勘違い
夜十一時、主役が帰ることになり会はお開きになる。
しかし私はこのまま帰りたくなくて、残ることを伝える。
「
「
「そうだぜ、役場職員が酒臭いのはだめだろう?」
「そんなに飲んでないし。ちょっと今日は飲みたいの。みんなは先に帰っていいから」
一人で全然よかった。
それよりも一人になりかった。
優と彼女の話なんて聞きたくなかった。
「僕が残るからみんな帰っていいよ」
「
こんな軽い奴と一緒に飲むのはごめんだった。
しかし、みんなは違ったらしい。
意味深に笑うと、よろしくっと出て行く。
ふん、佳緒留なんかと何かがあるわけないんだから。
だいたい、なんでわざわざ残るの?
私に気があるとか?
まさかね。
ああ、面倒。
もうどうしていいかわかない。
優のよそよそしい態度、彼女さん、
「白田。こうやって二人で飲んだことなかったよね」
佳緒留は私の気持ちにまったく気づくことなく、っていうか知ることもなく、笑顔を振りまきながらそう言う。
佳緒留。
案外いい奴も。
こうやって一人で飲む私に付き合ってくれてるし。
いや、下心あり?
まさかね。
「白田。白田ってさあ、積谷のこと好きなの?」
「!」
いや好きっていうか、夫だったし。
「そうか。だから元気ないのか」
無言で驚く私に対して、彼は一人でそうつぶやく。
「僕、白田のことが好きなんだけど。積谷の代わりになれないかな」
「!」
いや、私、告白されてる?
本気?
いや、本気とか関係ないし。
私は元に戻ること考えないと。
「答えられないよね。でも僕は本気だから。白田、覚えていて」
佳緒留はそう言うと私の頬にキスをする。
「佳緒留!」
「怒らない、怒らない。唇じゃないから、減らないでしょ」
「そんな問題じゃ」
「じゃ、唇にしても一緒だった?」
彼はきらりと目を光らせると私を見つめる。
「いや、ほっぺたでよかった。佳緒留。もう帰ろうか?」
なんだか飲む気はすっかりうせていた。
告白なんて長い間されたことがなかった。
でも佳緒留の告白は嬉しいというよりも、罪悪感を生み出すだけだった。
元に戻んなきゃ。
優斗に会わなきゃ。
でも優、優はこの世界の方が楽しいのかな。
彼女はかなりよさそうな人だった。
もしかしたら私と結婚するよりも、彼女とのほうが幸せになるかもしれない。
でも、それでも、私は優斗に会わなければならない。
「白田?どうしたの?」
お勘定を済ませても、店を出ようとしない私に彼が声を掛ける。
私を好き。
昨日までそういう状況に憧れていた。
誰かに愛の告白をされる。
でも今は、その状況に陥っても全然嬉しくなかった。
「あ、来た!白田、乗ろう。早く」
ぐいっと私の腕を掴み、佳緒留が車に向かって手を振る。彼の車を代行運転手が運転しており、私達はその後部座席に乗り込んだ。
「まず、彼女を送ってから僕の家に向かってください」
彼はそう言い、私の家と彼の住所を運転手に伝える。
彼女って、
まあ、そういう意味じゃないだろうけど。
そういえば、優以外の男の人と一緒に車に乗るなんて、久々だ。
私は隣に座る桂緒留を見つめる。
もてそうな顔……。
大きな二重瞼の瞳は少し茶色がかっていて、鼻はすうっと通ってる。口は少し大きめだけど全体のバランスに崩さないくらいで、ちょうどいい。髪は自然な茶色で柔らかなパーマがかかった髪は邪魔にならないようにかきあげられている。
黒髪に短髪の大和男児って感じの優とは対象的な顔だ。
優斗はその
硬い髪質に真っ黒な瞳。大きな目はいつもキラキラしてて、くるくると変わる表情は見ていて飽きなかった。
「白田?」
ふいに訝しげに呼びかけられ、私は自分が涙を流しているのに気づく。
「大丈夫?」
佳緒留はその茶色の瞳を瞬かせて、心配げな様子だ。
「大丈夫。大丈夫だから」
私は涙をぬぐうため、ハンカチを探す。鞄の中を探っていると目の前にペパーミント色のハンカチが差し出された。
「これ、使って。ごめん。僕のせいだよね?」
「……そんなんじゃ、なんでもないから」
桂緒留のせいなんかじゃなかった。
自分が浅はかなことを望んだことが悪い。
手に入れた独身生活、それは全然楽しくなかった。
「僕は白田……並子が好きなんだ。僕のことを好きになって。そしたら全部忘れられるから」
そんなわけない。
そんな単純な話じゃないのに。
桂緒留はきっと
「違う、そんなことじゃないから」
私はハンカチを顔に当てると俯く。
「並子」
「!」
名前を呼ばれたと思うと草原の香りがした。私は佳緒留に抱きしめられていた。
「離して!」
その香りと温かさを心地よく感じた自分が許せなくて、私は腕を突っぱねて離れようとする。
「ごめん」
でも佳緒留はぎゅっと私を抱きしめたまま、離そうとしなかった。
「違うから!」
勘違いしてる。
そんなことで泣いてるんじゃないのに。
「佳緒留!離して、離して!」
旦那――優以外の人に抱きしめられてる自分が嫌で、私は必死に叫ぶ。その声が涙を帯びたもので佳緒留ははっとして私を解放した。
「ごめん」
「……こっちこそ、ごめん。でも違うから。あなたのこととは関係ないから」
私はそう言うと佳緒留から距離を取ろうと窓際に体を寄せる。
彼が私を見ているのがわかった。でも私は自分の感情と向き合うことに精一杯で、彼のことに構う余裕はなかった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます