。村の出身者として少しお話を伺いたいのです」

「しゅっしんしゃ……?」

「あぁ……これは失礼しました。村にいた人にお話を聞きたいのです」

「うん、良いよ。わたしが分かる事なら」


リンは悲し気な表情を見せたが、泣いたりはせずに首を振って真っ直ぐシルキーを見る

ミスティも強く見えたが、リンも存外に強いらしい

若い少女たちが精神的に強いというのは、シルキーにとって少し喜ばしいことだった


「……成長が楽しみですね」

「え?」

「いえ、こちらの話です。移動しましょうか」


談話室へと移動したシルキーは、リンの心をあまり刺激しない範囲で、

今回の村襲撃における疑問点を問うことにした

あまり情報が得られるという期待はしていなかったが、

万が一、最悪の展開が起こっていた場合、ミスティを助けに行かなければならなかったからだ


一つ、襲撃された理由

二つ、森林地帯周辺での異変

三つ、村民たちの間での情報


それらを尋ねられたリンは、襲撃された理由は一ヶ月ほど前に迷い込んだゴブリンを撃退したことだと言ったが、

シルキーはそれはあり得ませんね。と、即座に否定した


「縄張り争いならば話は変わりますが、迷い込み撃退されたのであれば二度と来ることはありません

 これは、知能が低く本能に従うゴブリンが覚えた恐怖に従い避けようとするからです。特に、単体で来たならばあり得ない」

「……?」

「すみません。えー……そうですね。それは違うと、思っていただければ大丈夫ですよ」


長々と否定した理由を語ってから、リンが疑問符を浮かべていることに気づき

シルキーは解りやすく一言で完結させる

二つ目の森林地帯周辺での異変でも得られる情報はなく、

三つ目でも大した情報は得られないだろうと内心諦めかけていた時、リンがそれを口にしたのだ


「山が崩れて大変だなぁって言ってたよ」

「……山ですか? ちなみにどのあたりのことかお分かりになりますか?」

「せんこーざんっておじさんは言ってた」

「潜鉱山? 潜鉱山が崩れた?」


潜鉱山は今回の襲撃の原因がいるであろう大森林のさらに奥にある険しい山のことだ

鉱石が沢山眠っているのではないかと言われているが、魔物が非常に多く王国もあまり手を出していない魔の領域

そのため、森や山を迂回する道が用意されており、行商人等はそこを通ることになっている


「確かに……一時期通行止めにはなりましたが問題は解決したはずでは」


いや、問題はきっとそこではない

通行止めになるほどの山崩れが起きたこと

その原因、あるいはその副産物がその先にある森林地帯へと侵入したのだとしたら


「大岩……巨人族か? いや、それなら目立つ。そもそも奴らは集団行動が基本」

「シルキーさん?」

「では、主に単独行動でそれほどの力がある種族と言えば……」


思い当たるのはいくつかあるが、上級に近づけば近づくほど知識などを蓄えていくため、

魔物の住みかとなっている山にいる魔物たちがそこから先の森を抜けてさらに村にまでくるというのは考えにくい

つまり、狩猟系の魔物であり、力がある魔物ということになる

そして、ゴブリンなどという下等種族を従え村を襲わせるようなものと言えば


「オーガか……!」


ゴブリンと同様に人型の魔物で、自分よりも下の種族を玩具のように扱う

武器等を扱うことや、魔物にしか分からない言葉だが話すことが出来る程度には知能があり

非常に残忍な性格をしており、狩り方は冷酷

追いかけ回したり、わざと抵抗する様を見届けてから容赦なくなぶり殺しにする


「ゴブリンの襲撃……そうか、あれは襲撃ではなく……」


追い立てられたゴブリンたちの逃走劇だったのだ

その先に村があったというだけなのだろう

オーガにとっては大岩を投げ込んだのも、村に逃げ込んだゴブリンたちを追い立てる程度の目的でしかなかったのかもしれない

つまり、あの森林地帯には今、人すらも喰らうオーガが支配しているということだ


「すみませんリン様。私はもう一度出かけてきます!」

「え、あのっ」

「フレシア様が私を探していたら森林地帯に。とお伝えください!」


そう叫ぶように言い残したシルキーはリンの疑問の言葉に耳を貸すことなく

一目散に部屋を飛び出していく


「これは非常にまずいことになりましたね、急がないと確実に手遅れです」


自前の黒馬に跨り、屋敷に併設された馬小屋から全速力で飛び出す

本来、城下町での馬車以外の馬に乗って移動することは禁じられているのだが、

王国に多少の金貨でも払って謝罪さえすればおとがめなしに出来る

腐った国の良いところというのは、金さえ払えば国法も破って許されるという点だ


「おいこ――」

「死にますよ! 道を開けなさい!」

「なっ」

「追加料金が欲しければ後ほど差し上げます、退きなさい!」


道を阻もうとした門兵に金貨の入った革袋を投げつけて道を開けさせ、

シルキーは速度を落とすことなく城壁の外と駆け出していく

すでに日は傾き始めており、予定通りならミスティたちは森林地帯へと入っている頃合いだった


だからこそ、シルキーは急がなければと馬を駆る

シルキーはミスティたちが入っていった森林地帯で何が起きているのか

村を魔物が襲撃した理由に、気づいたのだ


「ミスティさん、せめて貴女だけでも生きていてください。フレシア様が激昂したら面倒ですから」


ミスティを気に入っているフレシアにミスティの死を知らせようものなら

シルキーは死を覚悟する必要さえあると思っている

いやむしろ、殺されても仕方がないのだ

ミスティ自身の要求だったとはいえ、危険な場所に向かわせてしまった

しかもフレシアが散々シルキーが行くべきだと、

ミスティにはいかせないで欲しいと懇願していたのにだ


「全く……私の運気は悪くないはずですがね……」


シルキーは今までほとんどのことにおいて、選択を間違えたことがない

自分がこうあるべきだと感じたことはその通りに実行し、成功を収めてきた

その力を信頼しているからこそフレシアは依頼を取り付けに行かせたりとして

そのすべてをシルキー一人に委ねたりしているのだ


「まさか、ミスティ様……貴女、呪われてはいませんよね?」


妊娠中に魔物に襲われたりするなどして産まれたりする異形の子は

全て呪いを受けた子供たちとして人間に軽蔑され、処分されてしまうのがこの世界では習わしとなっている

だが、そんな異形の子とは全く別種の……本当に、魂自身が呪われてしまっている可能性があると

シルキーは不安を覚えた


もちろんそんな話は聞いたことがないが、

シルキーは自分の選択が悪い方向に働いてしまったこと

ミスティ自身の過剰な不幸を目の当たりにしてはその可能性も考えられてしまう


「くっ……急いでください! オーガはあの旅人たちではまず歯が立たない……」


シルキーの目でもそれなりに力のある旅人を選んだつもりだったが、

オーガに単身で適うような旅人はまず、金欠という状況に陥ったりすることはない

仮にそのような状況に陥ったとしても

内容で危険な依頼だとすぐに察知して回避してしまうため、今回の依頼を受けて貰うことは出来なかった


そこでシルキーはある程度。

そう、ある程度集団の魔物に襲われても対応できるかもしれないという自信ある者たちに依頼を持ちかけた

一人、不安要素はいたが、最悪でも囮にはなるだろうという算段でだ


「ですが、まさか相手がオーガとは」


運が良ければ戦いを避けることもできるだろうが、

オーガは自分の縄張りを汚されることを何よりも嫌う魔物だ

森林地帯への侵入を察知した瞬間に襲い掛かってくるだろう


「遊んでくれていると良いのですが」


追い立てて遊ぶ狩猟方法

旅人たちが頑張って反抗して遊びあっていてくれさえすれば

それだけ時間を稼ぐことができる


「村はまだ……おや、あれは」


村ははるか遠くで見えないが、小さな山のようなものが霞がかって見える

普段はそこにはないのに、今日に限ってそこに見えるもの

そんなものは……一つしかない


「急い――ッ!」


黒馬を叩いて速度を上げさせようとしたその時だった。かすんでいた存在は姿を消し、轟音が続く

それがミスティに渡した魔石の魔法であると、シルキーはすぐに悟った

しかし、あの爆発魔法でもオーガの足止め程度の威力しか持ち合わせてはいない

それほどにオーガという魔物は強靭な肉体を兼ね備えているのだ


「もっと、もっと急ぎなさい!」


そうして休みもなく全力で馬を走らせたシルキーがその場にたどり着いたのは

陽が落ち、夜に入ろうかという時間だった


――――――


頭がはじけ飛び、腐り始めているオーガの死骸、転がる大きな丸太と押しつぶされた馬車

その場所に広がっていたのは凄惨な光景だった


「ミスティ様……あれは?」


辺りを見渡しながら草原の中を歩くシルキーは、ふと、緑色の淡い光が漂っているのに気づいて近づいていく

そこにあったのは翡翠色の光に包まれた、倒れて動かないミスティだった


「ミスティ様!」


返事はない

呼吸はかろうじてしているが、衣服と軽鎧は見る影もなく破損しており、

左腕は形が不自然で、全身や口元には血の跡がこびり付いていて、とても生きているとは思えない

だが、生きてはいるのだ


「この光は……精霊魔法ですね……」


本来の属性魔法とはまた別の系統として存在している魔法。それが、精霊魔法

火・土・風・水といった素体を用いる属性魔法とは違い、

精霊魔法は精霊の力を借りることで成立する奇跡のようなことを起こすもので

それは人の体の傷を治したりといった、本来手が出せないようなことも行えるのだ


「なるほど……オーガの足を切断したのもこれの応用ですか……」


戦いを考察するシルキーは、ミスティの体に負担をかけないよう抱え、

疲れ切った様子の馬の頭を撫でて、もう少し頑張ってほしいとお願いして跨る


「…………」


何らかの方法で右足にダメージを与え、精霊魔法でその傷を開かせ自重で千切れさせる

そうして倒れ込んだところに、魔石を口の中に放り込んで爆破

頭を吹っ飛ばして倒したというのが今回の戦いだろう


「ご立派ですね」


馬車を壊されたことで逃げ切ることが出来ないと悟り、抵抗しようと考えるのは誰でもそうだろう

そこで、魔法効果の反転利用や、魔石を口に放り込んで最大限の効力発揮を狙う

ましてや左腕が酷く傷ついていたり、血を吐くような体の状態でも諦めずに立ち向かったのが

シルキーとしては感服だった。


「とても、少女とは思えない精神力です」


馬を走らせながら、シルキーはミスティの体に軽い応急処置を施しながら称賛の言葉を囁く

仇を討つという復讐の為か、または妹の為に生きなければならないという意地か

いずれにせよ、まだ少女の体で成し遂げることは難しい偉業をミスティは成し遂げたのだ


「さぁ、急いでください。この子を死なせるわけにはいきませんよ!」


シルキーは馬をより急かして、速度を上げさせる

精霊魔法を使えないシルキーには、メイドとして覚えた応急処置等しか施しようがなく

それすらも、まともな道具のない今は行えないのだ


爆発魔法をミスティが行使してからかなり時間が経過してしまっているため、

一刻の猶予もないのは確実だった


「フレシア様に良い報告が出来るように……さぁ、早く!」


急かされた馬が嘶き、命を削るような走りを見せる中、

シルキーは満面の笑みを浮かべていた

ただの情報源かと思えば、子供でありながらオーガを倒すような偉業を成し遂げた有望な少女

しっかりとした経験や知識を付けて行けば、それはもう優秀な存在になる事だろう


「ふふっ……ふふふっ」


この先の未来を想うシルキーの喜びの声は夜のとばりが落ち始めた草原に、怪しくとけて行った

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