あの日の約束

 出来上がったカツサンドを持って、花咲きさんに連れられて暫く歩く。

 そして着いた場所は広い公園だった。周りを木々に囲まれた園内は遊歩道が設けられ、芝生や草花で覆われた丘陵や、大きな池もある。

 休日ではないからか、あまり人出はなく、幼い子供達が遊ぶ姿が目立つ。

 

「こんな場所があったんですねえ。初めて来ました」


 まだまだこの国には私の知らないところがたくさんある。

 花咲きさんは小脇にスケッチブックを抱えている。

 今日はここでデッサンするのかな?

 などと考えていると、花咲きさんがふかふかとしたクローバーの葉が茂る上に荷物を下ろした。


「ここで昼食にしよう。飲み物を買ってくる」

「あ、それなら私が」

「お前はこの場所に来るのは初めてなのだろう? だったら我輩に任せておけと言っているのだ」


 言うなりふいっと背を向けてどこかに行ってしまった。

 花咲きさんって絵が絡んでない時は結構優しいなあ……前にもちょっとした荷物を持ってくれたし。

 絵を描いている最中は「あれを買ってこい」とか、「あれを用意しろ」だとか、中々に傍若無人なのに。

 私も持っていたランチボックスを地面に置く。花咲きさんがあまりにもカツサンドを所望するので、大量に作ったものを保存用に入れておくものとして買っておいたのだ。それがここで役に立つとは。


 暫くして両手にそれぞれ何かを持った花咲きさんが戻ってきた。


「見ろ、黒猫娘。すごいものがあったぞ!」


 なにやら興奮している。一体なんだというんだろう。

 花咲きさんは片手を突き出す。


「なんとコップが紙でできているのだ! こんなもの初めて見たぞ! どうだ。すごいだろう?」

「え」


 まさかそれって、いつかの日に行った、包装紙なんかを扱うお店で何気なく口にしたあれ……? もしかして本当に商品化しちゃったのかな?


 何も言えないでいる私が驚いていると思ったのか。花咲きさんはなんだか得意気だ。


「これならば水筒を持参する必要もないし、カップを店に返す手間も無い。素晴らしいな。これを思いついた人物は稀代の天才に違いない」


 ものすごい勢いで褒めちぎっている。

 私は


「そ、そうですね……」


 としか言えなかった。

 コップを手に取ると、側面になにか書かれていた。確認すると、やはりあのお店の名前だ。本当に作ったんだ……。

 こんな事なら、スノーダンプの時みたいに、多少のアイディア料を貰えるよう交渉するべきだったかな。なんて……。



 サンドイッチと温かいスープの昼食を終えると、花咲きさんは寛ぐようにその場に寝転がって目を閉じてしまった。

 これは牛になる……とは流石に冗談にしても、こんなにのんびりしてて良いのかな?


「花咲きさん、絵を描いたりしなくていいんですか? せっかくスケッチブックも持ってきたのに」

「別に今日は絵を描くことが目的ではない」

「それじゃあ何しに来たんですか?」

「忘れたのか? お前から言い出したことなのに」


 何だっけ? と首を傾げていると、花咲きさんが目を開けてこちらに顔を向けた。


「イラスト一枚描くごとに、デート一回」


 あ、そういえばそんなこと言ったっけ。

 え? それじゃあ今日は花咲きさんとデートって事……?

 うわあ、自分から言い出した事なのに、実際に実行されるとなんだか急に恥ずかしくなってきた。


「ええと、花咲きさんはそれで構わないんですか? 私とデートだなんて……」

「前なら噴飯ものだったが、今は別に気にしないぞ。お前はチョークアートなどと言う貴重な技法も知っているし、カツサンドという至高の食べ物も作れる。近くにいて面白いとわかった」

「『面白い』って失礼ですね。仮にもデートで乙女に対して使う言葉じゃありませんよ」


 言いながらも、花咲きさんの微笑む姿を見て、何故だか目を逸らしてしまった。

 なんとなく、近くに生えていたシロツメクサを摘む。

 そういえば、子供の頃によく作ったなあ。シロツメクサのアクセサリー。ティアラだと途中で飽きちゃうから、ブレスレットばっかり作ってたっけ。

 そんな事を思い出しながら久し振りにブレスレットを作る。

 が、出来上がったものは、花が曲がりまくって不恰好なものだった。


「それはまた随分下手……いや、個性的なブレスレットだな」

「そうなんですよ。私は昔からこのシロツメクサのアクセサリー作りが下手なんですよ……」

「ここはひとつ手本を見せてやろう」


 花咲きさんは起き上がると、近くのシロツメクサを引き抜き、手際よく白い輪っかを作っていった。曲がったり歪んだりすることのない綺麗な輪っかを。


「わあ、すごい」


 思わず感嘆の声をあげる。


「前に言っただろう? 我輩にはドリアードの血が混ざっていると。そのおかげで植物を上手く扱えるのだ」

「へえ、そうなんですか。道理で」

「――というのは冗談だ。お前はすぐに騙されるな」

「え?」

「今よりずっと売れていなかった頃に花屋で働いていたのだ。そのせいで植物の扱いが上手くなった」

「なるほど……って今度は嘘じゃないですよね?」

「ああ、本当だ」


 花咲きさんにもそんな不遇な時代があったとは。それじゃあ一応は絵で食べていけている今は、随分と理想の生活に近づいたってことなのかな。


「ほら、できたぞ」


 その声とともに、頭に何かが載せられる感触。さっきのティアラだ。ちょうど猫耳の付け根で引っかかるような大きさ。


「わあ、ありがとうございます! どこかに鏡ないかな……」


 きょろきょろしていると、花咲きさんがスケッチブックを取り上げた。


「鏡はないが、描き写すことならできる。しばらくの間じっとしていろ」

 

 そうして時折私を見ながら、何かを描き始めた。

 言われた通りじっとしていると、しばらくして、花咲きさんがスケッチブックをこちらに向ける。

 そこには花冠をかぶった一人の少女の姿。頭部は花のあたりまでしか描かれていなくて、猫だとはわからないが、長い黒髪をもつこの人物は確かに――

 

「あの、これって、私の顔……!?」

「そうだ。なかなかの出来だろう? 鏡代わりだ」

「すごーい! 花咲きさん上手! さすが画家さんですね!」


 花咲きさんはスケッチブックから紙を破り取ると、私にくれた。


「ありがとうございます! 家宝として大切に部屋に飾りますね!」

「どうせなら宣伝も兼ねて店に飾ってくれ」

「……マスターに相談してみます」


 しかしなんだか申し訳ないな。鏡がないかと気にしたばかりに……。

 何かお礼ができればいいんだけど……。

 と、そこでシロツメクサの周囲に生える葉に目が止まった。そうだ、四葉のクローバーなんてどうだろう。

 もちろん私のもらった似顔絵に比べたらささやかなものだろうけど、それでも幸運をもたらすという四葉のクローバー。案外ご利益があるかもしれない。


 早速周囲を見回して、四葉のクローバーを探す。

 これは……違う。

 これも……違うな。うーん、なかなか見つからない。


 私がきょろきょろしていると、花咲きさんは近くに生えていた、茎の長くて先端がふさふさとした植物を抜き取った。

 かと思うと私の目の前でゆらゆらと揺らす。

 え? 何? 何をやっているんだこの人は。

 と、考えた瞬間、私の右手は反射的に植物の先端に向かって鋭く動いていた。


「あれ?」


 な、なんで? 自分の意志とは関係なく体が動いてしまう。花咲きさんの持っているあの植物の先端のふさふさに、どうしても触りたい……! なぜかあのふさふさがものすごく魅力的に見える!

 私はいつの間にか両膝と片手を地面に着くと、ゆらゆらと揺れるふさふさに向かって手を伸ばし、それに触れようとしていた。

 しかし、花咲さんもそれを防ぐように小賢しく茎を振り回し、私は容易くふさふさに触れられない。


「えいっ!」


 ふさふさに触れたかと思うと遠ざかる。


「えいっ!」


 暫くそれを繰り返していると、不意に花咲きさんが動きを止めた。

 今だ。とばかりに私は先端のふさふさに飛びつくと。両手でそれをしっかりと挟み込む。


 や、やったあ!


 目的のものを手に入れた私は、ふさふさに頬ずりしながら地面を転げ回る。

 

「やはりお前も猫の本能を持っているのだな。なかなか楽しかったぞ」


 その声にはっとして、慌てて起き上がる。

 人前で醜態を晒してしまった。いくら私が猫娘だからといって、こんな公共の場でふさふさしたものにじゃれ付くような真似を……! はたから見たらおかしい人みたいじゃないか!

 一気に顔が熱くなる。


「は、花咲きさん、私で遊びましたね……!?」


 憤る私に対して、花咲きさんは楽しそうに微笑んだ。


「似顔絵の代金がわりだ」


 くっ、私だって似顔絵のお礼にと四葉のクローバーを探していたというのに……それよりも純情な乙女を弄ぶほうが面白いというのか……!


 その時、私の視界に四葉のクローバーが飛び込んできた。

 やった、あった!

 それを根本から摘み取った直後、強い風が吹いた。私たちの髪をはためかせ、周囲の木々を轟々と鳴らす。


 あ、そうだ、似顔絵が置きっ放し……!


 私は咄嗟に脇に置いてあった似顔絵に手を伸ばすが、時すでに遅く、風は紙を巻き上げて何処か遠くへ運んでいってしまった。


「え、うそ、似顔絵が……!」


 慌てて立ち上がってあたりを見回すも、視界にその姿はなく、どこまで運ばれていったのかもわからない。

 けれど、とにかく探さなければと走り出そうとしたその時、腕を強く引かれた。

 花咲きさんだ。


「似顔絵の1枚くらい構わないではないか。どうせまた描ける」

「でも……」


 あの瞬間を描いた絵はあれだけなのに。


「次はもっと美人に描いてやろうではないか」


 言いながら大きな手が私の頭と耳とを撫でる。

 慰めてくれているのだ。

 せっかく描いた絵を紛失されて、一番落胆しているのは花咲きさんだろうに。


 私は握っていた手を開いて中を見つめる。強く握りすぎてぐちゃぐちゃになってしまった四葉のクローバー。こんなの渡せそうにない。


 なんだか後味の悪いデートになってしまった……。



 けれど、その数日後、花咲きさんの描いた似顔絵とは、思わぬ形で再会することになった。

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