ツンデレ除湿器ちゃんは本日も勤勉なり【コンテスト参加版】
世楽 八九郎
第1話 除湿器ちゃんは除湿器ゆえ要排水
「ただいま」
玄関を開け帰宅。連日の雨続きのせいかドアをくぐってもジメジメと湿度は高いままだ。
特別散らかっているわけではないけど玄関からは微かに土とも埃ともカビともつかない臭いがする。
帰りにスーパーで買った食品を冷蔵庫へしまい手洗いを済ませる。
玄関から見て左手のドアの向こうは俺の部屋だ。
かちゃり
「ふぅ……」
雨続きの外や玄関スペースとは違うカラッとした空気が肌をなぞる。
ベトつかない空気、肌に絡みつく過剰な水分のない空間に身を投じるだけで少しだけ束縛から解放された気分になる。
「湿度56%……!」
壁にかけられたデジタル時計の表示を読み上げ俺は唸った。
湿度55~64パーセントが俺の理想郷だ。オーバー80パーセントはマジ勘弁だ。
俺は自室が快適な空間であることを確認して大きく頷いた。まっこと大義であると言わざるを得ないなっ!
「ちょっと……毎日毎日、帰宅のたびに部屋の湿度読み上げるのってどうなのよ?」
大満足な俺の胸をチクリと刺すような可愛らしいがトゲのある声が部屋のなかから響いた。
今回の功労者の発言でなければ突っかかったかもしれないが、許そう!
「フッ、今日も快適な空間をありがとう除湿器ちゃん。これは君の働きを称える俺の儀式なんだっ!」
「ちょっ⁉ あんたナニ言ってんのよ! いつもいつもっ‼」
声の主は勝気な釣り目を俺から逸らして顔を赤くしている。勤勉な働きと少しヒネた態度、打たれ弱さのマッチングが素晴らしい。
部屋の真ん中のローテーブルの上で小柄な女の子がぺたん座りをしている。
グレーがかった水色のショートヘアーを揺らしてプリプリと何やら抗議しているこの子は随分と珍妙な恰好をしている。
ミニのプリーツスカートと機械を無理やり鎧に変形させたようなものを身に着けているのだ。おかげで四肢なんかは騎士甲冑のような出で立ちである。
しかしこの鎧と形容したパーツは防具と呼ぶには露出が多すぎる。肩や太ももが大胆に出ているし、背中にいたってはほとんど丸見えだ。
しかしこれらは防具ではないし、彼女は動いたり戦ったりとは無縁の家電なのだから問題ないだろう。
彼女は除湿器ちゃん。人型をした除湿器だ‼
「……オーケイ、少し説明が必要なようだね」
「あんた、ドコの誰に向かって話てんのよ?」
彼女はコスプレイヤーの類じゃない。正真正銘の家電なのだ。具体的には除湿器だ。
現在俺の部屋が雨天にも関わらず
「もう少し具体的な部分に触れていこうか?」
「ハァ、通販番組かなにかか……」
除湿器ちゃんの正面に回り込む。水色の大きな瞳はいつ見てもミステリアスな雰囲気で綺麗だ。
おっと、いま重要なのはそこじゃあない。
彼女の額には
●満水
「ときに除湿器ちゃん……?」
「な、なによ?」
「俺になにか頼むべきことがあるんじゃないか?」
「…………」
はっとしてから
彼女の胴体、お腹にあたる部分へ視線をやる。彼女の身体で最も除湿器らしいデザインのそこには縦長の覗き窓のようなものが取り付けられている。
内部の様子が丸見えのそこには水がなみなみと溜まっている。
「ずいぶんと、溜まっているじゃないか?」
「そっ、そうよ! 半日近く稼働してたからねっ!」
「ああ、部屋のジメジメを吸い取ってくれて満水状態だ」
「くっ……!」
除湿器ちゃんのお腹の除き窓をツツっとなぞる。
通常ならセクハラ裁判待ったなしだが、彼女の場合はセーフだ。
「……トイレ」
除湿器ちゃんは顔を真っ赤にしながらも口を開く。
「満水状態よ。トイレ、連れてって。あんたのために部屋を除湿してあげたんだからねっ、連れてけ!」
仕事に勤勉な除湿器ちゃんは自身の
俺としても彼女の働きには助けられているし、こんないじらしい家電を虐めすぎるのはよろしくない。
「わかってる」
俺は彼女の背後に回り込む。彼女の肩と鎧の胸当て部分を繋ぐように『コの字』型のハンドルが左右に一つずつ取り付けられている。
それを起こしてから掴むと俺は除湿器ちゃんを持ち上げる。彼女は見た目の割には軽い。ごく普通の除湿器程度の重量しかない。
えっほえっほと彼女をトイレへ運んであげる。もちろん、座らせる前に便座は殺菌ペーパーでちゃんと拭きますよ?
「では、ごゆっくり」
ちょこんと座る彼女に
「……まったく、除湿器ちゃんは可愛いなぁ‼」
我が家には除湿器がある。
名前は除湿器ちゃん。
人型をした除湿器でとても可愛らしい‼
「まったく、除湿器ちゃんは可愛いなぁ‼」
「うるさいっ!! アッチいけっ‼」
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