episode白
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「眠れないのかしら?」
「…………」
「仕方がないわ。あの戦いが終わって日が浅いもの」
ミラジオユスフェリエにある、霊廟の森と呼ばれる森。
その奥深くにある美しい湖の近くに、寄り添う二つの影があった。
一方は翼や尻尾がある異形の影、もう一方は人間の形をしている。
「何故、私たちの味方をしてくれたの?」
「……君と出会って、私は自分の戦う意味が分からなくなった」
この闇夜よりも深い黒色の身体を持つ、漆黒の竜人が口を開く。
月明りを反射する湖に映る竜人の顔は、何処か淋し気に見えた。
「“王”は……友は何故ヒトを、いや、他の種族を弾圧しようとしたのか。私は君に会うまでそんなことを気にも留めなかった。ただ、友が言うままに戦う傀儡だった」
悲しそうに言う竜人の頭を、隣にいた白髪の美女が抱き寄せる。
彼は抵抗することなく、彼女に抱き寄せられるがままになった。
しばらく沈黙が続いた後、竜人が再び言葉を紡ぐ。
「君が止めてくれなければ、私はもっと多くの命を奪っていただろう」
「そんなことはないわ。きっと、きっと貴方は自分を止められたはず」
「君に出会うことが出来て、本当に良かった。本当に……」
「無理しなくてもいいのよ。泣きたければ泣けばいいのよ」
立派な黒い龍鱗に覆われた頭を、女は丁寧にゆっくりと撫でつける。
ゴロゴロと猛獣のような、いや、それ以上の喉を鳴らす音が森に響く。
「友を殺すことが、こんなにも辛いとは思わなかった。私に怯えることなく、対等に接してくれる数少ない存在だったのに……。群れることの充足感を教えてくれた、初めての存在だったのに。この手で、殺してしまった」
「うん……うん……」
「アリシア、私と一緒にいてくれ」
彼女は相槌を撃ちながら、ずっと竜人の頭を撫でていた。
底なしの沼に足を取られたように、竜人は白髪の女に抱き着く。
そして、何時の間にか竜人は泥のように眠りについてしまった。
「ありがとう、私たちの命を救ってくれて」
女は竜人の頭を膝に乗せながら、鏡のような湖を眺め、呟く。
「貴方はこの言葉を聞いても嬉しくないでしょうから、貴方が起きている時は絶対言わないけど。私は貴方に、本当に感謝しているのよ。きっと皆そう。貴方に感謝してる」
とても優し気な、鈴の音のような声が辺りに響く。
彼女は慈しみが溢れる顔で、眠る龍の頭を撫でる。
「もし他の誰が貴方を責めても、私は貴方を守ってあげる」
彼女の表情は子を見守る母のようでもあった。
眠る子に子守唄を聞かせるように、女は言葉を紡ぎ続ける。
「ずっと、ずっと一緒にいてあげる。……こんなこと、アザレアさんに聞かれたら妬かれるかしら。まあ、彼女には一番を譲ってあげるわ」
くすりと悪戯な笑みを浮かべる。
とても蠱惑的で美しい表情だった。
「だから貴方も、ずっと私の傍にいて欲しい」
途端に悲し気な、懇願するような顔になる。
それもまた、何者をも魅了する何かがあった。
「もし貴方が何処かへ消えてしまったら、辛いわ。心が壊れるかもしれない」
女は膝に乗せた竜人の頭を抱いた。
彼を何処にも行かせないように。
何があっても離さないように。
「だから、必ず探し出すわ。たとえそこが地獄でも、連れ帰って見せるわ」
揺れる瞳には、確かな覚悟があった。
冗談など言っているようには見えない。
「貴方が死ぬ時は、私が死ぬ時。私が死ぬ時は、貴方が死ぬ時。ずっと一緒よ」
呪文のように、彼女は唱える。
「怖いかしら。……だから貴方が起きている時は、決して言わないわ」
再び悪戯な笑みを浮かべた。
「幸せになりましょう?」
彼女は青白い月を見上げてそう言った。
「きっと私たちなら、幸せになれるわ」
と言い終え掛けて、
「いえ、ならなくちゃいけないのよ」
などと言い加える。
「子どもの名前は何にしようかしら、……なんて。私一人が考えることじゃないわよね。貴方と一緒に考えることだわ。生まれた子はどんな子になるかしら」
輝かしい未来を浮かべながら、彼女は竜人の隣に寝る。
「愛しているわ。【ヴァルジール】」
そう言って、彼女は瞳を閉じた。
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