夜の散歩

「ヴィンセントさん。はぐはぐ」


 私は花咲きさんに抱き着く。

 あれから数日。

 想いが通じ合った今、私は遠慮なく花咲きさんにくっつく事ができる。すると、花咲きさんも抱きしめ返してくれるのだ。しかも額に口づけのおまけつきで。

 はあ、幸せ。


 そんな日が続いたある夜。


「ユキ、散歩に行かないか?」


 夕食も随分前に終わり、後は眠るだけという時、花咲きさんがそんな事を言い出した。


「こんな時間にですか?」

「こんな時間だからこそだ。聖印を誰かに見られる心配もない」


 そういえばそうだった。花咲きさんは髪を切ったあの日から、聖印が人目に触れないようにと、首に包帯を巻いて隠している。まるで「暴れん坊プリンス」に登場する包帯少年のようだ。たまにはそんな窮屈な時間から解放されたいのかもしれない。

 それに夜のお出掛けもなんだか楽しそうだし。と、私は素直に従う事にした。

 歩きながら花咲きさんが私の手をとる。握った手から伝わる体温が心地よくも嬉しい。

 しばらく歩いて着いた場所は、いつかの公園だった。

 当たり前だが誰もいない。街灯もなく真っ暗だ。


「足元に気を付けろ。小石があるからな。我輩の後ろを歩くのだ」


 そんな中、花咲きさんは私の手を引き、迷うことなくどんどん歩いて行く。

 

「着いたぞ」


 暗くてよくわからないが、なんとなく見覚えがある。花咲きさんが似顔絵を描いてくれたあの場所。シロツメクサの花は咲いていないが、ふかふかの葉はいまだ健在だ。


 花咲きさんは唐突にそこに横になる。


「わっ?」


 手を引かれる形で私もその隣に尻餅をつくと、そのまま倒れ込んだ。

 見上げた空には、大量の星々が瞬いている。


「わあ、きれい……」


 まさか、この星空を見るために、こんな時間に散歩を?

 確かにこの見事な星空は一見の価値がある。

 暫く見とれていると、花咲さんが空を指さす。


「あそこを見てみろ。わかるか?」


 花咲きさんの指す先には、ひときわ輝く一つの星が。


「ユキ、あの星をお前にやろう」

「勝手に星を譲渡しちゃって良いんですか?」

「暫く借りるだけだ。いつか画家として名を上げた暁には、お前にはあの星より輝く宝石の嵌った指輪を贈ると誓う。それまではあの星で我慢してくれ」

「わあ、それは楽しみですね」


 くすりと笑うと、花咲きさんが不意に私の肩を抱いた。


「だからユキ、結婚してくれないか」

「え……?」


 け、け、結婚……? 今、結婚って言った?

 それって、もしかしてプロポーズ……?


「……嫌か?」


 若干の不安の色を含んだ花咲きさんの声が聞こえる。


 今が夜でよかった。

 でなければ、私の顔は誰から見ても真っ赤だっただろうから。


「……もう一回言ってください」

「何度でも言おう。ユキ、結婚してくれ」

「……はい」


 私は熱い頬を隠すように、花咲さんの胸に顔を押し当てた。 

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