第八話 悲劇とワルツを踊る


「あっつ……ッ!」


家屋は燃え広がりやすい木造建築で、

あたりを覆うように農場や果樹園が広がっていた村は

瞬く間に炎に包まれて見る影もない無残なものへと変わっていく

火の粉が跳ねるパチパチとした音が悪魔の悦びのようにさえ、聞こえてくる


(どこか無事なところ……)


殆どの家は焼け落ちて残骸まで燃え尽きようとしていて手が付けられないし、

農場の間を通るようにして残っていた道も両端からの物凄い熱で通ることを許されない

この時点でもう、私は何となく……結果が分かった


(駄目だ……駄目……全部燃えちゃってる……っ)


消防車による消火活動が行われないこの惨状に対して私達が出来ることはないし

もしそれを押し切って無理をすれば私達の体が焼けるし、肺が焼けて死ぬ

リンは呆然としているけれど、

その顔には熱さによる汗と息苦しさを感じるゆがみがあって


「リン、下がろう」

「え……で、でも……っ」

「お姉ちゃんが何とか入ってみる。リンは下がって待って」


真っ赤に燃える村からは常に熱い風が吹いていて、時々火の粉も飛んでくる

だからと言って連れて行くわけにはいかない

完全に守れるわけではないけど、

少しは壁になるだろうと薄い銅製の盾を地面に力一杯突き刺して、影を作り

リンをその後ろに隠れさせる


(家庭科か理科か何かで聞いたけど、銅って熱くなるんだっけ?)


もう少しまじめに勉強しておけばよかった

もう少し勉強してから自殺すればよかった

いや、今はそれどころじゃない。知らないなら仕方がない


「リン、盾はもしかしたらすっごく熱くなるから触っちゃだめだよ? いいね?」

「やだっ、一緒にいて!」

「誰かが見てこないとだめなの……解るよね? リン」

「おねえちゃ……うぅ」


お母さんと、帰ってきているだろうお父さん

それだけじゃなく、これまで良くしてくれていた村の人達

どう見ても絶望的な状況だとしても、

まだ確認できていない以上はほんのわずかな可能性がある


(少なくとも、ミスティはそうする)


記憶と身体がそうしたいと疼く。

黙ってこの絶望を受け入れるなんてことはしたくない

そうだよね、そう……怖いけど。


「大丈夫だよ。お姉ちゃんは約束するから。必ずリンのところに戻ってくる」

「うっ……うぅ……」

「良い子で、待ってるんだよ」


頬を軽く撫でて、抱きしめる

大事な妹の温もりは、胸当てに阻まれて上手く感じ取れないけど

でも、少しでも安心してくれればと頭を数回優しくたたいて離れる

まるで自分がイケメンのヒーローのようだと、してから思う

それはそうだ、妹の前では男も女も関係なく格好いい姿を見せたいと思うものだから


「お姉ちゃん……やくそく……」

「うん、約束」


離れてなお、ぎゅっと掴んできたリンの祈るような声に頷くと

リンの手からは力が抜けて、私の体は自由になった

泣くまいと力が入ってるのが分かる真一文字の唇

お母さん達の安否が分からない不安と恐怖、

こんな場所に一人で置いて行かれる不安と恐怖

でも、頑張る私の邪魔になりたくないと、リンも頑張ってくれている


(ありがとね)


もう一度リンの頬を撫でて頭に手をのせ、村の方へと向かった



――――-


「ふぅ……んっ!」


周囲を見回り、通れそうなくらいには火との距離がある道から

しっかりと息を止めて村の中へと入る

村は外観からでもわかっていたけど灼熱地獄

はみ出した火の手によって燃えていないはずの道も燃えているように赤々としていて、熱い

そよ風が吹くたびに、焼けるような熱さが肌を襲い、喉を傷めてくる


「だれっ……けほっ……んっ……誰かいませんかーッ!」


無理に叫んでみても、返事はない

汗が次から次へとあふれ出し、拭っても滴るせいで目に入って少し染みる

熱風で目が乾いた傍から汗での潤いという点では、いいかもしれないけど

どちらにしても少し開けられなくなるのは辛い


(こういう時、水の魔法が使えたらいいんだけど)


まだ本で読んだ程度の知識しかない私には扱えない魔法で

詠唱したとしてもどのように扱うかという基礎的な部分さえ把握しきれていないため、使えない

魔法ではなく自分が使えないと悪態をつく


慎重に道を選び、

まずは一番近くにあるゴブリンを撃退した最強のおばさんの家を見る


「誰かいませんかーッ!」


燃え盛る火に遮られても聞こえるくらいに全力で叫ぶ。

おばさんの家に向けての叫びはしっかりと届いたはずなのに

焼け落ちて見るも無残な崩壊が起こり、なおも燃え尽きようとしている家は反応しない

それどころが、ガラガラとまた崩れ落ちてしまう


(っ……こんなの……)


首を振る

生きている人がいるわけがないとか、考えちゃだめだ

どれだけ絶望的でも……


次の家に向かった。

もう跡形もなく燃え落ちていて、人影はない

それでも出せる限りの声で叫んだ

返事はなかった


次の家に向かった。

その瞬間を待っていたかのように、家は崩れ落ちてしまった

声の限りに叫ぶと、喉に痛みが走った

少しずつ、喉が焼けてきたのだろう


「……な」


次の家は……私達の家。ううん、私達の家だった場所

その光景に、私は傷んでいることも忘れて、唖然としてしまう


あり得ないことに、巨大な岩が家の中心に位置する場所を完全に押しつぶしていたから


理由は分からない。けど私達の家はほかの家とは違って、大きな岩によって押しつぶされたのだ

隕石のような巨大なごつごつとした岩

その足元には燃え朽ちた残骸が広範囲に散らばっている


(……っ)


嫌な、予感がした

なにか、大切な事を考えに入れていない気がした

でも、考えるよりもまず先に、身体が動く

燃え盛る火が私の体を掠めることも厭わずに全力で走り抜ける

目的地は魔物が襲撃してきたときに避難した村の端っこにある一軒家


(お願い、お願い……お願いッ!)


燃え尽きた家の中に遺体がある可能性もある

だけど、もしも

もしも……どの家にも人がいない理由があったとしたら

あの大きな揺れが、ただの地震なんかではなかったのだとしたら――


「あ………」


私達の家から数百メートル離れているかどうかの距離にあるその家が近づくにつれて

嫌なものがだんだんと目に入るようになってきた

折れた鍬、踏みつぶされた台車、突き刺さった鎌

飛び散った黒い液体と、その近くに落ちたところどころ欠けた細くて短い何か。


そして、緑色の血を流してピクリとも動かないゴブリンの死骸


腕が欠けていたり、足が無くなっていたり、身体が真っ二つになっているものや

首がないもの、首だけしかないものなど、夥しい数が広がっていて


「う゛」


ゴブリン本来の不衛生な臭いと血と腐っていく臭い、

火事が飛び火して焼け焦げていく臭いがだんだんと強くなってきて、

慌てて口をふさいだ手を物ともせずに、中身が逆流していく


「ぁ……けほっ……ぅ……」


ただでさえ痛かった喉がさらに痛む

体が動かなくなってしまいそうなほどに震え始めた

それでも、擦るように足を動かしながら避難所となっている家を目指した


魔物の襲撃は行われたのだ

だから、みんなは避難所に逃げ込んだ

そして、きっと

そう、ゴブリンの大量の死骸があるということは

誰かが奮闘して守ってくれたに違いない


「お父さん……おとう……」


勇者様だ

私達にとっての、勇者様

例えそれ以上に強い人がいても、格好いい人がいても

ミスティが憧れ、リンが文句を言うくらいには好きな勇者様


「さん……」


私は、神様を信じない部類の人間だ

悪さをしていないはずの私が虐げられる世界で、救いがなく。

仏がなんだ、キリストがなんだ。そう思うのは当然のことだったと思う。


だから……とことん私を虐げることにしたとでもいうのだろうか

わざわざ自殺するまで追い込んで

自殺をした後は異世界の別人の体に投げ込んで

優しい母と、強い父、可愛い妹なんて言う夢みたいに理想的な家族との暮らしを経験させて……


「ふざけ……ふざけんじゃ……ふざけないでよ……っ!」


思わず、叫ぶ

怒りと悲しさの限りを尽くして


他の家と同じように崩れ落ち燃え盛る避難所

その目の前に、父はいた

地面に突き刺さった自分のグレートソードと呼ばれる大きな剣の、柄の上に。


憧れた背中はどこにもなかった

私やリンの体を優しく抱きしめてくれた体も、触れてくれた手も、なにも


「お父さん……お父さん……っ!」


くずれ落ちそうになりながらふらつく足取りで、近づく

お父さんを下ろしてあげたくても

今の私の身長ではぎりぎり届かなくて、ゴブリンの血に塗れた大剣に触れる

守ろうとしてくれたのだろう、頑張ってくれたのだろう

ところどころ刃こぼれしていたりするし、

柄の部分は黒く焦げていてもう少しで使い物にならなくなりかけていた


もう嫌だ、もう嫌だ……そう思うのと同時に、

お父さんが守ってくれたみんなのこと、

リンの事を考えて……銅剣を地面に突き刺して体を支える


「……待ってて」


今できることをしよう。

心苦しく思いつつも、その父親が守りたかった無残な避難所へと向かう

崩れ落ちた避難所は足の踏み場がなく、熱気が近づくことを拒絶する

それでも出来る限り近づいた私に見えたのは……中途半端に焼け焦げた誰かの一部


(こんなのって……)


助かった人がいないのは一目瞭然だった。

近所のおばさんやおじさん、おばあちゃんや、おじいちゃん

そして、お母さんも……お父さんも

誰一人として助からなかったんだと……悟った


「お父さん」


大剣を背にして、両手を上に伸ばして柄を押し上げていく

どこまで深く刺さっているのかは分からないが、抜ける直前までいけばあとは根性でなんとなるだろうと思ったのだ

その目論見通りに大剣が抜けて、私を押し倒すような形で倒れた柄の部分からお父さんが抜けて転がる


両手でしっかりと拾い上げ、土ぼこりで汚れた顔を裾で拭う

本来は花を摘んで包む予定だった布で丁寧に包んで、大剣と一緒に私達の家の前まで持っていく

こんな姿を、リンには見せられない


どちらにしても死んでしまったというのは変わらないけれど、

こんな残酷な結末を教えるわけにはいかないと、

農作業用のスコップで穴を掘り、お父さんの頭を埋めていく


(あとで、お母さんも連れてくるから)


見つかるかどうか分からないけれど、

火が消えたら探し出して一緒に埋めてあげるからね。と、声をかける

私が動けるのはもう、リンの為でしかなかった

姉なのだから。という思いでしかなかった

もしリンがいなかったら、私はその場で崩れ落ちて何もできなくなっていたかもしれない


(……リンのところに戻らなきゃ)


いつまでもここにいられない

リンは村の外、火事の明かりの中一人ぼっちで――


「あ……ダメ」


気が付けば走っていた。

悲しいから、疲れたから、

そんな理由でゆっくり歩いている場合ではないと頭が動く


村にはゴブリンの集団による襲撃が行われた

そしてお父さんはかなりの数のゴブリンを倒して、殺されてしまった

つまり、まだ敵はいる


(お願い……止めて、それだけはやめて……神様っ)


森林地帯へと戻っていった可能性もあるけれど

もしも

もしも……私が誰かの返事を求めて叫んだ声が届いていたのだとしたら


「おねえちゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!」


火の海に沈む村を貫く妹の悲鳴。

嫌な予感が当たってしまった

自分の馬鹿な考えが……妹を危険な目に合わせることになった


「ぁ……や……ふざけないでよ……っ!」


自分の体力、喉の痛み、疲労感

何も考えずに全力で走る

動きを邪魔する装備をもどかしく思いながら、外している時間さえも貴重だと

ただひたすらに全力で


(火傷なんて……知ったことじゃないッ!)


妹がいる方角にある燃える家の中を突っ切り、

微妙に残った壊れかけの木板を弾き飛ばして、躓きながらも転ばないようにひたすら走る

村の周囲にある魔物除けの柵も蹴飛ばして、村の外へと飛び出す


「お、おねえちゃ……」

「リンッ!」

「うっうぅ……」


妹はまだ生きていた。

私が置いて行ったそこまで大きくない盾

それを何とか障害物にして、ゴブリンにつかまらないようにしていたのだ


私が村から出てきたことに驚くゴブリンと、すぐに反応した妹

ゴブリンは本来なら妹よりも筋力、脚力、体力

何もかもが上だけれど、

ゴブリンの反応が遅れたこと、リンが生きるのに必死だったこと

さらに私も向かって走ったことで、保護することには成功した


「怪我はない? 大丈夫?」

「大丈夫……でもっ、お姉ちゃん……っ」


震える妹の体を左手で抱き寄せて、右手に握る銅剣に力を籠める

いまここで頑張れるのは自分しかいない

妹と、自分の命を守ることができるのは私しかいない


村の中を走り回ったせいか体が痛いし体力も酷く落ちてる

剣をふるうのも辛いし、一人で魔物との命を懸けた戦いだってこれが初めて

怖くないと言えば、嘘になる


(でも……)


「すぐ、終わらせるからね」

「やくそくっ」

「うん」


逃げないと、決めたのだ

守ろうと、決めたのだ

何もせずに諦めるわけにはいかない


疲れてる? 苦しい? 痛い? 怖い?

それがなんだって言うのか


「関係ない。そんなの……結局、やるかやらないかなんだから」


私が今持っている剣は、銅剣で重みがあると言っても、片手剣に属している

本来なら片手で扱うべき代物

だけど、体力と筋力を考えて両手剣として握る


火事のおかげで照らされている広範囲の中、

見えるゴブリンは目の前にいる一匹のみ

よく見れば頭が不自然な歪み方をしていて、若干ふらついているようにも見える

それが、仲間とはぐれた理由で、リンを捕まえられなかった理由だろう


「……だからって、油断はしちゃだめ」


相手にハンデがある。だからなんだ

これは人と魔物の殺し合い

弱点があるなら容赦なく突き、ハンデがあるなら遠慮なく叩きのめす

そうしなければ生きてはいけない世界なのだから


「……はぁ」


大きく息を吐いて、片手剣を左肩の方へと持ち上げていく

左上からの斜め斬り下ろし、待ちの構えだ

ゴブリンは知能が低い魔物であるため、基本的に考えなく突っ込んでくる戦い方をする


武器を持っているゴブリンもいるが、それは武器として扱っているわけではなく

ただ、手に持った状態で突撃してくるだけ。という程度

それでも、稀に知能が発達したゴブリンがおり

それは武器を理解し正しく使ってくるという話は文献にもあったが

この相手はそうじゃない


だからこそ、待つ

ふらついて不規則な動きをする恐れがあるし、待っていた方が反応がしやすい

もちろん、魔法が使えればその限りではないけれど。


「来ないの? 私達を食べたいんでしょ? だから声の方に来たんでしょ?」


ゴブリンに言葉が通じるとは思わないけれど

自分が優位に立てているという認識をする為に、あえて挑発する

体の震えはだんだんと収まってきた

呼吸も整い始めて、空気を感じる余裕も出てきた


だけど、油断はしない

ゴブリンの頭から爪先まで、どこか一つでも動けば反応できるようにと身構える

私は剣術の才能が平凡で、魔法の才能なんて平凡以下しかない

だからこそどれだけ下等な魔物とだって、常に極限までの緊張感をもって挑むことができる


「星の雫よ。集いて導く輝きとなれ」


一向に動こうとしないゴブリンの前で、小さな光を作り出す

火事の前では気にも止まらないような些細な光

それに、少しずつ魔力を込めていく


「動いて貰わないと困るのよ。私……臆病だから!」


調整が苦手だとかどうとか、知ったことではなかった

今の私の一挙一動に二人分の命がかかっているんだから


(良いからやれ――私ッ!)


火事の炎よりもまばゆく輝き始め、

視界の端でちらつくだけでも目に焼き付きそうな光を握り締めて光を収縮

そして、ろうそく程度の小さな輝きへと戻ったその光をゴブリンの方へと投げ込む


事態が硬直して動かず、

もしも自分から動かなければいけなくなった時に、どうするか

出来得る限りの万全な策を講じて動くか

あるいは、相手が動くまでの忍耐を続けるか

判断する方法はいろいろあるけれど、今回の場合は私は動くしかなかった


理由は単純、ゴブリンの仲間を呼ぶ方法が分からないから


本能に任せて突進してきてくれれば良いけど、

そうしない場合は仲間を呼ぼうとしている可能性ある……と私は思う

あるいは仲間が来るまでの時間稼ぎをしてるとか

もしかしたら、本当にただ何にも考えず動かないだけなのかもしれないけど

そんな、希望的なことを考えるような私じゃない


「リン! 目を瞑って!」

「うん!」


すぐ背後にいるリンに声だけを投げかける

力強い返事は信じてくれている証拠


(なら、答えてあげるが姉の務めッ!)


その瞬間、投げ込んだ光は輝きをその一瞬に込めて炸裂して

ゴブリンの意味不明な声が上がった

魔物の言葉か、何か

そんなことはどうでも良い


――走れ、走れッ、突き進めッ!


「っ」


私が無い知恵絞って作り出した必殺技、閃光弾

自慢じゃないけれど、私にできるのはこれくらい

だからこそ、この一瞬を逃すわけにはいかないと全力だった


剣を持ち直し、持てる力を使って地面を蹴り飛ばして加速

遠くなかった距離は刹那の時間の中に縮まって、肉薄する


そして


「てやぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁッ!」


再び振り上げた剣を両手でしっかりと柄を握り、

雄叫びと共に持てる力のすべてを使って、ゴブリンの首を跳ね飛ばす

だが、まだッ!


「はぁッ!」


振り抜いて捻じれていく体を逆らわずに回転させ、

浮いた右足でゴブリンの胴体を蹴り飛ばして倒し、

心臓がある位置目掛けて容赦なく剣を突き刺す


「はぁ……は……はぁ……」


最初こそビクビクと不気味に震えた体はそのまま動くことは無くなり、

心臓に突き刺した剣を軽く横にひねって

それでも動かないことを確認してから……引き抜く


「ぁ……そっか、あの時のゴブリンだったんだ」


緊張し続ける戦いが幕を閉じて初めて、

私はそのゴブリンが見覚えあることに気づいた

以前、おばさんに殴られ投げ飛ばされたあの時のゴブリン

だから、頭が変な形になってしまっていたのだ


あの時ちゃんととどめを刺しておかなかったから。

だから、こんなことになってしまったのかもしれない

おばさんは恐怖を与えれば歯向かうことはないといった

でも、そんなことはなかったのだ


(……反抗期、おばさんの子供にはなかったのかな)


村が燃え、母と父が死ぬ原因となった些細な見逃し

でも、おばさんを恨む気にはなれなかった

あの時はそれが正しいと思っていたから、優しさで見逃したわけじゃないから


憔悴しきった体は今にも倒れそうで

けれど、倒れるわけにはいかないと踏ん張って、燃え盛る村を一瞥する


(必ず……また、戻ってくるから)


「……リン。王国に行こう」

「…………」

「お母さん達のことは……あれだけど」

「……うん」


縋りついてくる妹の体を軽く抱き寄せて

少しだけ、身体を預けながら王国の方に向かって歩きだす

今すぐにでも村を何とかしたい、みんなを、お父さんをお母さんを何とかしたい

そんな気持ちばかりだった。だけど、今の私達に出来ることはない

ただ、村が燃え尽きていくのを見ていることしかできない


だから、村を振り返らずに歩く

こんなことがあった以上は休んでいられない

まだ、魔物が潜んでいる可能性もあるのだから

それを分かっているから、リンだって泣き言と言わずに歩いてくれているんだから


この日、私は妹以外のすべてを失った

たまたま、妹がサプライズの計画を立ててくれたから

私達だけが、助かった


お母さんも、お父さんも、村の人も

みんな無くなってしまったけれど……でも

だからこそ、私はもっと強くならないといけないと思った


家を潰した大岩

あれはあんな華奢なゴブリンが用意できるものじゃない

つまり、別の何かがいたはず。

それがきっと、お父さん達を殺した本当の仇


(仇は討つよ……必ず、必ず、絶対に)


そのために、私達は王国へと向かう

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