思いがけない贈り物

「アラン先生。今回の『暴れん坊プリンス』もなかなか好評でしたよ。悪人退治一辺倒だけでなく、内政方面に切り込んで来たのが新鮮です。特にこの庶民からの意見を広く募集するという『目安箱』。良いですねえ。この国にもあれば最高なのに」


 お昼休みを利用してマリー出版を訪れると、レーナさんが私の新作を褒めてくれる。元は私のアイディアではないから、多少気がひけるのだが……。まあ、細かいことは気にしないでおこう。ここは異世界なんだし。


「それに今までになかったミステリー要素まで。まさか被害者を刺殺した凶器が、凍ったイカだなんて思いもしませんでしたよ。犯人の『死してなお外反母趾がいはんぼしの痛みに苦しむが良い』っていう台詞も狂気に溢れてて」

「そ、そうですか……」

「その事件を解決する王子が、また格好よくて最高です!」

「それはなにより……」


 正直なところ、王子様御一行が普通に悪徳貴族を成敗するパターンはネタ切れを起こしかけていた。毎回同じような展開でも飽きられるかもしれないし。

 そう考えていつもと違った展開を取り入れてみたのだが、どうやら好評だったようだ。


「この調子で次回作もお願いしますね! これは今回の報酬です。ヴィンセントさんにもお渡しください」


 そう言って皮の袋を渡される。


「それにしても珍しいですね。著者と挿絵画家が報酬を完全折半だなんて。これだけ売れている作品なら、普通は著作者の方が取り分は多くなるものですけど」


 そうなのだ。私と花咲きさんは、本が売れる事で得た報酬を平等に分配している。だって、花咲きさんが苦労して挿絵を描いている事を知っているから。時には徹夜までして。そんな姿を目の当たりにしては、私だけが多くお金を貰うだなんてとてもできない。

 花咲きさん本人は「気にせずとも良いのに」などと言っているが。


 けれど、そんな説明をレーナさんにしても仕方がないだろう。私は笑って誤魔化すと、出版社を後にした。




「ただいま戻りましたー」


 銀のうさぎ亭二号店へと戻ると、いつものようにユージーンさんが来ていた。

 私の姿を見るなり


「遅かったな、猫娘」


 と、隣の椅子に置いてあった何かを差し出して来た。

 見ればそれは、大量の真っ赤なバラの花束。私にぐいぐいと押し付けてくるので、思わず受け取ってしまった。


「なんですかこの花束。何かあったんですか?」


 戸惑いながらも問うと、ユージーンさんは前髪をいじりながら目を逸らす。


「……今までの詫びだ。それに、こうすれば金貨を銀貨に替えられるだろう?」


 もしかして、この間の事をまだ気にしてたのかな……。

 それにしても金貨で買い物をして銀貨を得るとは、なかなかの成長っぷり。これで屋台でも割り勘できる。


「そういう事ならいただいておきますね。ありがとうございます」


 花束を抱きかかえ直すと、バラの香りが鼻孔をくすぐった。


「レオンさーん、コップ使っても良いですか? 各テーブルに飾ったらお客さんも喜んでくれそうだと思うんですけど」


 その途端、部屋の空気が変わったような気がした。なんだろう。寒々しいというか。

 おまけにノノンちゃんはすごい顔で私を睨んでいる。


 え、なんか変なこと言った……?


 戸惑っていると、放心したようなユージーンさんが


「俺はもう帰る……」


 心なしかふらふらとお店から出ていった。

「お兄様、待ってください!」と、それを追いかけるノノンちゃん。


 店内には私とレオンさん、クロードさんが残される。


「おいネコ子。いくらなんでもあれはねえだろ」

「そうですよ。さすがにユージーンさんがお気の毒です」


 二人から責められるも、何が何だかわからない。

 そんな私を見て、レオンさんがため息を漏らす。


「いいか? あいつはお前のためにって、その花束を持って来たんだぞ。それを速攻で店に飾ろうとするとか、折角のプレゼントをないがしろにされたと思っても仕方ねえだろ? この鈍感女が。こういう時は格好だけでも持ち帰ろうとするか、興味ないならいっその事受け取らないのが普通なんだよ」


 そ、そういうものなのか……ユージーンさんに悪いことしちゃったかな……。


「でも、お店に飾るって案は良くないですか? 綺麗なお花を見ながらのディナー。ロマンチック」

「そんな匂いの強いもんが近くにあったら、料理の匂いと混ざってえらいことになるだろ。バケツにでも入れて物置に置いとけ」


 うむむ……ユージーンさんの気分を害してしまった上に、お店に飾る案も却下されてしまうという最悪の結果に。

 うーん。猛省せよ。ユキ。




 閉店後、雑務を済ませてからみんなに挨拶してお店を出ると、いつも通り花咲きさんが待っていてくれた。

 私の抱えている花束を見て不審そうな顔をする。


「これ、お店によく来る人から貰ったんです」

「ふうん。どういう関係なのだ?」


 まずい。まさか暴れん坊プリンスを読んだ本物の王子様関係だとは言えない。


「ええと、私のファンなのかもしれませんね。えへえへ」


 などと誤魔化しながら帰路についた。




 さて、この大量のバラ。どうしたものかと考えた結果、あるアイディアを思いついた。


 早朝、花咲きさんがベッドで寝ていることを確認して、さらにドアの内側に張り紙を貼る。


 着替えて外に出ると、辺りを見回す。

 目的の人物はすぐに見つかった。火にかけた大鍋と、その側には大きなたらい。そう。お風呂屋さんだ。

 いつもはお湯で体を拭いているが、それでもたまにはたっぷりのお湯に浸かりたくなる時もある。そういう人のために、簡易的にたらいのお風呂を用意してくれるのが、このお風呂屋さんだ。


「すみません。お風呂お願いできますか?」

「あいよ」


 お風呂屋さんはたらいを担ぎ、お湯の入った鍋を手で持つと、私の後をついてくる。


 部屋まで案内すると、早速床にたらいを置き、さっきまで火にかけられていた大鍋から熱湯を注いで行く。あとは水で温度調節をすれば、簡易風呂の出来上がりだ。


「終わったら声かけてくれよな」


 お風呂屋さんはそう言って部屋を出て行った。


 よし、今こそあの野望を実現する時!

 あらかじめ茎を切っておいた大量のバラの花をお風呂に浮かべると、良い匂いがふわりと広がる。

 これぞ乙女の夢! バラ風呂である!


 早速服を脱いでお湯に浸かる。


 いいねー。いいよいいよー。まるでセレブにでもなったみたいだ。浴槽はたらいだけど……。


 とバラ風呂を堪能していたその時、寝室のドアががちゃりと開き


「……おい、黒猫娘。朝食はできて……」


 寝起きの花咲きさんと目があった。

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