Another Face
蔵居海洋
Episode0 異形の獣/白き魔人
episodeO いつかのどこか
満月が爛々と輝く夜。
〈待てえええええええ!!〉
人気のない公園でナニカを追いながらスピーカー越しに叫ぶ女性の声、10代半ば、思春期特有の高い声だ。だが、その声を発しているのはどう見ても女には見えない、そして人の肌を持ってもいない、藍色の鉄の鎧であった。
「—————!!」
また、追われているものも、人の姿を為しておらず、蜘蛛のような外見をしているが、その体躯は人のそれか、もしくは少し上回るくらいの大きさであった。ソレは公園の木々を縦横無尽に飛び移り、藍色の追っ手から逃げ回る。声も人のそれではなく獣、いや、人智を超えた怪物のそれであった。
『滝上! 作戦範囲はこの場所だけだ! 絶対に奴をこの公園から逃がすなよ!!』
初老の男性の声だった。その声にはかなりの焦りが含まれており、藍色の鎧に身を包んでいる人物に対して、大声で捲し立てている。
〈解ってます! ちぃっ! 逃がすかあああああ!!! 〉
藍色の左腕から手のひら程サイズのロケットが放たれ、後ろに取り付けられたワイヤーを牽引する。ロケットは公園の敷地を出ようとする異形の胴体の周りをぐるりと周ってワイヤーを巻きつかせる。
鋼鉄の鎧はその怪力でもって異形を地面に叩きつけ、逃走を強制的に止めた。
〈捕まえたっ!!〉
「—————————!!」
異形は口内で唾液の糸を引かせながら叫び、反転して藍色の鉄塊に向かう。
その俊敏な動きに鉄の少女は反応することが出来ず、異形の体躯が放つ体当たりをまともに受けてしまった。
蜘蛛の怪異は左右の腕で鎧の首部分を掴み、背中から生えた別の四つの腕で鎧の胴体を何度も殴打する。
〈くうう!!〉
窒息は装甲によって防がれているが、車がぶつかってきたような衝撃が連続して鎧内の少女の身体を揺さぶる。視界を覆うモニターは危険だという表示で覆い尽くされ、ダメージを受けている箇所が映される。
〈ああもう! 邪魔ぁ! ブレード展開!〉
そう言うと音声認識機能により、鎧の右腕の装甲が剥がれ落ち、長さ八〇センチの刀身が展開されていく。
甲高い音を上げて振動する黒い刃を自身を殴りつける異形の腕に、叩きつけるかのように振り下ろした。
「—————————!!」
怪物の腕は血とも呼べぬ透明な液体を吹き流しながら切断されていく。
その痛みに異形は苦悶の叫びを上げて、藍色の鎧の身体を渾身の力で突き飛ばした。
〈うっ!!〉
怪物は鎧の一五〇キロは優に超える体を一〇メートル程突き飛ばし、距離を取る。
鎧が落ちた衝撃で、公園のレンガ造りの地面が粉々に割れ、砂埃が舞う。
「———....!」
背中にある四つのまばらな長さに切断された腕が地面にぼとぼとと落ち、地面に溶けていく。そして、異形から白い蒸気が吹き出ると、背中から新たな腕が深いな湿り気と糸を帯びながら生えてきた。
『椿姫ちゃん! 第三種火器の使用許可が下りたわ!』
頭部装甲内に女性の声が響き渡る。
その言葉とともに態勢を直すと、鎧の右腿に固定されていた短機関銃を異形に向けて連射する。
重い破裂が公園内に轟き、異形の身体を穿つ。
「—————」
やったか? ——少女は悲鳴をあげる異形の姿を見て、心の内で問う。
「——」
ニヤリと化物の顔が不快や笑みを浮かべたように見えた。
「ア゛ア゛ア゛ァァァァァァァァ!!」
先程までとは違う叫びを放ち、異形は自身の両手で口元を隠した。
〈やばい!〉
危険を察知した鎧はすぐさま回避しようと動こうとするが、相手の方が早かった。
口元から手を離した蜘蛛の異形の口からは白い糸を吐き出され、藍色の鉄塊を地面に固定し、身動きを取れなくした。
「——」
再び怪物は怖気が走るような破顔を少女に向け、じわじわと距離を詰めていく。
藍色の鎧の目の前に着くまでにそう長い時間はかからなかった。
異形は不快な顔貌をこれでもかと歪めて腕を上げ、それを振り下ろす。当たれば、少女の命を絶やすことなど造作もない。
だが、
それは異形の身体が蹴り飛ばされたことによって、阻止される。
「遅くなって悪い!」
目の前には地面に着地した態勢のまま鎧に向かって謝る、制服姿で苦笑いを浮かべる青年がいた。
〈兄さん遅い!〉
少女はスピーカーによって増幅した爆音を青年に浴びせる。その声は少し涙ぐんでいる。
「いや、ほんと悪かったって」
青年は話しつつ、蜘蛛の異形を睨み、制服の内ポケットから灰色の無地の注射器を取り出した。
「まあ、取り敢えずはアレをなんとかしてから話すか」
青年は注射器を自身の左腕に当てると、中の液体を流し込んだ。すると、青年の身体を黒い雲が渦を巻きながら包んでいく。
雲は青白い稲妻を帯び、周囲に爆音を轟かせ、地面を大量の水で濡らした。
程なくして、雲が晴れ、その内部にいるモノの姿が露わになる。
そこに青年の姿はなく、
「…………」
白い魔人は端然とそこにいた。
その全身は白い甲殻で覆われ、西洋の甲冑を思わせる姿をしている。だが、着込んでいるというよりは、巻き付き、締め上げているといった方がいいだろう。
外敵から身を守ると同時に内側に食い込み、痛めつけながら縛る鎖にも見える。
「—————!!」
目の前に現れた新たな敵に、蜘蛛の怪異は口から飛沫を立てながら威嚇する。
「…………」
魔人は異形に向かって悠然と歩く。だが、そこに相手を逃がすという隙は一片もない。まっすぐに目標を見据え進んでいく。
「ア゛ア゛ア゛ァァァァァァ!!」
目の前の敵に対し、再び糸を放射する異形。だが、魔人はそれを身体を少し逸らすことで容易く回避した。
じりじりと縮まっていく両者の距離。
異形は森の中に入り、自身にとって有利な環境に誘い込む。
その誘いに乗り、魔人もその森へと入っていく。
森の中は薄暗く、月の明かりが僅かに足元を照らすのみ。
「……——」
異形の小さな荒い息遣いが魔人の背後を通り過ぎる。
魔人は振り返るがそこにはただ鬱蒼と茂る木々だけ。
「——……」
再び元の向いていた方へ向き直す魔人だったが、結果は先程と同じ。
次は後ろか、それとも右か? 左か?
「————!!」
上空からであった。木々から勢いよく雄叫びを上げて、魔人目掛けて飛び降りてくる。
異形は勝利を確信し、その顔を再び歪めた。口内に糸を引かせながら、大口を開ける。
しかし、
「.........」
魔人は全く動じることはなかった。露出した左眼を煌々と紅く輝かせ、目の前の異形を冷静に見据えている。
「……!!」
魔人の首から左腕にかけて夥しい雷が奔る。それは爆音を轟かせながら刃を形成し、魔人は迫り来る敵を迎え撃つように構え、ただ待つ。
異形は他の木々に飛び移ろうと糸を放とうとするが遅かった。
雷の刃は異形の身体を縦に焼き切り、地面に二つの肉塊が崩れ落ちた。
再び、公園を静寂が包む。
「今回は本当にすいませんでした!」
青年は公園内に停まる黒いトレーラーの前で黒いインナースーツの格好の少女に手を合わせて謝っている。
「もういいです。で、なんで遅れたんです?」
少女は不貞腐れたような顔で青年に問う。
「えっと、それは……」
「どうせ、あの人と楽しく話してましたーとか言うんですよね?」
「いや、そんなことは! ただ重い物を持っていたから手伝ってあげただけ……さー」
その目は遠く黒い空を泳いでいる。
「兄妹喧嘩は家でやりなさい」
後ろから頭頂部の薄くなった中年の男が二人に対して小言を言ってきた。
「……はい」
二人は頭を下げて謝る。
しばらくして、二人の男女は支度を済ませて同じ方向へと言い合いをしながら帰って行った。
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