貴女がいて俺がいて
藤原
第1話
「ぁあ!もう!!」
意味もなく俺は叫んだ。夜だというのに、一切周りの迷惑とかは考えていなかった。理由は単純明快。
ストレスが溜まっていたからだ。
「こんな物捨てたら俺は楽になれるのかな…」
俺は机の上にあるを凝視した。そこに忌々しいブツが開いて置いてある。受験生ならば一度は必ず手にするものである過去問だ。センター試験は大学入試の第一関門みたいなものだ。だから問題に慣れておく必要もある。だが、俺はセンター試験の過去問をするのも、勉強するのも、体が拒否し始めている。
「何やってもダメならいっそ燃やした方がいいかな」
嫌になると俺は、独り言が多くなる。喋って少し楽になるのならいくらでも話してやる。だが、その前には、俺の健康的な生活の為にはコイツをなんとかしないといけない。
俺は過去問を掴むとゴミ箱に放り投げようとした。気がつくと力一杯に腕を振り下ろそうとしていた。
『私を棄てるの?』
可愛らしい声が俺の脳内に響き渡った。その可愛さたるや、目を引くものがあるがその声が一体どこから聞こえてくるかは分からない。
刹那、目の前が真っ白になった。眩しいという程でも無いのに目を開けるのも辛かった。
暫くして目を開けてみるとそこに広がっていたのは俺の部屋じゃない不思議な空間。何もない。虚無だ。
「ここには何があるんだ?」
思わず声に出てしまう。だが、その答えを求めるのも、探すのも無駄な気がした。そんなことをしても永久に答えなど出ないような気がしてしまった。
俺は理由もなく歩くことにした。この空間にいると心にあるモヤモヤしたものが少しづつ晴れていくような気がしていた。
暫く歩いた。俺は椅子を見つけた。少し休憩しようと思ってそこに腰掛け、ふと前を見るとさっきまでそこにいなかったはずの人間がいた。女の子だった。その女の子は俺に近づくと少し悲しげな表情を見せた。なんだろうか俺が何か悪いことをしたとでも言うのだろうか。心当たりなど微塵もない。
女の子はスゥっと息を吸った。周りの空気が少しだけ動いたような気がした。だけどそんなこと有り得ないと鼻から否定した。女の子は俺に語りかけた。
『こっちに来て欲しいって祈る程私は辛いんだよ?』
聞き覚えのある声だった。その声は、過去問を投げ入れた時にした声と瓜二つだった。そして、ある疑問が俺の中に湧いた。それを女の子に聞くのは少し躊躇った。明らかにその女の子は俺のことを知っているようだったから。その女の子はというと自身の茶色に染まった髪を触っている。少し巻いてある髪は綺麗で艶もあった。そしてその光景に思わず息を飲んでしまう。ずっと見ていたかった。例え、ロリコンと世間的に蔑まされだとしても。でも、俺はこの状況を把握したいといつ欲求の方が辛うじて上回った。
「君は一体誰なんだ?」
女の子は俺の方を向かなかった。逆にそれが怖い。背中に妙な汗をかかせる。
『私は、周防裕哉くんの持っている物だよ』
ダメだ頭の理解が追いつかない。いや、そもそも、これ自体が俺の脳内で妄想されて起こっているという可能性も。いや、そうに違いない。それになんで、この女の子は俺の名前を知ってるんだ?確かに俺は、
「そうだ、これは幻なんだ。こんなの俺の妄想に過ぎないんだよな。うん、うに違いない」
『疲れているのはそうなんだろうけど私は幻なんかじゃないよ。ホラ足だってあるし』
女の子はそう言って俺に足を見せる。だが俺が知りたいのはそんなことじゃない。ここがなんなのか、だ。それを知らない限りは俺はここを現実とは認めない。
「幻じゃないなら証拠は?」
『証拠はあるよ』
そう言って女の子はパチンと指を鳴らした。すると、空間が崩壊するような勢いで全く別のものを形成し始めた。そして、見えてきたのは文字の羅列。
「これは…」
『見覚えあるでしょ?』
相変わらずの無邪気な笑顔で俺を見つめてくる。なんだけそんな純粋な目で見られると恥ずかしいからやめてほしい。俺は決してロリコンじゃないのに…。さっきまで消え去っていた筈のモヤモヤがまた来た。
そのモヤモヤはそこにある文字の羅列によるものだ。この文字の羅列俺には見覚えがあった。
「これは…俺の過去問の中身か?」
『そうだよ。そして私自身』
「どういうことだ?」
俺に意味は理解できなかった。
『そのままの意味だよ。裕哉くんがゴミ箱に投げ入れた過去問が私なんだ。だから私凄い悲しいんだ。自分があまり有意義な使われ方をしないままに捨てられて、使っていた人が嫌な顔をするのなんて』
女の子は悲痛な表情をした。
「名前は?」
いま聞くべきことでないのかもしれない。でも、俺はどうこの女の子を呼べばいいのか分からない。名前を知らないとここからの会話がなんだかギクシャクするような気がした。だから、聞くことにした。彼女の名前を。
「キミの名前は?」
『私に名前はないよ。だから裕哉くんが付けて、私を可愛がって欲しいな』
なんだか誤解を招くような言い方をされた気がするがこれは気にしない方がいいのだろうか?
「名前を付けろって言われてもな…」
俺はペットなんかも飼ったことなんてないし、今まで何かに名前をつけようと思ったこともそんなことをする機会も無かった。だから突然名前を付けろなんて言われても、難しいの一言しかない。でもこの時の俺は頭が冴えていたのか何なのかはよくわからないが可愛らしい女の子にぴったりと自分で感じる名前が一つだけ圧倒的な存在感を示して頭の中に渦巻いていた。
「キミの名前は
『どうも何も私な名前は裕哉くんが名付けるものが絶対だから。だって私はキミの所有物なのだから。それにしても理桜か。いい名前だね」
そりゃそうだ。名付けなんてしたことのない俺が神の啓示を承ったように頭の中にすっと出てきた名前だからな。だが、コイツが最初に言ったことは少しばかり聞き捨てならない。
「最初に言ったことは少しばかり違う言い方できなかったのかな?この会話を他人が聞いていたりしたら俺は完全に犯罪者なんだけど?」
『犯罪も何も事実なんだから』
ダメだコイツ絶対に意味わかってないな。それに一体何が目的なのか全く分からない。だけど、理桜を見てるだけで少し心が揺らぐ。
ってダメだ。理桜がいくら俺の持ってる過去問だって言っても、目の前にいるのは140cm位の身長しかない、それこそランドセルを背負わせたら小学三年生位に見える女の子なのだから。手を出したら有無を言わさず世間的にも法律的にも死んでしまう。理桜は合法ロリと言われる部類でもないし。なんだか、突き詰める方向が違ってきてしまった…。もう一度冷静に考えよう。そもそも、理桜は俺に何をして欲しいんだ?
「理桜は俺に何を求めてるんだ?」
『私はね裕哉くんに大切に使ってくれることを願ってるんだ。それでね、裕哉くんが大学に合格するところを見たいの。そしたら私の存在意義は達成されたことになるから』
「それでこの空間は何なんだ?」
『ここはね私の中だよ。だから過去問の中』
そんな話あり得るのか?やっぱり俺の妄想じゃないのか?と疑いたくなる。でも、なんだか俺は信じたくなっていた。理桜がいるから。何があってもこの存在は本物の存在だと思いたいから。
「過去問の中…。そんな所に俺をどうやって呼び出したんだ?」
『私が裕哉くんと話したい。捨てられたくない。まだ使って欲しいって強く願った。願ったらなんだか裕哉くんがここにいたんだ。だからどういう経緯でこの世界に裕哉くんが来たのかは私には説明できないいんだ。ごめんね』
「戻れるんだよな?」
『それも分からないの』
世界が暗転したような気がした。目の前の視界がグニャりと歪んだ身体がふらふらとした。目眩か?
だが、すぐにそれも治った。
『裕哉くん大丈夫?』
理桜は本当に心配そうに俺を見つめてくれた。
『自業自得なのに貴女は心配しすぎなのよ』
その声は理桜ではない。俺は驚いて周りをぐるりと見た。そして、理桜の少し後ろに一人腕を組んでいる理桜と同じくらいの外見をしている。最もこっちは理桜みたいに優しいというう事はない気がする。だって見るからに怒ってるし、見下してるし。
『あなただって、裕哉くんが心配だから来たんでしょう?違うの?』
『違うわ。このバカに分からせるためよ』
この子の言うことはなんだか傷つくな。でもこの子は一体…ここにいるってことは一応この子、過去問なんだよな?
見た目に反した見た目。でも、やっぱり可愛い。俺の好きな女の子のイメージが二人とも詰め込まれているようだ。身長という一点を除いては。
「えっと…キミも過去問なのかな?」
『それくらい分かりなさいよ。私にも名前なんてないわよ。つけなさい』
おい、命令口調とは…中々で。で、名前か。この子にぴったりの名前。理桜の時はすぐに頭の中に浮かんだ。この子はそんな上手くいかないよな。過去問…か。成功するための道具。ならば、よし決めた。なんだか二人も名前を付けていると名前を付けるのが上手くなっているような気がする。
「キミの名前は翼。どうかな?」
『羽ばたかせたいのかしらね。ふんまぁいいわ。使ってあげる。一応所有者のくれた名前だし』
顔はそっぽを向いているものの少し照れている。良かった。気に入ってくれたみたいで。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます