休日の作戦

 例の『銀のうさぎ亭発展会議』のあと、私は「男前すぎる料理人」の噂を広めるために、週に一度貰えるお休みの日に街をうろうろしていた。

 なるべく若い女性の集まる場所がいい。そして銀のうさぎ亭の存在を知らないような、絶妙な距離にある場所。


 目をつけた通りから建物内を一軒一軒伺う。そして女性達で賑わうカフェの併設された可愛らしいお菓子屋さんを発見し、思い切って入店する。

 初めに目に飛び込んできたのは、ショーケースに並んだ色とりどりのケーキ。フルーツやクリームたっぷりでとっても美味しそう。

 しかし今の私にはそんなセレブリティなお菓子を買う余裕はない。比較的安価そうな焼き菓子でもないかとお店の中を見回していると、女性店員さんに声をかけられた。


「お客様、何かお探しですか?」

「い、いえ、その、どれも美味しそうなので目移りしてしまって」

「あら、そう言って頂けると光栄です」


 店員さんはにこりと微笑んだ。よかった、いい人そうだ。さりげなく世間話を装って話を続ける。


「実は私、少し前にこの街に来たばっかりで、こんな素敵なお店があるなんて、今日初めて知りました」

「まあ、ありがとうございます。この街にはもう慣れました?」

「それが、広すぎてまだ全部把握していないんですけど……でも、職場の人たちも親切だし、なんとかやっていけてます。私、この通り沿いの端っこにある『銀のうさぎ亭』っていう食堂でお世話になってるんです。ご存知ですか?」

「ええと……」


 店員さんは心当たりがないのか申し訳なさそうな顔をする。

 私は少し声を大きくする。


「その『銀のうさぎ亭』に、ものすごくかっこいい、『男前すぎる料理人』がいるんですよ。それも二人」


 その言葉に、周囲の女性達が興味を示したように、ちらちらと私の方に目を向ける。気のせいか、それまでのお店の中を賑わせていた話し声も控えめになったような気がした。


「ひとりは渋いうさぎ耳のおじさまなんですけど、もうひとりはエルフの血が混じった金髪で青い目の王子様みたいな人で。それで、女性のお客様には、その人が作る林檎のうさぎをサービスでお付けしてるんです。それも結構可愛いんですよ。よろしければいらしてくださいね。この通りを東に暫く向かったところにある『銀のうさぎ亭』です」


 ちょっとわざとらしかったかな……? 私はクッキーの詰まった小さめの袋を購入すると、そそくさとお店を後にした。

 これで効果が出るかはわからない。でも、さっきの話で興味を持ってくれた人が少しでもお店に来てくれるといいなあ。




 次に私が向かったのは、更にそこから少し離れた工房街にある鍛冶屋さん。『ゴドーのアトリエ』という看板がぶら下がっている。

 ドアを開けると、冬にもかかわらず、むっとした熱気が体を包む。

 店内にはいかつい武器や鎧などが展示され、今も何かを作っているのか、何人かの職人さん達が忙しそうに立ち回り、絶え間なく金属を叩くような音が響き、火花が飛び散る。

 その光景に圧倒されていると、ひとつの影が素早く近づいて来た。私の今の見た目と同じか、少し年上くらいの少年だ。オレンジいろのくるくるとした髪にそばかすの浮いた顔。活発そうだが、私を見て、なんだか驚いたように瞬きをしている。

 な、なんだろう。こんなところに私みたいな小娘が訪れるのが珍しいのかな……場違い感がすごいとか?


「あの……」

「あ! す、すみません! 何かご入用ですか?」


 先ほどの妙な間で気まずくなったのか、少し顔が赤い。


「え、ええと、実はこちらで作って頂きたいものがあって……」


 言いながら、私は肩から掛けた鞄から一枚の紙を取り出して広げてみせる。

 そこにはスノーダンプの絵。記憶を頼りに頑張って自分で描いたものだ。シャベルでの除雪作業にもなんとか慣れつつはあったが、やっぱりスノーダンプが欲しい。先月のお給料は身の回りのものを揃えるのにほとんど遣ってしまったが、今月はスノーダンプを入手すべくなるべく出費を抑えてきたのだ。それでも足りるかはわからないが。

 絵を見た少年は怪訝な顔をする。


「なんですか? これ」

「これは『スノーダンプ』という、雪掻きに使う道具で、ここに雪を乗せて地面の上を移動させるんです。大きさはこのくらいで……」


 などと、絵を指差しながら身振り手振りで説明すると、少年は少し考えていたようだったが


「ちょっと待っててくださいね……親方ぁ!」


 と、工房の奥にいた小柄な男性の元へ駆け寄った。

 ドワーフの男性だ。年齢はわからないが、顎には立派な髭を蓄えている。親方と呼ばれた事を考えるに、この人物が工房の責任者なのだろう。


 少年とドワーフの男性は何やら話し合っていたが、やがて二人してこちらに近づいてきた。


「娘さん、何やら変わったものを作って欲しいとか」


 私が絵を見せながら改めて詳しく説明すると、ドワーフの親方さんは髭を撫でながら頷いた。


「なるほどなあ。確かにそんなものがあれば雪掻きが楽になるかもしれんのう。うちの若い衆も毎朝雪相手に苦戦しとるよ」

「それじゃあ……!」


 言いかけた私を遮るように、親方さんが手を挙げる。


「それが、協力したくとも、生憎と今は手の空いてる職人がおらんのだ」

「そ、そうなんですか……それじゃあ残念ですが他をあたるしか……」

「待ちなさい」


 諦めかけた私を親方さんは引き止める。


「見たところ構造もそう複雑でもなさそうだ。それに、武器や防具のように精巧に作らねば命に関わる、というものでも無いのだろう? それならこやつでどうかのう?」


 そう言って先ほどのそばかす少年に目を向ける。


「えっ? ぼ、僕ですか!?」


 突然の指名に目を白黒させる少年の肩を叩きながら、親方さんは続ける。


「こやつはまだ見習いだが、一応基本的な技術は教え込んであるし、筋もいい。そろそろ簡単な仕事を任せようとしていたところでな。このスノーダンプとやらはこやつの初仕事にはうってつけだと思うのだよ」


 少年は何かを期待するような目を私に向けている。

 私としては作って貰えるのなら、そのあたりは特にこだわりはないのだが……問題は料金だ。そのあたりの事を詳しく聞いていない。私の持ち合わせで足りるかな……?

 渋っている私の理由を見抜いたのかはわからないが、親方さんが更に口を開く。


「おお、そうじゃ。見習いのこやつが作るわけであるから、料金のほうも考えさせて貰おうじゃないか。材料費も含めて、正規の職人が作るものよりは安くするぞ」

「ぜひともよろしくお願いします」


 私は迷わず頭を下げた。


 

 そういうわけで、スノーダンプはその見習いの少年――ミーシャくんが制作してくれることになった。


「僕、頑張ります! 絶対にユキさんの気にいるようなスノーダンプを作ってみせますから!」


 初仕事で張り切っているのか、ミーシャくんは目を輝かせている。自分の腕を試したくてうずうずしているようだ。

 お店の隅のテーブルで詳細な打ち合わせをしている最中にも


「ここはボルトがいいかな。いや、それとも溶接……?」


 などと呟きながらメモを取っている。

 うーん、熱心だなあ。なんだかミーシャくんが輝いて見える。夢に向かう若者特有の、希望に溢れる輝き。私には眩しいくらい。


 暫くして、スノーダンプの三面図が出来上がった。

 

「あの、ユキさん。とりあえず5日頂けますか?」

「そんなに早くできるんですか? すごい」

「本当はもっと早く作れたらいいんですけど、僕は下っ端で、やらなきゃいけない雑用も多いんです。だからこれだけに掛かりきりにはなれなくて。それに、5日といっても、まだ試作品の段階ですから。それから更に改良していかないと」


 なるほど。色々と考えているんだなあ。

 一応銀のうさぎ亭には毎日3時から4時半まで休憩時間がある。その間なら外出しても大丈夫だろう。

 その旨をミーシャくんに伝えて、5日後に再び工房を訪れることを約束した。


 


 その足で今度は古着店へ向かう。この世界に来た際に体が縮んだためにサイズが合わなくなってしまった服を売るために。といっても、コートや厚手のカーディガン、ブーツなどは、この世界の一般的なものよりは上質らしく、冷気の遮断性や着心地が優れているため、サイズがあわなくても手放せないでいる。だからジーンズと、薄くて少し寒いマフラーを売ることにしたのだ。

 

 古着店の主人はまずジーンズを見て


「随分と頑丈な作りですなあ。縫製も悪くない」

 

 などと感心している。そんなにいいものなのか。日本のお隣の国の製作したそのジーンズは。しかし、偶然にも買ってからまだ数回程度しか履いていなかったというのも大きいかもしれない。

 次にマフラーを手に取った店主は何故か目を見開いた。


「なんだこの繊維は。羊でもヤギでもない……見たことがないぞ。お客さん、これは一体何の毛でできているんですか?」


 その声には多分の驚きが含まれているようだ。

 何の毛? 何の毛と言われても、それは確か……


「……アクリル?」

「アクリル? そんな名前の動物がいるのかね」


 いや、動物というか、化学繊維なんだけれど。どう説明したらいいんだろう。

 

「ええと、私もよく知らないんですよ。その、人から貰ったものなので……」


 誤魔化すと、店主は残念そうに呻いた。


「そうですか……しかし模様も細かく、かつ正確で見事なものだ。まるで熟練の職人が作ったようだ」


 マフラーには両端に鹿と雪の結晶をモチーフにした模様が編み込まれている。

 確かに正確だろうなあ。機械で編んでるだろうし。

 

 結局、ジーンズとマフラー合わせて結構な値段で買い取ってもらえる事になった。特にこの世界では未知の素材であるマフラーが高価だったようだ。地球の技術に感謝。


 今度はそのまま古着店で服を物色する。なにしろ私は自分の体に合う私服をほとんど持っていない。特に下半身関係のものを。原因はしっぽせい。今日だってイライザさんにしっぽが邪魔にならないスカートを借りてきたのだ。体型に関係なく履ける、ウエスト部分が伸縮するやつを。

 この国ではお尻のあたりに穴の空いた亜人用の服も流通しており、どうしてもそれが欲しかったのだ。


 マフラーのおかげで思わぬ収入を得たこともあり、結局、セーターや、厚手のタイツ、ハーフパンツなど数点を購入した。寒いけど、やっぱりかわいい服も着たいし、丈が短ければ、暖かくなっても暫くは着ていても不自然ではないはずだ。だから丈の短いパンツにした。

 タイツは背面がいくつかのボタンで留められるようになっており、しっぽの太さに合わせてボタンを外して、その隙間からしっぽを出して履くらしい。

 ハーフパンツのほうは、お尻部分に空いた穴の上にリボンが付いており、それを引っ張ると巾着の口のように穴が縮むという仕組みだ。穴の大きさを調整して、最後にリボンを結ぶようだ。

 本当は新しいマフラーも欲しかったのだが、服を売ったおかげでちょっと余裕もできたし、それは後で古着じゃないものを買おう。アクリル製はやっぱり少し寒いから、動物の毛でできたものがいいな。ふわふわのやつが。


 買い物を終えて、今日の目的を果たした私は銀のうさぎ亭へと戻る。

 ちらりと店内を見渡すと、ちらほらと女性客の姿も見える。心なしかいつもより多い気がする。昼間のあの宣伝が効果あったのかな?

 しかし、女性客達はちらちらと厨房に視線を向けるものの、肝心のレオンさんが奥の方で調理していてよく見えない。これでは男前すぎる料理人目当てに来店したお客様ががっかりしてしまうではないか。


 私はこっそり厨房に入り込むとレオンさんのシャツを引っ張る。


「な、なんだよ、誰かと思ったらネコ子か。お前、今日は非番じゃなかったのか?」

「それはどうでも良いんです。それよりもレオンさん、林檎のうさぎはちゃんと自分の手でお客様のテーブルに届けてますか?」

「は? そんな面倒なことしねえよ。料理と一緒に小皿に載せたのをウェイトレスが運んでるし」


 やっぱり。この人は大事なことをわかっていない。


「いいですかレオンさん。このお店のお客様の中には、男前すぎる料理人をひと目見ようとやってきてくださった方もいるかもしれないんですよ? その肝心の料理人が奥に引っ込んでいてどうするんですか! せめて林檎のうさぎだけは自らの手でお客様のテーブルに運ぶべきです。わかりましたか?」


 その言葉にレオンさんが僅かに顔色を変える。


「今日は妙に女の客が多いと思ったが、ネコ子、お前まさか何かやりやがったのか?」

「さあ? 外でちらっとお店の話はしましたけど、そのせいかどうかはわかりませんね」

「くそっ、今度の会議で、お前が『いらっしゃいませにゃん』って言ったらマニアックな客が増えるかもって提案してやるからな」

「そ、それはやめてください……とにかく、林檎のうさぎの件、お願いします。このお店のためにも、マスターのためにも」


 私の最後の言葉が効いたのか、レオンさんは言葉を詰まらせると


「……わかったよ。やりゃいいんだろ」


 なんだかやけ気味に頭を振った。

 その後で思い出したように


「そうだ。お前の分の賄いがあるから、ちゃんと持ってけよ」


 と、厨房の片隅のハッシュドビーフを指し示した。




 その後、自室で今日の戦利品を元に色々な服を組み合わせながら、ひとり姿見の前でポーズなどをとっていると、仕事を終えたイライザさんが戻ってきた。彼女と私は同室なのだ。


「あら、ユキちゃん、ご機嫌ね。その服とっても似合ってるわよ。かわいい」


 まずい。ノリノリでひとりファッションショーを開催しているところを見られてしまった。恥ずかしさを誤魔化すように慌てて鞄からクッキーの袋を取り出すとイライザさんに差し出す。


「あの、これ、今日のスカートのお礼です。後でお洗濯して返しますね」

「まあ、そんなこと気にしなくてもいいのに。でも、折角だからお菓子は頂きましょうか。一緒にね」


 そう言ってイライザさんは片目を瞑った。

 

「そういえば、今日は女性のお客様がいつもより多かったのよ。レオンくんも珍しく林檎のうさぎを直接お客様のテーブルに運んだりして。お客様も喜んでくださったみたいだったわ。ユキちゃんの提案した『男前すぎる料理人』の案、うまくいくかもしれないわね」


 クッキーを口にしながらイライザさんの報告を聞く。どうやらレオンさんは私の言ったことを実行してくれたようだ。

 これを機に男前すぎる料理人の噂が広まって女性客が増えるといいなあ。

 そんなことを考えながら、もう一枚クッキーに手を伸ばした。

 その時イライザさんが何故か浮かない顔で「でも……」と言いかけた気がしたが、私が顔を向けるとすぐにはっとしたように


「このクッキーおいしい。どこで買ったの?」


 と笑顔を見せて聞いてきたので、そのまま王都のお菓子屋さん談義に花を咲かせた。

 

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