初めての友達

 それから少しして、午後の休憩時間にミーシャ君が訪ねてきた。


「ユキさん、ちょっとどこかでお話できませんか?」


 と、その場では話しづらそうにしていたので、近くのカフェへと場所を移す。

 注文した飲み物が運ばれてきたところで、ミーシャ君は布製の袋を取り出した。


「これは親方からです。これまでのユキさんの取り分だとかで」


 受け取ると、ずしりと重みを感じた。ちらりと中を確認すると、結構な量の硬貨が。


「こ、こんなに……?」


 戸惑うわたしに、ミーシャ君が続ける。


「実はあの後スノーダンプを求めるお客さんが大挙してきて……今も工房の職人総出で作ってる最中なんですけど、それでも手が回らない状態なんですよ。一応予約制ですけど、今から予約した人が受け取る頃にはもう春になっちゃうかも」


 苦笑するミーシャ君。

 まさかそれってあの日のアレが原因……?

 そんな事になっていたとは……スノーダンプブーム到来かな?

 そういえば、ミーシャ君もなんだか疲れているように見える。


「ミーシャ君は大丈夫なんですか? なんだかお疲れのようですけど」

「そりゃもう大変ですよ。でも、今は親方がユキさんに届け物をするついでに少し休んで来いって言ってくれて」

「あ、それじゃあ、甘いものでも注文しましょうか? せっかくだからわたしがご馳走させて頂きますよ」

「いえ、お気遣いなく。それよりも――こんな事聞いたら失礼かもしれませんけど……」


 なんだか言い辛そうにミーシャ君は間を置く。


「ユキさんって何歳なんですか?」

「え?」


 何歳……? そういえば私って何歳なんだろう。

 この世界に来る前は……だったけれど、今の私の姿は自分で見ても十代なかばほどだ。


「ええと、何歳に見えます?」


 なんだか合コンの場でのような返し方をしてしまったが、ミーシャ君は気にする事なく考える素振りをする。


「うーん……15……いや16かな……」


 そうか。私って他人からはそのくらいに見えるのか。


「わー、当たってます。実は16なんですよー」


 あまり若いと舐められそうだから16という事にしておこう。

 今日から私はユキ16歳だ。もう一度言う。16歳だ。


「ああ、僕と同じですね。それならユキさん。お互いこんな堅苦しい話し方をするのはやめませんか? あ、もちろんお客さんとしてなら今まで通りの言葉遣いで対応させて頂きますよ。でも、同じ年の子とこんな話し方をするのはなんだか落ち着かなくて……」


 そういえば私もお店では一番下っ端だから、皆に対して丁寧語ばっかり使っていたけれど、よく考えたら同年代の知り合いってミーシャ君が初めてかもしれない。その彼がそう言ってくれるのなら、その提案に乗るのも悪くないのでは? なんだか友達同士って感じがするし。


「わかった。それじゃあこれからよろしくね。ミーシャ君」

「こちらこそ、よろしく。ユキさん」


 手を差し出して、ミーシャ君とがっしり握手する。

 うーん。青春って感じだなあ。


「そういえばあのスノーダンプなんだけど……」


 ミーシャ君がなんだか浮かない顔で話し始める。


「あのスノーダンプが何か……?」

「いや、ユキさんのために作ったものは問題ないと思うんだけど……最近他店が同じようなものを真似し始めて、粗悪品も出回ってるらしいんだ。すぐに壊れちゃうようなのとか。それが原因でうちの工房のまでとばっちりを受けて評判が下がったら最悪だよ」


 なんと、そんな問題が発生していたとは。一つが流行れば雨後の筍のように類似品が出回るのはこの世界でも同じらしい。

 そういえば、私も以前は、どんでん返し映画が流行った後に「ラスト○分であなたは騙される」だとか、悲恋映画が流行った後には「この世界で一番美しくて悲しい恋」だとか、そんなキャッチフレーズの映画CMを何度も見たものだ。

 

「一応工房の銘が入っているから、使ってくれるお客さんには品質の違いがわかって貰えると思うんだけど……うちの製品は特製だから」

「特製?」

「うん。スノーダンプにちょっとした工夫がしてあって、その工程を飛ばすとちゃんとしたスノーダンプができないんだ。それを知ってるのは僕と親方だけ。親方の一存で、工房でその作業できるのは僕だけって決まってるんだ」


 ミーシャ君はちょっと得意げだ。なるほど。他のお店に真似されないように、そういう秘技のようなものもあるのか。

 でも、ミーシャ君はやっぱり疲れているみたいだ。そんな仕事を全て任されていては当然だろう。


「ミーシャ君、やっぱりケーキでも頼もう。ミーシャ君にしかできない仕事を任されたお祝いに」


 半分はミーシャ君の疲れた様子を見かねての事だが。

 でも、思わぬ副収入のおかげで多少の余裕はある事だし、と、私はケーキを二人分注文した。





 『銀のうさぎ亭』へ戻ると、厨房でディナータイムに向けて下ごしらえするマスターの傍らで、イライザさんが何かを作っているようだった。

 あ、そういえば今日は「銀のうさぎ亭発展会議」の日だったっけ。そこで例のどら焼きならぬ「乙女の秘めたる想い」をお披露目する予定なのだ。

 私は慌ててエプロンを着用すると、イライザさんの元へ駆け寄る。


「イライザさん、私も手伝います」

「あら、ありがとうユキちゃん。皮は作り終わったからクリームを挟んでくれるかしら? とりあえずカスタードクリームとホイップクリームと、チョコレートクリームを作ったんだけど、他に何か挟めるものってあると思う?」


 挟めるものかあ。それこそジャムとか果物とか、考えればそれなりの種類になるだろう。けれど、私は声をひそめる。


「イライザさん、最初から何種類も作るのはまずいですよ。少しずつ新しい味を思いついたふりをして、その都度マスターに味見と称して食べて貰うんですよ。そうすれば触れ合う機会も増えるだろうし」

「まあ! 確かに、言われてみればそうかもしれないわね。それじゃあ今日はとりあえずこの三種類にしましょうか」



 そうして作った「乙女の秘めたる想い」は試食した皆から好評を得て、晴れて銀のうさぎ亭のメニューへと加わる事になった。

 おめでたい。これでイライザさんとマスターがくっつけば、もっとおめでたいんだけどなあ……。


 



 



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