第2話 自己紹介は何回目?

「私は、ドラール。」

少女改めドラールは胸に手を当てて言う。

「ドラール=クアゼパム。気軽にドラールって呼んでね。」

どこかで聞いたような名。

思い出せないけど、きっと以前の自己紹介だろう。

「僕は翔平。熊谷翔平。」

ドラールは知ってる、と言うように微笑む。

何を言うものかと考えあぐねて当たり障りのないことを言う。

「目が覚めるまでは、大学院にいました。」

何の研究をしていたかは霞がかかったように思い出せないのだけど。

「うん。いつもの自己紹介だね。」

ドラールは微笑んだまま頷く。

いつもの、と言うことは同じ言葉を何度も発してきたのだろう。

「外、見たい?」

ドラールは扉を指差す。

「きっとがっかりするだろうけど。」

つけ足された言葉に一抹の不安を抱えつつ、

「見る」

と短く答えた。



部屋を出ると当然廊下であった。

古い木のようで、歩くとぎしりとなった。

ドラールは足音一つ立てず歩く。

ぎしり、ぎしり。

その音に夢中になっていた時だった。

「靴」

ドラールが急に言葉を発する。

「え、あ、何?」

「あなたの靴、これだから。」

ドラールは足元を指差していた。指の通り視線を下げると綺麗に揃えられた一足のメジャーなブランドのスニーカー。

「ごめんね、ぼーっとしてた」

その靴を履きつつ謝ると、ドラールは悲しそうな顔をする。

「謝らないで。私のせいだから。」

ドラールのせい?何故だろう。

不思議と聞く気にはなれなかった。

「行こうか」

そう言うとドラールが扉を開ける。

そこには中世ヨーロッパのような街が広がっていた。

人は1人もいない。

衝撃で言葉を知って失っていると

「少し歩く?」

とドラールに声をかけられた。

頷いて、ドラールの後ろを歩く。

「ドラールは靴履かないの?」

素足で地面を蹴るドラールを見て聞く。

「無いから」

ドラールは短くそう答える。

会話終了。

駄目だ、会話しないと。

「その、僕は覚えてないけど。きっと、何らかの関係性だったんだよね?」

ドラールは歩きつつ僕をじろりと見る。

「ごめん、覚えてなくて。傷付けちゃった、よね?」

ドラールはつんと前へ向き直る。

傷付けちゃったと決めつけるのは傲慢だっただろうか。

「それも、私のせいだから。」

ドラールのせい?

「どういう、意味?」

「そのまま。私と関わると記憶が飛んだりぼんやりしたり。果ては幻覚が見えたり錯乱する人もいた。体質なんだと思う。」

僕がその体質だということだろうか。

言葉を飲み込めず混乱していた。

「……翔平。」

唐突に呼びかけられる。

「きっと、疑問に思うことは多いと思う。でも、聞かないで。」

ドラールはゆっくりと言葉を発する。吟味するようにゆっくりと。

「聞かれたら、答えざるを得ないから。知ってほしく、ないから。」

ドラールは立ち止まり、僕の手を取る。

「無意味に知って嫌になるより、知らないまま甘んじる方がいいでしょう?」

ドラールと目が合う。

薄橙の瞳に引き込まれそうになる。

無意識のうちに頷いていた。

ドラールは微笑む。

僕もつられて微笑んだ。

何も知らずに、鳥籠の中で。

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