episode10-7
一方、海岸沿いでは。
【水龍】とアリシアが、端的に言えば、困っていた。
「手が足りんのう、困ったのう」
【水龍】は呑気に喋りながら、迫りくる数百の異形を塵にする。
「……来客、助かるわね」
そんな中、アリシアは後方から近づいてくる何かを感じ取った。
「敵ではなさそうじゃな」
【水龍】の勘がそう伝えてくる。
それについてはアリシアも同意する。
近づいてくるのは大型の車であった。
それは青年たちが乗ってきた物と同型のものだ。
「現状はどうなっている」
車から降りてきた大柄の男の第一声が海岸沿いに放たれる。
「滝上の父か」
「……そうだが」
「そうか、さっさと手伝え、時間が惜しい。妾たちはやる事がある。【轟焔】と【聖賢】も隠れていないで、さっさと出て来て手伝え」
【水龍】は広報を一度も振り向ずに、そう言い放った。
「油断も隙も無いな、全く」
「私は気付かれないと思っていたんだが、やはり歳かな」
「【水龍】の方が長く生きていそうだがな」
【轟焔】と柳沼は愉快そうに車から降りてくる。
「聞こえとるぞ。その首、切り落とされたくなければ、さっさと雑兵を相手しろ」
「【六柱】の一柱に雑兵の相手をさせるとは、随分と贅沢なものだ」
【轟焔】の姿が岩のような肌に、炎の鬣を持つ蜥蜴へと変貌する。
彼は炎を長大な剣へと変化させると、勢いよく空を袈裟懸けに切る。
すると、轟々と燃え盛る炎が風に乗り、白い異形たちを焼き尽くした。
「私もこの歳になって雑兵の相手をさせられるとは思っても見なかった」
柳沼、いや【幻祖六柱】の一柱、【聖賢】がその姿を人から悪魔へと変える。
長い山羊の角に、闇より深い黒の毛を持つ異形のモノへと変わっていく。
彼の赤い目に静かな殺意が芽生えた時、白い異形の体が黒い焔を纏う。
黒焔は異形の体を蝋のように融かしていく。
「滝上隆源、お前も雑兵掃除を手伝うんだな」
「……射撃は得意ではないんだが、スーツのプログラムに期待するか」
【轟焔】に促され、隆源も機械鎧を身に纏う。
そして、長大なライフルを構え、内漏らされた異形を撃ち落としていく。
「こうして人間と肩を並べる日が来ようとは、不思議なこともあるものだ」
【水龍】が感慨深げに呟いた。その顔には様々な感情がない交ぜになった、何とも形容し難い表情が浮かべられている。困惑しているようにも、嬉しそうにも、悲しそうにも、どうとでも読みとれる不思議なものだ。だが、どこか清々しそうだった。
その間にも【水龍】は精神を集中していた。いとも簡単に敵を消し去る力を持つ彼女だが、今行おうとしていることは、それなりに集中力を要するものであった。加えて、それを行っている間は敵を消し去るだけの余裕がない。それほどまでに繊細かつ大胆なことを行おうとしていた。
「長生きはするものね」
「……そうじゃ、な!」
アリシアに賛同すると、【水龍】は大きく腕を振り上げる。
それに呼応するかのように、海が割れ、白樹の根本がさらけ出された。
しかも、海からは海水で構成された複数の腕が伸びて白樹を持ち上げる。
「…………」
アリシア以外の誰もが、目の前の光景に圧倒された。
それも当然だ。海が割れるなど、神話の世界での出来事だろう。
「【轟焔】! 今からアリシアが指示する箇所を断ち切るんじゃ!」
「相分かった。……!!」
空に跳んだ【轟焔】の両腕が、天にも届く巨大な剣を掴む。
【轟焔】の脳、いや、魂が切るべき箇所を感覚的に理解する。
山を切る事すら可能にする刃が、風を切り、唸りを上げ、振り下ろされる。
そして、割れた海から姿を晒した白い樹、その根の一つを叩き切った。
切り離された根の先は、初めから存在しなかったように消えていく。
そして、白樹の内部では。
「ははははははは! ッ、何だ、これは!」
白樹は大きく揺れ出していた。
樹ごと持ち上げられ、切断されているのだから、至極当然のことだ。
その中で白い魔人だけが、この突然の揺れを起こしうるモノに思い当たる。
「こんな事が出来るのはアイツらしかいないだろう」
「それは【六柱】か! 本来の責務を忘れた不届きモノめぇ!」
「知るか。俺たちは自分が正しいと思ったことをやるだけだ」
「全く、忌々しい! 貴様らを殺して、次は外の奴らだ! どうせ、外は時間稼ぎにしかならんからな! さっさと片を付けてやるわ!」
白い樹が怒るような声を出し、内部を震わせる。
いや、震えているのは外部からの干渉によるものだ。
「全員生きて帰るわよ」
〈……、もう誰も悲しまないように〉
「この長かった戦いと因縁に決着をつけよう」
三人が再び武器を構える。
「何故だ、何故こうなる! 何で“私”に味方するモノがいない!」
異形の大樹は怒りに燃え、再び異形の器を創り出そうとする。
その怒りのせいか、先程までよりも早く器が形になっていく。
だが、これは“王”の苦し紛れによるものではない。
外からの干渉では倒されない確信を持っている。
「クロエ、椿姫、お前たちはヤツの本体を探してほしい。この感覚、きっとあるはずだ。探している間は俺がヤツの相手する。頼んだぞ」
「任せてといて」
〈探すのは言いにしても、どんな見た目なんでしょうか〉
「そんなの、……フィーリングよ、フィーリング!」
〈ええ……?〉
「来るッ!」
魔人と異形の王が激突し、突風が巻き起こった。
圧倒的に魔人が不利な状況だが、異形の本体に一縷の望みを掛けるしかない。
クロエと椿姫は持てる力を、形も場所も分からないものを探すことに使う。
〈く……〉
椿姫は歯噛みをした。
正直に言えば、時間がなさすぎる。
魔人は劣勢で、いつ異形の前に倒れてもおかしくない。
辺り一面は薄気味悪いほど真っ白に染め上げられている。
分かっているのはここが樹の内部で、異形の肉体で構成されていること。
形も分からない、姿形さえ見えないものを見つけ出すには時間が足りない。
〈それでも!〉
それでも探さなければならない。
一族の、いや、兄や自分の人生が掛かっているのだから。
椿姫はディスプレイに映る、複数のウィンドウを確認していく。
だが、それらは全てが白に塗りつぶされていて、まるで同じ箇所を見せられているような気分になる。数秒前までの決意すら揺るがされるほどの絶望感。
〈……ッ!?〉
そういえば、何故ここは目視が可能なほど明るいのだろう。
ここは樹の内部、太陽の光が入り込めるような隙間はない。
いや、これほど明るさはちょっとやそっとの隙間では得られない。
ならば、この太陽のような光は何処から放出されているのだろうか。
〈…………〉
椿姫は自然と上を仰ぎ見る。
カメラが自動的に遮光モードへ移行する。
お陰で光源の姿がよく見えるようになった。
しかし、その姿を見た瞬間、椿姫は背筋に怖気が奔る。
〈なんて不気味な姿。悍ましい〉
それは生々しく脈を打つ心臓。姿形こそ、おおよそ人間の持つようなものとは似ても似つかないが、その役目を果たしているものであろうことは容易に想像がつく。いや違う。本能が理解したのだ。戦士としての勘か、あるいは、彼女に脈々と流れる古の血がそうさせるのか、それは分からない。いずれにせよ、あの心臓こそが白樹の本体だ。間違いない。
「椿姫ちゃん!」
〈手を貸してください〉
大口径のライフルを構え、心臓目掛けて弾丸を放つ。
音すらも振り切った高速の弾丸は精確に心臓を捉える。
加えて、クロエの鋭い雷撃が弾丸を追って放たれた。
だが、
〈……何あれ〉
「面倒くさいわね」
弾丸と雷撃は見えない壁によって防がれてしまう。
「ふはははは! 核を見つけた所で、貴様らの貧弱な攻撃ではなあ!」
「お前はこっちに集中しろ!」
魔人は異形の王を一人で釘付けにする。
王の器が魔人の鋭い蹴りによって吹きとばされた。
〈クロエさん! もっと強い銃とか作れないんですか!〉
「あんな複雑そうなのは私の師匠でも無理! だーかーらぁ!」
クロエが一際強い雷を放ち、大型の弓を形成していく。
弓は雷のような意匠が込められているが、何処か機械的な印象を受ける。
そして、矢も形成される。矢も弓と同様、不思議な意匠が施されていた。
矢じり部分は雷が寄り集まり、澄んだ碧色の鉱石になったような見た目。
「じゃ、よろしく」
椿姫にぽいっと弓を投げ渡すクロエ。
〈弓とか三年ぶりくらいに触るんですけど!〉
「私一回も触ったことないから! それに今から、すっごい集中力使う作業するから、射手は頼んだわよ!」
〈……!〉
不承不承、椿姫は天に弓引く。
幸い、久しぶりながら基本のフォームは忘れていなかった。
恐らく機械鎧による動作サポート機能のお陰もあるのだろう。
だが、その直後、矢に異常なまでの力が加わり、腕が振るえる。
鎧が筋力補助の役目も持っていることを考えると異常なまでの力だ。
「私の雷の力を込めてるの、あと、風で矢の軌道を補助してんの」
〈ありがたい話ですけど……! これキッツイ!〉
「私が撃ってと言うまで、離しちゃだめよ」
ガタガタと装甲が細かく振動する。
少しでも気を抜けば、暴れる矢を離してしまうだろう。
椿姫は気を引き締めながら、腕の制御と狙いに集中する。
装甲の振動がより強く、より速くなり、挙動制御の難しさは上がっていく。
「今よ!」
〈やぁぁぁぁぁぁぁ!!!〉
椿姫が手を離す。
堰が解かれた力の奔流は、凄まじい速度で天に向かう。
「ッ! やらせるものかァ!」
白の王は魔人を吹きとばすと、心臓へ飛ぶ矢を狙って閃光を放った。
「不味い!」
だが、
「外したッ!?」
閃光がわずかに矢を逸れる。
「……やった!?」
碧き雷を纏う矢が壁を貫き、心臓に激突、激しい爆炎が噴き上がる。
しかし吹き荒れる炎によって、肝心の心臓部の姿が隠されてしまう。
故に心臓を破壊したかどうか、クロエを始めとして、誰もが半信半疑だった。
……ただ“一人”を除いて。
「ははは、……ははははははは!」
それは気が抜けたような笑い声だった。
このような笑い方をするのは“王”を除いて他にいない。
彼の体と白樹の心臓は一心同体、というより、異形の王は子機のようなもの。
破壊されれば子機は消えてしまう。だから無事かどうかはすぐに解った。
こうして立てているという事は、つまり、そういうことだった。
〈あの一撃を食らって、まだ駄目なんですか! だったら!〉
「もう一発ぶちかますだけよね!」
半壊した心臓部に、椿姫とクロエがもう一度矢を向ける。
これが最後の一発になるだろう。と、クロエは理解した。
彼女自身の力の限界と、チャンスを鑑みてのことだった。
それは椿姫とて同じことで、集中力と腕に限界が来ていた。
矢に込められた想定外の力のせいで、機械鎧に予想以上の負荷が掛かっていた。
本当にこれが最後の一撃となることを、その場の誰もが当然のように理解する。
「次などない! 小娘どもが調子に乗るでないわぁぁぁぁぁ!!」
異形の王は魔人を無視して、彼女たちへと向かう。
二人は動けない、当然、王を阻止するのは魔人の役目。
怒りに満ちた唸りを上げ、白亜の魔人が王に飛び掛かる。
だが、それはもうもたれ掛かると言った方が正しい姿だった。
それでも異形の王の脚を絡めとることには成功した。
二体の異形が白い床に勢いよく倒れ込む。
「離せヴァル! 貴様というやつはいつもいつもぉぉぉ!」
「離す、ものかぁ!! クロエ、椿姫!」
忌々し気に、かつ恨めしそうに魔人を乱暴に殴りつける王。
その攻撃を真向から受け止めながら、魔人は王を釘付けにする。
意地でも放してやるか、魔人の覚悟が彼に限界以上の力を引き出させる。
だが、突如として異形の王の体がドロドロに融解していく。
「なッ!?」
一体何が起こったのか、魔人はすぐに頭上を見る。
心臓部は健在、ということはもしかしたら、
「二人とも気を付けろ! 恐らく奴は新しい身体を作るつもりだ!」
魔人はとにかく一心不乱に二人の下へと駆け出す。
融けた王の肉体はヘドロのような不快で気色の悪い感触だった。
だが、そんなことを気にしている余裕は今の魔人にはなかった。
王の狙いは攻撃を阻止する以外ないだろう、そして、最も可能性が高いのはクロエと椿姫を直接攻撃してくること。王が新しい肉体を構築するまでに、彼女たちの下へ急がなければならない。
「いえ、お父様! アレを!」
クロエの声に導かれ、魔人は心臓部のある天井を見上げる。
「――――――」
そこには心臓の姿はなかった。
代わりに見えるのは砲塔のような形をした円柱の構築物だった。
一瞬のうちに心臓部を覆うようにして、砲塔を形成したのだろう。
王は心臓部を護ると同時に、魔人たちを葬ることを思いついたのだ。
砲塔は奇怪な音を立てながら、心臓部と同じ怪しげな光を集束させている。
様々な能力を持った肉体を捨て、そのリソースを砲塔に使ったのだろうか。
発声機能すらなく、感情の起伏も感じられない姿は、最早生物というよりも機械のようだった。これが総てを超越した存在を目指した王の果て。魔人は酷く哀れに思えてならなかった。
〈ヴァルジールさん、貴方も雷の力を! 砲ごと心臓をぶち抜きます!〉
「それでは君の身体が!」
〈言ってる場合ですかこれが!〉
「分かった」
椿姫の覚悟に魔人が応える。
クロエと同じように魔人が矢に力を籠める。
碧く輝いていた矢は血よりも紅く眩い輝きを放つようになる。
〈ぐぅっ!〉
「椿姫ちゃん!」
〈続けて下さい!〉
それは椿姫の痩せ我慢だった。
彼女の身体には凄まじい負荷が掛かっていた。
先程の発射した時のものとは比較にならないほどの。
その事を証明するように、機械鎧が絶えず軋む音を立てている。
ただでさえ過剰な負荷が掛かっていた鎧に、今までよりも強い力が掛かっているのだから、当然と言えば当然のことだった。最早、椿姫の限界を超えた気力によって保っていると言っても過言ではない。
〈…………!!〉
もっと肩の力を抜いて、相手をよく見なよ――
椿姫の脳裏に何者かが語り掛けてくる。
しかし、敵意は感じない。むしろ優し気で落ち着く声音だった。
何処かで聞いたことがあるような気もするが、きっと気のせいだろう。
(誰なんですか)
そんなことはどうでもいいじゃないか。とにかく、落ち着きなよ――
どこか茶目っ気を感じさせる声が、椿姫に冷静さを取り戻させる。
声に従って、椿姫は砲塔を見る。ギラギラと輝く光が目に入った。
アレを射貫き、心臓部を貫かなければならない。
大丈夫、君にならできるさ。何たって僕の親友の仲間なんだから――
(貴方は……)
見るべき場所が分かった気がした。
「椿姫、今だ!」
〈届けええええええええええええええええ!!!!〉
「いっけえええええええええええええええええ!!」
臨界点に達した力が解き放たれる。
彼らの声に呼応するように、紅い光が一際強く輝いた。
それと同時に砲から凄まじい熱エネルギーが放出された。
だが、紅き矢は巨大なエネルギーの奔流に押し負けない。
それは矢の力が砲を上回っているだけではできないことだ。
思いの力、というのは少し安直だが、この状況を表すにはこれが最も適していることも確かだった。機械のように成り果てた王に対抗しうる力は、勝利と平和を望む心だったのだ。様々な人々の思いを乗せて矢は勢いを増しながら飛ぶ。
「これで、……終わりだッ!」
「――――――――――――――――!!!!」
異形の断末魔とともに、眩い太陽の光が差しこんでくる。
それはまるで白いキャンバスに描かれたもののようで現実感がない。
いや、逆だろうか。ようやく、彼らは自分たちの現実を取り戻したのだ。
全ての戦いの終わりを告げるように、白樹はその形を徐々に崩していった。
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