episode 焔
episode 焔
陽光が真上で照り付ける頃。
約六万の観客が放つ、膨大な熱気と狂喜の歓声に満ち溢れた、石造りの円形の闘技場。その中心に一柱の異形がいた。
百の貌を持ち、万の種族を統べる至高の“王”に仕える【幻祖六柱】。
そして、この闘技場にて行われる、彼のモノ達に加わるべきモノを“王”が選出するための祭典『幻武闘技祭』。
ミラジオ・ユスフェリエの戦士であるならば、その名前を知らぬモノはいない、誰しもが一度は夢見る舞台である。戦いに生きてきたモノたちの頂点、あらゆる武の頂きに立つ【幻祖六柱】と全身全霊を掛けた戦いを行えることは、この世に生きる戦士として至上の喜びであり、誉れ。そして、己の力の証明になる。
同じ場所に立つことを夢見てきたモノ達を退け、彼はついにこの時、この舞台に立った。
今、彼の胸はこの場に立てたことによる感動と達成感、そしてこれから来る強者との戦いへの期待と高揚感で満ち溢れている。
それも束の間、司会を務めるモノが声高に、観客、そして彼に向けて喋りはじめた。
「数々の競争相手を下し! “王”に願いを伝える権利を得たのは! 圧倒的な気迫と何者をも焼き尽くす炎を身に纏い! 巧みに身の丈と同じ大きさの長剣を扱う! ライオファル族のグランザだ! さあ、強者の頂に立った若者よ! 君は一体何を望む? 金か! 女か! それとも権力か!」
『幻武闘技祭』で最後まで勝ち抜いたモノは、【幻祖六柱】へ名を連ねることになり、それと同時に“王”へ願いを叶えてもらう権利が与えられる。無論、それは“王”が叶えられるものに限る。
「……」
鎧に纏わりついた火の粉を払いながら、グランザは頭上の玉座に座る“王”を見やる。
それは、願いなど初めから決まっていると言っているように見えた。
グランザの願いはただ一つ。【幻祖六柱】との一対一の果たし合いである。
【幻祖六柱】は現在、欠員を除いて五体。
果てしない時、王に仕えてきた老巧の賢人にして、古城の悪魔と恐れられる実力を持つ黒山羊の悪魔、【聖賢】。
異界とこの世を結ぶ力を持ち、風を巧みに操ることに長け、ヒトの身でありながら【六柱】に名を連ねる【風開】。
何者をも寄せつけぬ甲殻を身に纏い、体内から作り出す毒を塗った剣を用いて戦う、蠍の異形、【堅剛】。
この世の上位の種族であり、圧倒的な力で大海を統べる龍の一体、【水龍】。
そして、最後の一柱。
【幻祖六柱】最強と謳われる、【水龍】をも凌ぐ力を持った雷の龍、【雷龍】。
そして、武を極めるために数多くの修練を行い、多くの競争相手と死闘を繰り広げてきたグランザにとって選ぶ相手など一人しかいなかった。
「ミラジオの戦士として! この戦いに勝ち残ったモノとして! 我が望むはただ一つ! 【幻祖六柱】における最強の一柱、【雷龍】のみである!」
グランザの雄々しき声が闘技場に響き渡り、その声を聞いた誰もが唖然として声を出すことを忘れた。
それは仕方のないことであり、必然とも言えるだろう。
【幻祖六柱】は“王”が統治する国の絶対的な力の象徴とも呼ぶべきモノであり、その最強と言われる【雷龍】は“王”に勝るとも劣らない実力である。
事実、【雷龍】が【幻祖六柱】に入る遥か昔は、地形を変化させるほどに暴れまわっていたという伝説が残っており、ミラジオに住むモノたちには【雷龍】に対する恐怖や畏怖が刷り込まれているといってもいい。
そんな異形の中の異形と戦って五体満足でいられるのだろうか。
しかし、すぐに民は再び熱を取り戻し始めた。【六柱】の最強、【雷龍】の力をこの目で見たいと。自身に向けられることのない絶対的な恐怖を味わいたいと。民衆は取りつかれたように雄叫びを上げ始める。
観衆が騒ぎ立てている中、【幻祖六柱】に与えられた席で、闘技場の中心にいる炎の鬣を持つ異形の民を見下ろす幾つもの視線があった。その中でも、漆黒の肉体を持つ翼の生えた悪魔、いや、竜人とも言うべきモノが異様な存在感を放っている。しかし、その雰囲気を台無しにするように、竜人の肩には、青い目を持つ黒猫が座っている。
『へえ……キミに戦いを挑むだなんて随分と命知らずだねえ』
黒猫は肩で毛繕いをしながら、テレパシーのように竜人に話しかけた。
竜人は瞳を閉じ、何かを思案した後、口を開く。
「……奴は相当な手練れだ」
『はあ、キミは相変わらず無愛想というか、口下手というか。結構な時間をとって出た言葉がそれだけなんだ……。もう少し会話力を鍛えた方が良いと思うよ。勿論、キミの考えてものを言うところは長所だと思うけどね』
黒猫は少し引き気味な笑いを浮かべながら、竜人を褒める。無理しながら言葉を選んでいるのは、誰の眼にも明らかである。竜人を除いて。
「貴様、畜生の分際で我が番にそのような口を利くとは、余程命が捨てたいように見える。何か申し開きはあるかの? 遺言を言うくらいの時間はやるぞ」
古めかしい言葉を放ったのは、青色の独特な装束を身に纏う、見目麗しい美女であった。そのこめかみには血管が浮いており、怒っているのが見て取れる。その字名は【水龍】。
『ああ、煩い婆がいたのを忘れていた』
「よし、手討ち、手討ちじゃ。遺言を言う時間すら与えん!」
【水龍】が右手に水の刃を創り出し、竜人の肩に乗った黒猫の首に添えた。しかし、当事者である黒猫も、すぐそばに刃を向けられている竜人も全く動じていない。
黒猫に至っては【水龍】を煽るかのように毛繕いを続けている。
その黒猫の様子に、【水龍】は更に腹を立て、その刃を振り下ろそうとする。
そこへ、
「まあ、まあその辺にしようじゃあないか。【六柱】たるもの気が短くてはいけないよ。これでは民に示しが付かない、そうだろう?」
落ち着いた様子で【水龍】を宥めたのは、黒い山羊の角を持つ悪魔。字名は【聖賢】。この【幻祖六柱】の取り纏め役を担っているモノでもある。
「はあ、興覚めじゃ。命拾いしたな、“青目”」
【水龍】は承服した顔にはならなかったが、興奮が冷めたといった様子になった。
それと同時に刃も降ろす。すぐに刃は崩れ去って、石造りの白い床に水溜りを作る。
【水龍】は濡れた手を振り、水気を抜いた。そして、不遜な態度で自身に用意された椅子に座り、肘掛けに置いた手で顎を支える。
「良かった、この神聖な祭典に無駄な血を流したくはないからね」
【聖賢】は苦笑を浮かべており、内心で【水龍】の短気に辟易していることは明白である。ついていないため息すら聞こえてきそうだ。
「……そろそろ、下に降りた方が良いのだろうか」
『んーそうだねえ。随分と盛り上がっているようだし、あーほら、“王様”も何か言ってるよ。民衆の歓声が罵声に変わる前にさ、行ってきなよ』
「ふむ、そうだな」
肩から猫を降ろすと、漆黒の竜人は一歩へ出て、柵に足を掛ける。闘技場に吹き込む風が血の匂いを乗せ、竜人の頬を撫でる。そして、黒き龍は勢いを付けて飛び降りた。
「来たか……!」
静寂に呑まれた闘技場の中心に、何物にも染まらない漆黒の身体を持ち、何者をも威圧する、一頭の至大な龍が降り立った。
その偉大な姿を見たモノたちの歓声が一際強いものへと変わる。
唖然としていた司会も大声で話し始めたが、全く耳に入ってこない。
グランザはただ目の前の強大な存在に視覚、聴覚、嗅覚、触覚を刺激され、心奪われた。心が躍り、戦いの時を今か今かと待ちわびる。
漆黒の龍は紅い瞳を輝かせ、グランザに向けて話し掛けた。
「貴様の戦い、ずっと見ていた……。中々、興味深い戦いだった。特にその剣捌き」
「それは光栄だ。【六柱】の最強と名高い貴方にそこまで言ってもらえるとは、我が剣の師もお喜びになるだろう。私もここまで研鑽を積んできた甲斐があるというもの」
「……そうか。お互い死なない程度に力を尽くそう。この祭典は血は流しても、命は奪わないのが決まりだからな」
「分かっている、私もそこまで愚かではない。では、」
「ああ」
二体は視線を交わすと構えを取った。
観客も二体の雰囲気に中てられ、闘技場内が静まり返る。
「始めええええええええええええええい!」
司会の掛け声とともに、戦いの始まりを告げる鐘が鳴り響いた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます