接触

 翌朝、昨日のメイドさんが、部屋に朝食を運んできてくれた。

 こちらとしてはそのほうが都合が良い。ジーンさんと顔を合わせずに済むから。それに何より、昨晩は結局夕食を採らなかったせいで、私のお腹は空腹感を訴えていた。


 パンにゆで卵、そしてスープの盛り付けられたお皿が、トレイの上に並べられている。パンを少しずつ口に運びながら、私はなるべくさりげなくなるよう切り出した。


「あの、昨日掴まった侵入者ってどうなったんですか?」

「気になられますか? そうですよね。あんな恐ろしい思いをされたんですから。でもご安心ください。今頃は地下牢にでも閉じ込められているはずですよ」

 

 メイドさんが安心させるように笑顔を浮かべるが、私は別の事を考えていた。

 地下牢……そこにもしかすると花咲きさんが捕らわれているかもしれない。どうにかしてそれを確かめられないものだろうか。

 私は咄嗟に朝食の乗ったトレイからナイフを取り上げると、自分の首筋に当てる。


「ユ、ユキ様、一体何を……!」


 慌てふためくメイドさんに、私は素早く告げる。


「しっ。静かに。大きな声を出したり、誰かを呼ぼうとしたら、私はこのナイフで自分を刺します。どんなに切れ味が悪くともナイフはナイフです。力を入れれば首筋くらい切れるでしょう」

「お、落ち着いてくださいユキ様……!」

「私は至って正気ですよ。わかったら地下牢までの行き方を教えてください。あと厨房の場所も」

「そ、そんな……」


 戸惑うメイドさんに、私はナイフを見せつけるようにしながら「早く」と促す。

 

「もしも間違った情報を言ったりなんかしたら、気づいた時点で首をかき切ります」


 更なる脅しにメイドさんは観念したようだ。


「……わかりました」


 という言葉と共にうなだれた。





 メイド服に着替えた私は、そっと扉の外へと出る。この服もメイドさんから拝借したものだ。

 彼女には可哀そうだが、ナプキンで猿ぐつわを噛ませ、引き裂いたシーツをロープ代わりにしてベッドの支柱に縛り付けてきた。これで少しは時間が稼げるだろう。


 私はなるべく目立たないように俯きながら、朝食の乗っていたトレイを手に城内を歩く。表向きは食事の後片付けをしているように見せるために。

 厨房へ着くとトレイを目立たない場所に置き、忙しく立ち回っている見習いらしき少年に声を掛ける。


「あの、果物ナイフを貸して頂けませんか? それと、少しのお酒を」

「あ? ああ、ナイフならそこの棚の中。酒はそっちの棚の中だ」


 言われた通りに棚を開けると、目的のものはそこにあった。


「あんた、見ない顔だな。新入りか?」

「え、ええ、ジーン様の連れてこられた方が亜人なので、亜人同士話が合うのでは、との事で急遽雇われたんです。でも、昨日の侵入者騒ぎで怯えていらしているもので、気付け薬の代わりにお酒を持って行って差し上げようかと」

「ああ、例の……あんたも大変だな。まあ頑張れよ」


 少年は言い置くと、自分の仕事に戻っていった。

 一瞬ぎくりとしたが、どうにか誤魔化せたようだ。どうやら私の顔は、まだみんなに覚えられてはいないみたいだ。その事に安堵しながら果物ナイフとワインの小瓶を携えて地下牢へと向かう。


 けれど、問題はここからだ。牢と言うからには看守がいるはずだ。誤魔化せるだろうか……。

 おそるおそる階段を降りると、鉄格子に隔たれた小部屋がずらりと並ぶ。


「ん? なんだお前。何か用か?」


 屈強な兵士が、私を不審顔でねめつける。私は慌ててワインの小瓶を差し出す。


「これ、差し入れです。牢番も大変だろうという事で、特別にジーン様より言いつかって参りました」

「お、そりゃありがてえ。牢番ってのは退屈で仕方ねえからな。酒でもねえとやってらんねえよ」


 看守は早速ワインの封を開けると、自前であろう金属製のカップに注ぐ。


「あの、ご迷惑でなければ、捕らえられたという侵入者の様子を見ても構いませんか? ジーン様はそれも気にしていらして」

「ああ、構わねえよ。一番奥の部屋にいる。けど、危ねえからあんまり近づくなよ」

「ありがとうございます」


 私は素早くワインの小瓶を取り上げると、看守の頭に思い切り振り下ろした。




 倒れている看守を尻目に、私は足早に牢の奥へと向かう。

 言われた通り、奥の部屋には一人の人物がいた。俯いていて顔は見えないが、若草色の髪を持ち、頭部に白い花を咲かせたっその人は確かに――


「花咲きさん……!」


 私は鉄格子に近づくと鋭く呼びかける。

 顔を上げた花咲きさんが驚いたように


「ユキ……!」


 と声を上げたかと思うと、腕を強く引かれた。

 気づけば私は格子越しに抱きしめられていた。


「逢いたかった……!」


 声を殺して花咲きさんが囁く。


「私も、逢いたかったです」


 私も精一杯腕を伸ばして花咲さんの背に手を回す。

 二人の間を隔てる鉄格子がもどかしかった。


「どうして私がお城にいるってわかったんですか?」

「馬車に王家の紋章が描かれていたからな。そんなものを使用できる者はごく限られている。だが、お前を助けるつもりがへまをしてしまって、この有様だ」


 そうだったんだ。花咲きさんは私のためにこんなことまでして……。


「花咲きさん。ここから逃げましょう」

「逃げる? どうやって?」


 私は倒れている看守の元に戻ると、鍵を探す。

 あれ? 見つからない……? うそ、どうしよう……?


 焦る私の脳裏に、ある事が蘇った。

 もう、鍵を探している時間はない。踵を返すと、花咲きさんのいる部屋の鉄格子に手をかける。

 お願い! 私に魔法の力があるのなら、今こそ力を貸して……! 私は花咲きさんと一緒に、絶対にここから出るんだ! だから、だから――


 その時、手の中で何かが動いたような気配がした。そのままそれぞれ鉄格子を握った手を左右に広げるように動かす。まるで飴細工のような感触。

 気が付けば、両手に握った鉄格子がぐにゃりと曲がっていた。人ひとりは楽に通れるほどに。

 よかった。成功した。

 花咲きさんが驚いたように声を上げる。


「ユキ、お前にはそんな力があったのか……?」

「ええ。普段は制御できないんですけど、今日は上手くいったみたいです。さ、早く行きましょう」

 

 花咲きさんの手を取ると、相変わらず倒れている看守の横を通り過ぎて、地上へと続く階段を上る。

 光が見える。地上へと続く光が。どんどん大きくなる。

 私は希望を胸に、地上へと飛び出した。

 が、その足が弾かれたように止まる。


「やってくれたな。猫娘。危うく取り逃がすところだった」


 そこにいたのはジーンさんと大勢の兵士たち。

 いつのまにか私達はすっかり取り囲まれてしまっていた。

 

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