騒動の後で

 教会の鐘の音が辺りに響き渡る。


「ユキ、今日のお前は一段と綺麗だな」


 花咲きさんが直球でそんなことを言ってくるので照れてしまう。


「ヴィンセントさんだってかっこいいですよ」


 白いタキシード姿の花咲きさんを褒めると、彼は目を細めて私の髪を撫でてくれた。


「さあ、花嫁のお披露目と行こうではないか」



 扉を開けると、外で待っていた大勢の人達が私達を祝福してくれる。どこからか囃し立てるような口笛も。

 その中にはレオンさんにクロードさん、マスターやイライザさんにミーシャ君。お店の常連のお客さんの姿もある。

 今日は私と花咲きさんの結婚式なのだ。

 当初はプロポーズのすぐ後にでも、という空気だったのだが、うなじの聖印が誰かに見られてはまずいという事で、花咲きさんの髪が伸びるまで待つことになったのだ。

 やっと元通りの花咲さんになって、今日の日を迎えられた事に少し笑みが漏れる。


「どうかしたのか? 我輩の格好がどこかおかしいか?」


 不思議そうな花咲さんに私は慌てて首を振る。


「いえ、幸せだなあって思ったら、つい笑みが収まらなくて」

「そういう事なら我輩も同じだ」


 風の噂できいたところによると、あれからジーンさんはお城を離れ、辺境の地で帝王学を学び直すらしい。あの俺様気質も収まってくれると良いんだけど。


 そんな事を考えていると、レオンさん達の近くに来た。


「ユキさん。おめでとうございます。そのドレス、とても似合ってますよ」


 祝福の言葉を述べてくれるクロードさんとは反対に


「馬子にも衣裳ってとこだな。まあ、とりあえずおめでとさんと言っておくか」


 もう、相変わらず素直じゃないなあ。

 私は自らの生花のティアラを外すと、素早くレオンさんの頭に被せる。


「ちょ、なにすんだお前」

「何って、幸運のティアラです。とってもよく似合ってますよ」

「こういうのは女がつけるもんだろ……」


 ぶつくさと文句を言いながらも、そのままティアラを外さないでいてくれた。

 次はミーシャ君だ。


「ユキさん、すごく奇麗です!」


 なぜかちょっと涙目で、花咲きさんに詰め寄る。


「ヴィンセントさん! ユキさんの事、絶対に幸せにしてくださいね! 約束ですよ!」

「ああ、勿論だ。任せておけ」


 花咲きさんの言葉に、ミーシャ君はごしごしと自分の目元を拭った。

 もしかして、泣いてるのかな。私の幸せのために泣いてくれるなんて、本当に良い友達を持ったなあ。

 

 更に歩みを進めると、マスターとイライザさん。正装のマスターは、やっぱり首元が窮屈そうだ。


「おうユキ、まさかお前が結婚しちまうとはなあ。店は辞めないんだろ?」

「はい、これからも2号店で働かせてもらう予定です。よろしくお願いします」

「どうせなら3号店や4号店を出せるまで頑張りてえな」


 マスターの野望は意外と大きかった。


「おめでとうユキちゃん。とってもきれいよ。ヴィンセントさん、ユキちゃんの事、よろしくね」


 イライザさんの言葉に、花咲きさんは笑顔で頷いた。

 私はイライザさんに抱き着くと、耳元で囁く。


「イライザさん。あの言葉、本当だったみたいです」

「あの言葉?」

「ほら、『男を掴むなら胃袋を掴め』っていう。私、毎日ヴィンセントさんの好物を作り続けたんです」

「まあ、そうだったの。でもね、ユキちゃん。素敵な旦那様を手に入れることができたのは、それだけじゃないと思うわ」

「他に何かあるんですか?」


 私が身体を離すと、イライザさんはにっこりと微笑む。


「愛よ」


 愛か……。確かにそうだ。愛があったからこそ、私は毎日あの人の好物を作っていたのだ。今までも、そしてこれからも。愛が続く限り、私は毎日カツサンドを作り続けるのだ。

 イライザさんから離れると、私は愛する人の腕にぎゅっとしがみつく。花咲きさんは優しいまなざしを返してくれる。

 これからも続くであろう幸せな生活を夢見ながら、私も精一杯の微笑みを返した。



(完)

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