2018年6月9日

韮崎旭

2018年6月9日

 鍵盤の上ではねている、不自然なステップがそのうちなくなる。鍵盤の上で死をうたう、無為な視線が彷徨って、出口戦略無計画。私じゃない誰かが今日は代わりに死にました(私のまるで知らない誰かが、私のまるで知らないどこかで)。架空の誰かであったのならなおのこと都合がよく、だから代わりに苦悩してくださいねと液晶画面に呼びかける。あなたの苦悩で息を継ぐ、それはおそらくは正しくないのだろうが、正しさなど一度としてこの世にあったのかと、問い詰めてみたい気にもなる。

 柘榴のような傷口に沸いた感情はあたかもそれが蛆ででもあるかのようだ。肉を穿った七色の視線と貼り付けられた定型文に定型表現が、現実らしい装飾を現実に与えて、現実感を順次疎外してゆく。街も空も、かけ離れて見えて、これは果たして離人感への第一歩なのか、あらゆるものがよそよそしく感じ、肺結核ではない人間にはちょっと同情しにくいな。もちろん自分が肺結核であるわけではない。不定形な不適合を患って、疾患自体をわがものにして。

 今日は一日中遮光カーテン締め切りだったから、斜陽ですら部屋を照らさない。時間に依らない環境の同一性を、均質さを、阻害要因のなさを、あらゆる場合に求めている。自然な様子で口にしたのは、「この場所が有毒なのは、僕の中身が腐っているからであり」。

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2018年6月9日 韮崎旭 @nakaimaizumi

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