グータラ何でも屋はなんだかんだで無双する
文月
始まりの一歩手前
いつも通りの光景
窓から光が差し込み、部屋の中を暖める。
フカフカなソファーでねっころがっていると睡魔が襲ってくる。
正直言って・・・・・・。
「もう、依頼なんてどーでもいいや・・・・・・」
そんな俺を見下ろして呆れたように声をかける少女が一人。
「まったく・・・・・・私たちの数少ない収入源なのに仕事をしないなんて」
そんなこと言わないでくれよ、俺はけだるげに呟いた。
「カイル・・・・・・この仕事を始めたのはあなたでしょ?雇ってる3人もいるんだから社長として最近依頼が無くてもせめて書類仕事くらいはしなさいよ」
そうだった。仕事がないから忘れていたが雇ってる人が居たんだった。
「大丈夫だよ。給料に関してはちゃんと支払えるのはフィーネもわかってるだろ?」
フィーネとはさっきから俺を見下ろしている少女の名前だ。もう2、3年の付き合いになるからお互いのことも結構理解している。
「そうじゃないのよ・・・・・・。あの子達に会計の一部も任せてるんだから自分達のお給料もどこから出てるのか知れるのよ?まだ今月一回も依頼が来てなくて収入も無いのに」
確かに。今月一切の収入も無いのにどこからお給料が出てるのか、怪しまれる要素たっぷりだな。
「しかも変に探られたらいろいろ面倒よ?私たちの事」
「調べるといっても彼女達には足取りは追えないよ。どんな相手でも・・・・・・例えば帝国が相手でもね」
俺が『帝国』というワードを出した瞬間フィーネの目つきが変わった。
「『帝国』にも追えない、って本当なの?」
聞いてくるのはそこかよ。俺は内心そう思いつつ頷いた。
『帝国』とは今俺らがいる場所から東にずっと行ったところにある大国だ。
強大な軍事力を持っているからおいそれとこっちも手を出せないし今のご時世ではそんなことをしている場合では無い。
そう・・・・・・。とフィーネは少し考えるような素振りを見せたが次の瞬間にはさっきまでの調子に戻っていた。
「ほら、そこがとっても暖かくて眠いのはわかるけど少しは仕事があるんだからそれを終わらせてからにして」
フィーネはそう言うと、さっきから持っていた大きな封筒を俺に差し出して、向こうの部屋に行ってしまった。
「しゃーない、俺も少しは社長らしい事をするか・・・・・・」
俺はポリポリ頭を掻きながらソファーから起き上がった。
そして寝ぼけた頭で自分の部屋に向かう。
「まったく・・・・・・カイルは昔っからああなんだから」
ぶつぶついいながらフィーネは紅茶を飲んでいた。
別にサボっているわけではない。カイルが寝ている間に自分の仕事を終わらせただけだ。
「ほんと、よくあんなにダラダラしてて社長をやろうだなんて・・・・・・」
「フィーネさん。またカイルさんが仕事してなかったんですか?」
声のした方を見ると箒を持ったアリサが立っていた。
アリサは雇っている3人の内の1人で、どうやら玄関の掃除をしていたらしい。
「えぇ、カイルは昔っから働かないのよ・・・・・・」
フィーネは文字通り頭を抱えていた。
「フィーネさんって、カイルさんと前からの知り合いなんですよね?」
どうやらアリサも休憩らしく椅子に座った。この話を聞く気満々である。
はぁ、とため息をすると、フィーネは話始めた。
俺はフラフラしながらなんとか自分の部屋の自分の椅子に座った。
(この部屋は応接室も兼ねているため、結構椅子が多いのだ)
自分専用のデスクで先程フィーネからもらった封筒を開封する。
「あんまり面倒事はやめてくれよ・・・・・・」
中身を見ると、ただの会計報告だった。
変なものが入ってるんじゃないか、という心配も杞憂に終わり俺はその書類を眺める。
これは先月受けた依頼で、『月に一回出る会計報告を王都に送って欲しい』というものだった。
5枚くらいあったそれをのんびりと一通り眺めると俺はその書類を封筒に戻し、丁寧に封をし直した。
この依頼で報酬が銀貨16枚、つまり俺一人なら1ヶ月は働かなくていいのだ。
この毎月の依頼をきちんと遂行するだけで生きて行けるのだ。だから俺は働かない。
そう思い、ダラりと椅子にもたれ掛かった。
「フィーネさんってカイルさんの前の仕事仲間だったんですね。だからそんなに仲が良かったんですか」
カイルが一人で一仕事終わった感を出している頃、フィーネの話も終わっていた。
「カイルとはそれなりの付き合いだからね。今でも何考えてるかわからないところもあるけど・・・・・・」
フィーネはちょっと考えるように目を細めた。
「フィーネさん・・・・・・。もし考えてることもわかってたらすごいですよ。普通はわかりませんもん」
言われてみればそうだ。普通は考えてることはわからないのが世間一般だ。
「さて、休憩はおしまいにしてちょっと早いけど昼ご飯の仕度をしましょ。カイル、朝から何も食べてないからね。アリサ、カイルと他の2人にも伝えてきてくれる?」
そう言って立ち上がるとフィーネはテキパキと準備を始める。
それを見てアリサは今後数日はフィーネが頭を悩ませる一言を置いて部屋から出て行った。
それは、
「フィーネさんって良い奥さんになれそうですよね」
そう言ったからだ。
グーッギュルギュルギュル・・・・・・
なんとも情けない音だが、音を出した本人はさらに情けない事になっていた。
「腹、減った・・・・・・」
実は朝から何も食べていないのだ。
食べないでソファで寝てしまったのだ。
というよりほぼ二度寝だ。
そりゃ腹も減るだろう。
「せめて飯くらい食べりゃよかった……」
するとドアが開き、天使が現れた。
「カイルさん。昼ご飯ですよ。フィーネさんが気を使ったんですからちゃんと来て下さいね」
まさに天使だった。空腹は最高のスパイスとよく言うがこの状況では彼女の言葉だけで十分だった。
「ありがとうアリサ・・・・・・メイアとルリにはもう伝えたのか?」
そう聞くと首を横に振った。
「そうか、じゃあ先に下で待ってるよ。多分2人も外にいるはずだよ」
俺がそう言うとアリサはパタパタと走って行った。アリサもお腹が減ったんだろう。
俺が下に降りるともう大方準備はできていた。相変わらずの早業だ。
「あ、ようやっと来たね。アリサもそろそろ帰って来ると思うよ」
そう言われ、俺は料理が並んだテーブルのいつもの席に座った。
少しして、アリサが他の2人を連れて帰って来た。
アリサ、メイア、ルリが俺らが雇ってる3人だ。あだ名は3人娘。
フィーネも席に着き、皆でちゃんと感謝を述べてから食べはじめる。
こうしていつもこの5人で昼ご飯を食べるのが最近の日課だ。
食事中の話題は大抵彼女達の学校の話だ。
俺にはイマイチよくわからんのであまり参加はしてないのだが。
フィーネは参加しているが、やっぱりちょっといろいろ大変そうだ。
「カイルさん!私たちあと一年で卒業なんです。卒業したらここでちゃんと雇ってください!」
そんな中メイアがいきなりそんな事を言ってきた。
アリサがメイアを少し叱っているが・・・・・・別に断る理由も無い。
「俺は構わないけど、まあここが一年後に残ってたらな」
冗談混じりにそう返すとその場が一気に笑いに包まれた。
これが俺らの『いつもの光景』だ。
だらける俺をフィーネが嗜め、アリサが3人娘をまとめて、皆でこうしてご飯を食べる。
これが俺が、求めた光景なんだ。
このみんなで日常を楽しむということを。
「これが平和な日常か……」
隣に座るアリサが「なにか言いましたか?」と聞いていた。
「いや、『日差しが気持ち良いな』って」
俺は窓から差し込む日の光を見ながらそう言った。
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