第九話 崩酷の香り
「――! ―――!」
「―――!」
男と女の言い争う声がうるさく響く。
男はまだ若いけど子供とは言えないような感じで
女は女の子という感じの子供らしい声
(いや……女の子というか……)
ハッとして飛び起きた瞬間、リンがはねのけられて転ぶ
助けようとしたけど体がうまく動かない
全身が痛くて、頭もうまく働かない
「起きたじゃねぇか。ほらとっとと帰った帰った!」
「お姉ちゃんっ!」
しっしっと手で払う動作を見せる男の人
身に着けているのは王国に所属する兵の人達のものだ
そこでようやく、自分の現在位置を思い出した
「ぁ……」
声も枯れてうまく出ない。
それも仕方がないかもしれない
昨日、あれだけ全力で頑張り続けて徹夜で歩いて王国付近まで近づき
たどり着いたのはまだ日が出始めの頃で
王国都市部を散り囲む強固な城壁の門が開く前
少し休ませて。とリンにお願いして座り込んだが最後
そのまま完全に眠ってしまったらしい
それからもリンが起きていたのかは分からないけど、
私の代わりに兵士の人と交渉をしていてくれたらしい
結果は……見てわかるけど。
「ぅ……ごほっ……ぁの……村……」
「ぁあ?」
「村……」
「言葉もまともに話せねぇのか?」
王国から離れていると言っても、王国にその存在は知られているはずだ
仮に、辺鄙な村など知ったことかと言われても
昨夜のあの火災が目や耳に届かなかったはずがない
そう考え村の方角を指さすと、男の人は少し悩んで「あぁ」と呟く
「あの村か。なんだ。お騒がせしましたって謝罪に来たのか? それにしちゃなんもねぇが」
「そうじゃ、なく……」
「おいおい、まさか、冗談だろ? えぇ?」
虐めを繰り返してきたクラスメイトのような目つきで
私とリンの体を見回す。
冗談だって言いたいのは私の方だ
あの騒ぎが村が勝手に引き起こした事故だとでも思ってるの?
ありえない……
元々王国自体が駄目なところだって言うのは解ってたけど
お父さんみたいな人達もちゃんといるって思ってたのに……
そこまででもだいぶ失望していた私を、この人はさらに失望させてくれた
「献上する女にしては汚すぎるだろ」
「けんじょう……?」
「リン、良いから」
言葉の意味が分かっていない妹を見る男の人は明らかに嫌な笑みを浮かべた
なんだこの馬鹿な娘は。という目じゃない
これは遊びがいがありそうなやつだって判断した目
私がよく見てきた目だ。見間違えるはずがない
「わ、かりました……失礼します」
「お姉ちゃん!」
無理やりに立ち上がろうとしたせいかふらつく体を、リンが支える
装備の一部は道中の負担軽減のため落としてきたけど、
それでも重いはずなのに、よく支えてくれる
でも頼りきりになったらだめだ
何とか自分の力だけで立たないと
「村関係で来たんじゃないのか? 特別だ通し――」
「結構です」
「あ?」
「すみません、でも、いやです」
この人の特別を受け入れてはいけない。
苛めっ子と同じ考え方が出来る人だ
私達を助けた後に何か要求してきたりするに違いない
しかもそれで済めばいい方で
最悪なのは私ではなく、リンに何かを言うこと
お姉ちゃんを助ける代わりに。だなんんて言われたらリンは絶対に断らない
それで自分に嫌なことがあっても、お姉ちゃんの為ならって我慢する
そうなる未来が見えてる
「あんたらが通りたいって来たんだろうが。えぇっ!?」
本性が出てきた。そうだよね。
歯向かわれるの、大嫌いだもんね
(ん?)
ふと、どこからともなく強烈に甘ったるい匂いが辺りに漂い始め、
私達に詰め寄ろうとしていた門兵は目を見開いて一歩退く
そして、その後ろ
城壁の陰からその人は姿を現した
「まぁまぁ、門兵さん落ちつく落ちつく~」
甘ったるい匂いと同じく甘ったるい声
身長は目測170中盤で、髪は金色の内巻き髪
胸は大きく、身体は細い
匂いのせいかもしれないけれど、嫌な雰囲気だ
「ふ、フレシアさん……っ」
「可愛い女の子を虐めちゃ……メッ」
(ひぃっ!?)
背筋がぞわぞわとした。
良い歳した女の人がウインクしながら男の人の額を突く
これは、うん、これはまだ……いや、何とも言えないけど、良い
問題は男の人が心なしか嬉しそうにしていることだ
これは素直に気分が悪い
現実世界でお母さんを捨てたお父さんのイメージが
どうしても拭えないせいもあるかもしれないけど、気持ちが悪い
こんな風にして誑かされたかと思うと……もう、無理
(出来れば村のみんなのことで手を借りたかったけど……)
自分一人の体ならともかく
本来の持ち主ではないうえに妹を巻き込む可能性があることはしたくない
諦めて自分で地道に頑張った方がいい
時間はどれくらいかかるか分からないけど
「あぁ、ちょっとちょっと~お待ちを~」
「ぅぇ……」
吐きそうになった。いや、言葉だけ吐いた
それが悪かったんだろう、
目に追うことはできるのに回避不可能な動きで近づいてきたフレシアさんという人は、
私が足を引いたにも関わらず、抱き着いてきた
「あらぁ大丈夫~? 体が悪いのぉ~?」
「ひぃぃっ!」
「門兵ちゃん、連れてっていいわよねぇぇ~?」
「は、はい! もちろんです!」
グラマラスな体つきのフレシアさんに抱きしめられたまま、
私は半ば連行されるよう形で、王国の中へと入ることに成功した
いや……うん、多分これは、失敗だ
「お姉ちゃんっ」
「うぅ……」
「おねえちゃーん!」
「あらあらうふふふふっ、私のお胸が気持ちいいのねぇ」
そんなわけがないっ!
脳まで侵されそうな甘ったるい匂いのせいでまともな呼吸は出来ず、声も出ない
それでもなんとか手先に感じるリンの存在を握り締めて
私の意識はゆっくりと落ちていったのだった
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