episode8-3
午前一一時三九分。滝山市某所にある水戸公園にて。
そこではサイレンの音が響き渡り、人々があちらこちらでせわしなく動いている。
少し離れた場所で、濡れたベンチに腰を掛け目を押さえている隆一と、申し訳なさそうな顔をした柳沼がその前に立つ姿があった。
「本当に……すまなかった」
「……それよりも、木島について貴方は何を知っているんです?」
「彼は、私の遠い子孫なんだ。……遠い遠い、ね」
自嘲するような表情で柳沼が言う。
そんな彼を気にしている余裕が今の隆一にはなく、次なる質問を投げかける。
「さっき去り際に椿姫が言ってましたけど、山羊野郎……木島は、貴方を狙っていたらしいですね? 何故、木島が遠い先祖である貴方を狙うんですか?」
「今、考えられるのは一つしかない」
聞いた隆一自身も、一つ、いや、一人思い当たる人物がいた。
「【幻相】……ですか?」
「……ああ」
雨の中、木島の瞳の色が確かに青色に見えた。
アレが【幻相】によるものなのか、確かな証拠もなければ、確信も持てなかったが、ふと、隆一の頭に気味の悪いにやけ面が思い浮かんだのだ。
「やっぱり、【六柱】の裏切りモノの貴方を殺すためですか」
何時になく、隆一の言葉に棘が含まれる。
「そうだろうね。全く、趣味の悪いことをするものだ」
柳沼は冷静な態度に見えたが、その手は握り拳を作り、微かに震えている。
「俺は木島を助けたい。アイツも、大切な友達の一人だから」
「……ありがとう。私の子孫は、とてもいい友人を持ったようだ」
柳沼の口角がやや吊り上がり、目が細まる。
だが、隆一の表情は優れないまま、柳沼に鋭い視線を浴びせている。
「柳沼さん、木島を助ける方法……知っているんですよね? 教えてください」
しかし、隆一の質問に対する答えは出てこない。
柳沼は押し黙ったまま、ただ申し訳ないといった顔を浮かべるだけだった。
その表情から、隆一は柳沼が言わんとすることを理解してしまった。
「分かりました。俺は俺で、やれることをしてみます」
「……すまない。私に力になれる情報を知っていれば良かったんだが」
「いえ、大丈夫です。当てがありますから」
「それって……。あの子のことかい?」
「あの子、竜ヶ森の事ですか? ……違いますよ。それに柳沼さん、やっぱり知っていたんですね。竜ヶ森があっちの世界の住人だったって」
「すまない」
「良いんです。俺だって、こんな話をいつ切り出されたって、信じられたとは思えませんから。それに、俺は柳沼さんが悪意で黙ってたとは思いません」
「すまない……! そして、ありがとう」
午後一時四八分。滝上重工、別棟の理事室にて。
そこでは強面の男が一目見て高級品だと分かるデスクに座り、タブレットに表示された資料に目を通している。それに対面する形で、仏像のような顔をした男が背筋を伸ばした状態で会話していた。
「新しい山羊のような見た目をした幻獣は、やはり例の洋館に?」
「はい、やはり例の洋館が潜伏場所と見て間違いないと思われます」
「ふむ、では引き続き、装甲機動隊の方には準備をしてもらうとするか」
「分かりました。それでは私たち三班は監視を続けます。それでは」
そう言い終えると礼をして、仏像顔はドアの方へと向かっていく。
「頼む」
「それと」
仏顔の男が振り向きざまに、
「息子さん……隆一君のこと、どうされるおつもりで?」
「……これは家庭の問題だ。私が何とかする」
「定期的に敵と接触しているようですが、これも家庭の問題であると?」
「そうだ」
「……そう、ですか」
含みのある言い方をしつつ、仏顔は理事室を後にした。
ドアが閉まる子気味の良い音が鳴るとともに、残された強面の男、滝上隆源はため息を吐いた。そして、デスクに置いてある写真立てを手に取る。
「隆一、お前は今、何をしようとしているんだ」
隆源の目に映っているのは、隆一が小学校に入学した時に撮影した家族写真。
四人全員で撮った時の事は今でもよく覚えている。慣れないカメラを使い、やんちゃだった頃の椿姫を必死に宥め、遠くのクレープ屋に夢中になっていた隆一をカメラ目線にさせるのに非常に苦労した。美冬は普段と違い、終始にこやかに笑っているだけで、慌てる私を見ているだけだった――――
「……信じているぞ、隆一」
同時刻、風切家の居間にて。
「で、妾たちの力が借りたいと?」
「…………借りたいと言うのね?」
「はい、左様でございます。私めの友人を救うために何卒お力添えを……!」
隆一は【水龍】と白髪の女に土下座をしながら助けを乞う。
【水龍】と白髪の女は顔を見合わせながら、何やら話し合った後、隆一を見る。
「その変に畏まった喋りはどうかと思うが……まあよい。貸してやらんでもない」
「一度力を貸すと決めた以上、力を貸すのは当然のことね」
両者は一様に頷きながら了承する。
「……とは言うものの、私は何をしたら良いのかしら。こっちで派手な動きをするわけにもいかないし。それに、宏実に留守番を頼まれているわ」
「ああ、そうじゃったなあ。仕方ない、隆一の友人とやらは妾に任せるがよい」
とん、と張った胸を叩く【水龍】。
隆一はその姿に何時にも増して頼もしさを覚える。
「木島がどこにいるか分かったりしませんかね?」
「木島とやらかどうかは分からんが、【幻相】が新しい駒を手に入れたと聞いた。お主や【聖賢】が同意見だと言うのから、取り敢えず、その新しい駒が木島だとしよう」
そう言うと【水龍】は麦茶を口にして、はあ、と息を吐く。
やけに歳を感じさせる行動だが、隆一は突っ込まない。
「となると、目ぼしい場所は例の館じゃろうな」
「例の館?」
「うむ、街の外れにある山の中の館じゃ」
【水龍】の頷きに合わせて、風鈴が耳障りの良い音を鳴らす。
「妾が知る限り、【幻相】が使える場所はもうそこしかない。そこならば、獣一匹を置いておくくらい造作もないし、アヤツは駒は手元に置いておくタイプじゃ。さらに、そこでは攫った人間を実験に使っておるらしくてな。恐らくじゃが、そこで木島とやらも実験台となって、【聖賢】の血を目覚めさせられてしまったのであろう」
ふと、隆一は花咲が言っていた、別動の班が敵の潜伏地点を見つけた、という話を思い出した。そして同時に、もしも【水龍】が言う場所と別動班が見つけた場所が同じで、そこに木島がいるのなら、敵として処理されてしまうのではないか、そう考えてしまった。
隆一が唸っている間に、白髪の女が口を開いた。
「私の力を使えば、そんな細かい説明なんて要らないんじゃないかしら?」
「敵の懐に入るというのだから、大まかな説明も必要であろう」
「それもそうね」
納得といった様子で、白髪の女も麦茶を口に含む。
相変わらず風鈴は鳴っていて、室内に吹いてくる熱風を和らげてくれる。
「そこには竜ヶ森もいたり?」
「おお、察しが良いな。【幻相】があやつと妾を呼びつけた理由は、恐らく、自身の護衛か、館の警備のためであろう。そうなると、その館には少なくとも【幻相】、【雷姫】、【聖賢(子孫)】がいることになる。加えて、【幻相】の協力者もおるじゃろうな」
「それって、かなり、やばくないか?」
「かなり、やばいぞ」
「やばいわね」
隆一は頭を抱えながら、畳に頭を打ち付ける。
その奇行によって【水龍】と白髪の女は、彼から僅かに距離を取った。
「どうすりゃいい?」
「どうするも何も、取り敢えずは館に入り込んでみるしかないのではないかの? そういうのを、こう、なんと言うんじゃったかの?」
「虎穴に入らずんば虎子を得ず、だったはずよ」
「おぉう、それじゃそれじゃ。賢いのう~」
「ふふっ、時々人間が迷い込んでくることがあったから、これくらいわね」
ふんす、と鼻息を荒くして胸を張る白髪の女。
そんな彼女を【水龍】はぱたぱたと持っていた扇子で扇ぐ。
目の前の光景によって隆一は再び頭を抱え、仕舞いには唸り始めた。
「簡単に言うなよなあ……」
「お主、友を救いたいのであろう? ならばそれくらいのことはせい」
「ヴァルは友達が攫われた時、真っ先に助けに言っていたわ」
「あの黒猫がマタタビなんぞに釣られなければ、あんな苦労せなんだがのう」
と、未亡人二人は遠い目をしながらぼやく。
「あのー昔話に話を咲かせるのは良いんですが、出来の悪い私に知恵をば」
「知恵と言われてものう。頭脳労働は基本的に他のモノに投げておったし」
「私もそういうのはあんまり……」
そう言いつつ、白髪の女は机の端に置いてあったテレビのリモコンを手に取り、電源と書かれたボタンを押した。間を開けず、薄型四六インチのテレビに電源が入る。画面には二〇年以上も昔に放映されていた映画が映っている。
見る限りジャンルは、コメディタッチのスパイモノ、と言ったところだろう。
そして、何気なくシーンを眺めていた隆一が、急にはっとした顔になって叫ぶ。
「……これだ!」
「ええ?」
「ふふっ」
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