episode10-6
一方、【水龍】とアリシアの二人は話し込んでいた。
彼女たちは海際で、海上に浮かぶ白い大樹を眺めている。
「なかなか動きが見えんのう。一体、中はどうなっとるんじゃ?」
「結構激しい戦いをしてるみたい。ヴァルが劣勢ね」
「本調子じゃないのかの?」
「さあ? あの白い鎧を纏わされてるわ」
「ああ、アレか。能力を制限されるのかもな」
「助太刀いるかしら?」
「必要じゃとは思うが、今は……」
白い樹から異形の軍勢が生まれていく。
それらは空を埋め尽くそうと加速度的に増殖する。
しかし、彼女は余裕の表情を崩すことはなかった。
「これを何とかするのが先決じゃな」
「そうね」
海が荒れ、風が唸る。
それらは天にその牙を向ける。
天を割らんばかりの轟音が響き渡る。
白く染まる空は、一瞬にして、その青さを取り戻した。
「全く、この程度で妾に勝とうなど、一万年早いわ」
「あら、私の力あってこそじゃないかしら? 半分くらい倒したの私よ?」
「見間違いじゃないかのう?」
「…………やるの?」
「おう? やるのか?」
二人の女が火花を散らす。
そこへ、
「――――――――!!!!」
白い影が己の最後の力を振り絞って一矢報いる。
だが、その身体は一瞬のうちに塵となり、何処かへ消えてしまう。
異形を切り裂いた圧縮された水は、再び穏やかな海に姿を戻した。
「不敬であるぞ」
「本当にね」
彼女たちの余裕が崩れることはなく、塵となった異形には目もくれない。
「この人たち、敵より敵っぽいわ……」
近くに停められていたトレーラーで、水崎は一人呟いた。
「それにしても、樹の成長が随分早くなったわ」
「……何だか嫌な予感がするの」
「こっちであの樹、何とかした方が良いんじゃないかしら」
「そうは言ってものう。……喝!」
向かってくる白い異形を吹きとばす【水龍】。
彼女たちは顔色一つ変えずに会話に戻る。
「これじゃからな」
「私が切断する箇所を導いて、貴女が切断役、だとしたら」
「まあ、手が足りんわ」
「困ったわね」
「ぐぅ……!?」
「はははははは! 反応が鈍いな! 【六柱】最強の名が泣くぞッ!」
反応できるはずなかった。
今現在、魔人の視界は墨のような黒に染め上げられている。
異形の王の力は他者の視界を操ることさえも可能にしていたのだ。
変幻自在な王の攻撃に、魔人はまともに反応できないまま翻弄される。
「時間がないって、さっき言ったよなあ?」
「ぐ……」
魔人の兜を踏みつけながら、王が高らかに嗤う。
「総てが私の支配下になる。その意味が解るか?」
「貴様の悪趣味を理解する気になど、なれるかっ」
「海底に根が辿り着いた時、“私”の力がこの地球に植え付けられるんだよ。海や大地にばらまかれた力は、やがてこの星の生きとし生けるモノ、総てに私の力が宿るのだ!」
「…………」
「この意味、分からない訳はないよなあ? この街で起こっていたことが、今度は世界規模で行われるということになあ!?」
「ご丁寧に、説明、あり、が、とう」
「そうだ、ろうっ!」
魔人の腹を異形の王が蹴りつける。
彼の肉体はボールのように跳ね、壁にめり込む。
何度もめり込まされたせいか、魔人は冷静に口を開くことができた。
「……そういうのは、陰でひっそりとやった方は良かっただろうに。今までのように、薬として、陰でこそこそと、な」
「“ブルーアイ”では“私”の思念が届く範囲が狭すぎた。“私”の力が及ぶ範囲でなければ、“ブルーアイ”は何の意味もなさない。無害な液体だ。つまり、この街以外では、何の力もないものだった」
「この街以外で活動を行わなかったのは、そういうことか」
「ミラジオとここを繋ぐ孔が多く存在することや、お前がここで死んだから、弔い合戦という意味合いを持たせ、民や【六柱】を動かしやすくするのも理由あるがな」
「……」
「だが、もうそんなことは関係ない。この躰があれば、この世界を“私”の力で埋め尽くせるのだから。ミラジオや新たなる民を得て、再び王となるんだよ!」
一瞬のうちに、異形の王は魔人の前に移動し、止めの貫手を振るう。
だが、それは魔人の息の根を止めることはなかった。
異形の貫手はその肘の根本から吹き飛んでいた。
そして、後から銃声が追い付いてくる。
〈全く、中々終わらないと思ったら。……危ない所でしたね〉
「先に助けに行こうとしたのは誰だったかしら?」
〈あの人に死なれたら困る、それだけです。貴方もでしょう?〉
「否定は、……しないけど」
「おいおいおい、魔狩師と裏切りモノの【雷姫】じゃないか」
異形の王は憎々し気に言い放つ。
その目には明らかな敵意と憎悪が込められていた。
椿姫とクロエは異形の視線を真向から受け止める。
視界こそ奪われているが、魔人もその姿はありありと浮かんでくる。
その姿勢はきっと気高く、美しいものだろう。
「はあ。忌々しいね、全く。あの一族の血を受け継いだ魔狩師の末裔に、それと同じの血を色濃く受け継いでいる上に半分が竜の子とは。全く、本当に忌々しい。ヴァルと因縁も深いというのだから、全く。本当に、全く、ため息が出て来る。ああ……」
「取り敢えず、そこで転がってるお父様から離れてもらえないかしら」
〈次は胴体ごと吹っ飛ばします〉
椿姫が背中にマウントされていた大口径のライフルを構える。
それは椿姫の言葉が嘘や脅しでないことの証明でもあった。
機械鎧で覆われた彼女の腕は全く微動だにしていない。
そこに精神的動揺など存在していなかった。
「分かった分かった……」
異形の王は後ろへ足を下げ、魔人から離れる。
ゆっくりと、ゆっくりと、猫のように静かに下がる。
しかし、
「おっと!」
異形の王は足を滑らせる。
驚くほど滑稽に、白い巨躯が滑り、倒れていく。
そしてその瞬間、椿姫とクロエ、魔人が吹き飛んだ。
〈ぐぅッ!?〉
「……痛ったぁ!」
転ぶ一瞬の間に、異形の王が触腕を伸ばし、三人を精確に攻撃したのだ。
それらは彼らを殺すには至らないが、王に態勢を立て直す時間を与えた。
〈やられたままな、……訳あるかぁ!!〉
椿姫はブレる視界の中で、ライフルを構え、異形の王をでたらめに狙う。
触腕は千切れ、異形の王の胴体を僅かばかり削り取った。
椿姫たちにも態勢を立て直す時間が与えられる。
「キレると無茶苦茶やるねぇ、妹くんは。……痛いよ」
異形の王は顔を歪ませながら椿姫を睨む。
「……怒らせると怖いが、頼りになる」
魔人がゆっくりと立ちあがり、誇らしげに言う。
〈……、今は何も言いませんが、覚悟しておいてくださいね〉
「お父様、女の子相手は言葉選んだ方が良いわよ」
「……善処しよう」
魔人は雷の槍と形成する。
椿姫が左腕にブレードを展開する。
クロエは雷を二本の細身の剣に変換し、構える。
三人の視界には、異形の王の姿がしっかりと捉えられていた。
「多勢に無勢だけど、“私”を倒せるかな?」
「倒してみせる。犠牲者に報いるためにもな」
「その中に、滝上隆一くんは入っているのかな?」
〈…………〉
「冷静さ、失わないでよね」
〈恐ろしいぐらい、スッキリしてますから安心です〉
「…………!!」
三人同時に走り出した。
迎撃する触腕は、瞬間、断ち切られる。
一瞬のうちに魔人とクロエが異形の下に辿り着く。
「……アァ!!」
「……切る」
魔人とクロエの鋭い刃が王を肉薄する。
魔人は腕、クロエは首をそれぞれ狙う。
「くぅ、不敬であるぞ!!」
王は右腕のワニ口で二人を薙ぎ払おうとする。
だが、その腕は強力な弾頭によって吹きとばされた。
「ぐぅぅ!!」
腕は千切れた傍から再生していく。
けれども王の薙ぎ払いは躱されてしまう。
そして、薙ぎ払いを潜り抜けて、クロエの斬撃が異形の腹を捉える。
「はぁぁぁ!!!」
クロエの猛攻は続いた。
異形の王の体を風で切り裂き、鋭い雷に肉を焼く。
加えて、宙に浮いた王は椿姫が精確に狙い撃った。
止めに魔人が王を紅き雷によって消し飛ばす。
完璧な連携に王はなすすべもなく倒れる。
だが、
「ふはははははははは!!!」
王の笑い声が辺りから響く。
それはまるで、樹の全体から聞こえるようだった。
「見事な連携だった。だが、それは“私”の本体ではない! いくらだって生み出すことのできる、ただの消耗品だ。これこそ究極だよ。永遠不滅の“王”となれる力だ! はははははははは!!!」
狂ったように王は嗤い続ける。
その笑い声は三人を絶望の淵へ誘う。
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