画家のお世話係

「これより第187回 銀のうさぎ亭発展会議を行う」


 いつものようにマスターの声と共に、周囲のざわめきが鎮まる。それを見計らったようにマスターは再び口を開く。

 

「以前にユキが提案した『お子様ランチ』ならぬ『幼子の秘密の宝島』の試作品ができたから、意見をくれねえか?」


 そう言って皆が囲むテーブルの中央にお皿を置く。

 まるいお皿には国旗の刺さった小さめのハンバーグやソーセージ、オムレツにケチャップで味付けしたスパゲティ。少量のポテトサラダ、プチトマトやお花の形の人参などで彩られている。

 そして、その中央でひときわ目を引くのは、うさぎ型のケチャップライス。イカ墨で着色して焼いた小麦粉を目と口にみえるよう配置している。顔文字にすると【(・ω・)】にうさぎ耳が生えたような感じだ。そしてデザートには林檎のうさぎ。

 

「わあ、かわいいうさぎ……! このケチャップライス、マスターが考えたんですか?」


 そんな声が周囲の女性店員から上がる。


「いや、これはユキの提案だ。店の名前に合わせてうさぎ型にしたらどうかってな。まさか目や口まで作っちまうとは思わなかったが」


 元の世界にいた頃、SNSなどでよく見たデコ弁を思い出し、ケチャップライスをうさぎ型にして、目と口を付ければと提案したのだが、どうやら好評を得たようだ。密かに安堵のため息を漏らす。もしかするとこの世界では私の感性が他人と違っていて「気持ち悪い」とか言われるんじゃないかと危惧していたのだ。


「何か反対意見や改善案はあるか? 無いようなら今週末からでも店で提供しようと思うんだが」


 マスターの言葉に、全員が賛同の声を上げた。




 と、なれば、必要なのは宣伝に使うポスター。といっても、印刷代を捻出するのは厳しいので直接紙だとかに描いて貰う事になる。

 それをお願いしたくて、ちょうど昼食時に現れた花咲きさんに声を掛ける。


「花咲きさん。今日は新メニューの試作品を召し上がって頂きたいんです。それで、できればなるべく早くその絵が必要なんですが……可能ですか? 無理を言って申し訳ないんですが……」


 そこまで言ってからふと気づく。

 あれ? そういえばポスターってどこに貼ったらいいのかな……? 

 やっぱり通りすがりの家族連れを呼び込めるように外に貼るべきだろうけれど、そうすると風雨であっという間に傷んでしまう。

 そうしたらせっかく花咲きさんに描いて貰ってもすぐに無駄になってしまう。

 だからと言って、ガラスのショーケースなんかを作る余裕もないだろうし。

 何か、何かないかな。風雨にも強くて、屋外に置いても長持ちするような、それで宣伝効果抜群な何か……。


「花咲きさん、チョークアートってできますか?」

「うん? なんだそれは? チョークで絵を描くのか?」


 花咲きさんの反応から見るに、この世界ではチョークアートはメジャーではないらしい。

 と言っても私も実際にやったことはないのだけれど……。


「ええと、黒い塗料を塗った板にオイルパステルで絵を描くんです。それで色を馴染ませて立体的に見せたりとか……」

「ほう。紙ではなくて板に描くのか」

「はい。それなら完成後に定着液を噴きつければ、お店の外に飾っても傷むのを防げるんじゃないかと思って」


 元の世界でもよく見た。カフェの店先だとかに目を引くチョークアートが飾られたりしていたのを。あれなら目立つし可愛いし、子供も喜びそう。

 ただし、それを見た事の無い花咲きさんが、私の思った通りのものを作ってくれるかは定かではないが。


「しかし、何故パステルを使うのに『チョークアート』という名称なのだ?」

「ええと、もともとはチョークで描いていたから……だったような。でも、耐久性とか、色の豊富さからオイルパステルが主流になったって聞いた気がします」

「なるほどな。そうだな、おもしろそうだし、帰宅したら早速試してみよう」

「ほんとですか!? それなら、子供が喜びそうなかわいい感じでお願いします! お料理自体がかわいいので! すぐに持ってきますね!」


 早速マスターに花咲きさんが来た事を伝える。といっても「花咲きさん」などとはとても呼べないので、マスターには「例の画家さん」と説明している。


「マスター、例の画家さんがメニュー表とは別に特別な絵を描いてくださるそうなので、『幼子の秘密の宝島』を一つお願いできますか?」


 と。


「おお、あの画家さんか。こりゃ一層気合を入れて作らねえとな。本来なら俺が直接挨拶してえんだが、すまねえが今手が離せなくてよ。ユキ、お前が代わりにもてなしといてくれよ」


 そうしてマスターが張り切って作ってくれた料理を花咲きさんの元へと運ぶ。


「お待たせしました。新メニューのお子様ラン……じゃなくて、『幼子の秘密の宝島』です。どうですか? かわいいでしょ?」

「……これは、確かに子供が喜びそうだな。特にこのうさぎの形のライスが」

「でしょう? そう思うでしょう? 可愛く描きたくなるでしょう?」

「そうだな。食べる前にスケッチさせてもらおう」


 そう言うと、花咲きさんは早速スケッチブックと鉛筆を取り出して、お料理を紙の上に写し取ってゆく。

 その素早く正確な動作には舌を巻く。さすがプロの画家だなあ……これで無名に近いだなんて信じられない。世の中どうかしている。

 やがて花咲きさんは鉛筆を置くと、仕事は終わったとばかりに料理に手を付け始めた。


「うん。いつもながら美味いな」


 などと言いながらも、何故か中央のうさぎのケチャップライスだけを避けている。

 メインは後に取っておくタイプなのかな?

 などと思っているも、花咲きさんはうさぎを見つめたまま、なかなか手を付けようとしない。


「あ、あの、何かお気に召しませんでした……?」

「……食べるのがかわいそうだ」

「え?」

「いや、なんでもない」


 今「かわいそう」とか言ったよね? そんなに? 花咲きさんてかわいいデコ弁とか食べられないタイプ?

 それとも私の乙女センスが爆発してしまったおかげで、食べるのを戸惑うほどに愛らしいうさぎが爆誕してしまったのか。

 ともあれ、そのままというわけにもいかない。


「あの、抵抗があるというなら無理して食べなくても……」

「いや、そういうわけにはいかない。ここで我輩が完食しなければ、このうさぎは廃棄されてしまうのだろう? そんな残虐な事は余計できない」

「はあ、そうですか……」


 なかなか面倒な人だな。

 あ、それなら今のうちにチョークアートの簡単なやりかたをオーダー票の裏にでも書いておこう。後で説明しながら渡せばいいし。

 そうしていると、ようやく花咲きさんが決心したように、うさぎの耳の先端をスプーンですくって口に運ぶ。


「……うまい」


 賞賛の言葉とは裏腹に、どことなく悲しそうに呟いた。

 

 



 それから数日して、お休みの日が訪れた。

 いつものように花咲さんのアトリエに向かう。

 部屋に入った途端、いくつもの板切れが床に置いてあるのが目に入った。どれも『幼子の秘密の宝島』の絵が描いてあるが、微妙に色合いなどが違っていたりする。


「ああ、黒猫娘か。このチョークアートというのはおもしろいな。今も一枚できたところだ」


 言いながら見せてくれたのは、下半分に『幼子の秘密の宝島』が、上部には白を基調とした帯状のリボンのようなものが描かれていて、その中には『幼子の秘密の宝島』というメニュー名まで入っている。

 まさに私が元の世界でよく見ていたチョークアートそのものだ。


「わあ、それ、すごくかわいいです! お料理の絵もおいしそうだし! 中央には消せる素材で色々と書き足せそうなスペースもあるし。あ、そうだ、このリボンの脇に、ちょっとしたお花とか付け加えたりできませんか?」


 リクエストしてみると、花咲きさんは手早く薄ピンクのお花の絵を付け加えてくれた。すごいな。もうチョークアートをマスターしているみたいだ。


「これで大丈夫か? 文句がなければ定着液を噴きつけるぞ」

「はい! もう最高です!」


 サイズはA3くらいだろうか。小さなイーゼルにセットして店頭に置けば、きっとかわいいだろうなあ。

 定着液が乾くまで、壁に立てかけられたそれを眺めていると、


「もうだめだ」


 急に花咲きさんが床に座り込んだ。

 な、なになに? どうしたの? もしかして具合が悪いとか? うそ、どうしよう。お医者様とか連れてきたほうがいいのかな?

 狼狽していると、花咲きさんはそのまま床に横たわる。


「腹が減った」

「……は?」

「なにか食べさせてくれ。サンドイッチがいい」


 なんだか前にも似た事があったような。確か花咲きさんに初めて会った日――


「……まさか、また何も食べずに作業してたんですか?」

「……つい夢中になってしまって」

「それを防ぐためにナプキンを渡したじゃないですか! その上に画材を置くようにって! あれはどこにやったんですか!?」


 問い詰めると花咲きさんは目を逸らす。


「……オイルパステルを置いたら汚れると思って……」


 そ、そんな理由で……!?

 呆れて暫く言葉を失っていると、


「……サンドイッチ」


 再びチラっと私に視線を向けてくる。

 むむむ……。

 ナプキンを使うという約束を守らなかったのは癪だが、もとはと言えば私がチョークアートをして欲しいなんて頼んだ事が原因なのだ。それを考えれば食べ物の調達くらいなら……。


「……仕方ありませんね。買ってくるのでその間に手を洗っておいてください」

「……出来合いのでは嫌だ。お前が作ったのがいい」

「はい?」

「出来立てが食べたいのだ。我輩の胃袋が出来立てのサンドイッチを欲している」


 ええー……めんどくさいなあ。

 いや、でも……とそこで考える。その間はモデルをしなくて済むという事ではないか。あの身体が硬直するような苦痛から逃れられると思えば、料理を作るほうが幾分かマシとも言えるかもしれない。

 それに確かミーシャ君とも約束していた。お休みの日に手料理を作って工房まで届けるって。よく考えたら今日はその約束を果たすにはちょうどいい機会ではないか。

 

「わかりました。そういう事なら材料を買ってきますね」


 そのあたりに丸めて放り出してあった毛布を拾い上げると、ぐったりしている花咲きさんに掛けて、私はアトリエを後にした。


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