第十四話 悲劇の姫は旅立ちを想う


村の周囲も草原地帯だったけれど

ある程度の範囲まで助走が行われていたこともあって、

草原地帯までの延焼は見られ無かった


それと、シルキーさんが集めてくれた情報によると、

行商人の人が朝、通りがかった時に水魔法で全体的な消化を行ってくれたらしく

それが一番大きかったんだと思う


それでも、真っ黒に焼け焦げた村の中は嫌な臭いがして

いつも見ていた景色が思い出されるたびに

胸が苦しくなる思いがした


(……もう少し。もう少しだから、頑張れ)


「エイーシャさん、魔法の精度に自信があるって伺ってますが信じていいですか?」

「生意気な子ね。疑問は良いから指示を出しなさいな

 私が長年培った命中精度は伊達じゃないってことをお嬢ちゃんに見せてあげるわ」


長年……ということにはあえて突っ込まない

私はまだそんな気にする気はないけど、結構タブーなようで。


「では、4人でその屋根を出来る限り持ち上げてみるので、

 エイーシャさんはそれを風魔法で補助して、こちら側に運んでください」

「他にもあるだろうに、なんでここだけなんだ?」

「魔物に襲われた際の避難所だったからです。ほかの家には誰もいません」


ロロさんの疑問にさっと答える

気を抜くとだめになりそうな気がして

この屋根の残骸をどけた後の光景の恐ろしさに負けてしまいそうで

少しきつい言い方になったのか、ロロさんが何かを言ったけど

気にせずに合図を出して、屋根を少しだけ持ち上げていく


「エイーシャさん、お願いします! 崩れやすいので――」

「分かってるから黙ってな! 気が散る!」


怒鳴ったエイーシャさんは詠唱を始める


小さな竜巻を起こす魔法で、物体を浮かせたり、

枯れ葉などをかき集めたりできる初級の風魔法

これも便利な生活魔法だけれど、

エイーシャさんはそれを十メートル近くの広範囲にしかも均等かつ徐々に威力を上げていく


「お、おぉっ」

「魔法オババも大したもんだな」

「巻き込むよあんた!」


燃えカスになった大きい屋根の残骸は次第に私達の手を離れて浮遊をはじめ、

剣士二人の感嘆の声にエイーシャさんは怒鳴るけど、魔法に乱れはなく

少しずつさらに上昇を始めて障害物を避けきった道の端へと落下させる


「ほらっ、さっさと次の仕事に移るよ」

「あ、は、はいっ」


みんなそれぞれ個性はあるけれど

任された仕事はしっかりとこなそうとしてくれる

意外に、ちゃんとした人たちだと思えた


燃え尽きた木の残骸やがれきの撤去はかなり難航した

というのも、燃えてしまった遺体と残骸との区別がなかなかつかなかったからだ

中途半端に燃えてしまっているというだけならあれだったけれど

皆、真っ黒で……炭になってしまっていて

瓦礫を取り除いた時の接触してしまった誰かの手は砂のように崩れて粉々になってしまうくらいに


(だから……かな……普通に作業できてるのは)


苦しみや辛さが伝わってこない

遺体の回収なんていう不気味さを感じるものではなく

ただの、燃えた残骸の回収のような状況


だから、旅人の人達も平然と作業を続けられているんだろう

この人たちにとって、すべて燃え尽きた≪モノ≫でしかないから

アレか? コレか? ソレか?と人だったはずの存在を物として扱っていく

結局、避難所の残骸の除去と遺体の回収は陽が高く昇ってきたころに終わった


「どうか、安らかに」


集まったみんなの遺体の前に、手を合わせて冥福を祈る

私とリンは無事だったから、二人でしっかりと生きていくから

だから、安心してゆっくり休んで欲しいと語り掛ける

すぐ後ろに足音が聞こえて振り返ると、エイーシャさんが立っていた


「で、この遺体はどうするわけ? 持ち帰るつもり?」

「いえ、村の中で無事な場所を見つけて埋葬しようかと思ってます」

「埋葬ねぇ。確かにここまで燃えてちゃどれが誰かも分からないわね」

「…………」

「……ごめん。ちょっと悪いこと言っちゃったわね。

 そしたら埋葬は男に穴でも掘って貰いなさい。私は村のほかの建物の残骸纏めておくから」


エイーシャさんは一言謝ると

そのままほかの村の残骸の方へと向かって、魔法を使う


(魔力の保有量が桁違いなんだ)


エイーシャさんは避難所の撤去の経験だけで、

どんな風にやればいいのかというのを学んだんだと思う

さっきよりも断然早く残骸を撤去していく


ほかの戦士さんたちもそうだ

協力する様な素振りは全然ないけれど、

それぞれが出来る範囲でどんどん仕事をしてくれる


「おい嬢ちゃん! 魔法使いに言われたんだが、穴を掘るんだろ? 場所を決めてくれ」

「それなら、こっちに」


崩れやすいボロボロの遺体をここからさらに運ぶのは難しいため、

避難所の近くを見回して比較的無事かつ広い場所を指定する

遺体の名前が分からないため、個別のお墓が作れないのが辛かった


「あとすみません、あと一つ一緒にしたいお墓がありまして」


―――――


「ありがとうございました。これで、村のみんなも休めると思います」


村の残骸の撤去、遺体の回収と埋葬が終わった

お母さんの遺体も分からなくなっていたから、お父さんの頭も一緒のお墓に埋めた

これで、あとはもう……敵を討つだけ


「薄々感じてはいたけど、やっぱり貴女のいた村だったのね」

「すみません、隠していたわけではないのですが……言う必要もないかと」


エイーシャさんに答え、全員に向かって一礼する

今回の依頼者はシルキーさんだけど

本当の依頼者は、私だということまでは言わなかった

それは、シルキーさんとの約束である


「どうでも良いけどよ、森林の方行くんだろ? 早くしないと時間ねぇぞ」

「確かにな。馬車でならすぐにたどり着くことはできるが、帰りも考えると時間はない」

「そうですね……ではすぐに移動しましょう。エドモンドさん。よろしくお願いします」

「あいよ」


(行ってきます……今まで、ありがとうございました)


村のみんなが眠る場所に立てたささやかな十字架へと頭を下げる

私が一緒にいた期間は長くはないけれど

でも、この13年間の思い出への感謝を込めて。

馬車へと乗り込んだあと、お墓へと振り返ることはなかった


「森林地帯に行くのは良いが、奥にまでは入らないんだよな?」

「その予定です。入りすぎると出てこられなくなりますから」

「森林地帯の調査を頼まれたけどよ、具体的には何をするんだ?」

「現在の魔物の生態ってあの人は言ってたわね。確かにここまで出てくるのは妙だわ」


そう。森林地帯から村までの距離はさほど遠くはない

けれど、魔物が村を襲いに出てくるなんて言うことは滅多になかったこと

あのゴブリンが来るまでは。


「なにかがあったから調査に出向くってわけか」

「そうですね。そう言うことになります」

「王国も王国よねぇ、近いんだから対応したらいいのに」

「戦争に忙しいのさ。ああいう連中は。憶測でこんな辺鄙なところに出向いてられないんだ」


呆れたように言うロロさんに、エイーシャさんは確かにね。と苦笑いを浮かべる

旅人さんたちにとっても、王国などの戦争をしている国は嫌なところらしい


「だからこそ、旅人なんてものが流行るのよ。国無しになっちゃえば参加しなくて済むから」

「そう言う理由だったんですね」

「ま、ほかにも理由があるっちゃあるんだろうがな」

「少なくとも、貴女は出て行った方がいいわね。宿無し親無しなんて知れたらこき使われるわよ」

「やっぱり……そうですか」


王国で仕事を探すにしても、住み込みで働けるような場所じゃないといけない

だけど、そんないい仕事があるわけではないだろうし、妹のこともある

かといって、旅人になれば解決する様な話でもない


「くだらねぇ」

「っ」

「そいつがどうしようが俺たちには関係ないことだろうがよ

 村の生き残りって解った途端慣れ合い始めやがってよ。馬鹿じゃないのか?」

「別になれ合う気なんてさらさらないわよ。ただの世間話でしかない

 あんたこそ、関わらない自分かっこいいなんて思ってんじゃないの? 気持ち悪い」

「なんだと?」

「ほーら図星ねぇ?」


煽り百パーセントのエイーシャさんに対して怒るレリックさん

これは酷い


「もう、やめてください! あと少しなんですからお願いします!」


声を荒げるのはと思いつつも、仕方がなく怒鳴って止めに入る

本当に、報酬担当の私の言葉しか聞き入れてくれそうにない

これから森林地帯に行くというのに、不安しかない

そんな状況でも動き続ける馬車は、ついに止まって。


「着いたぞ」


私達は険悪な関係のまま

魔物が最も蔓延ると言われている森林地帯へとたどり着いてしまったのでした

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