旅立つ『キオクソーシサー』

 ミラリーと共に村に戻ったオレ達は、その場で大歓迎された。

 ミラリーは直ぐに替えの服に着替えなおし、オレにスラックスとシャツを返してくれた。

 オレは浮かれた村人たちから、馬小屋に宿泊させてもらえる予定の話ではあったが、きちんと食事と宿を提供してもらえた。

 その日、村人たちからミラリーとオレは一緒になって祝われて、酒を飲んでほろ酔いとなったわけだ。


 やっと宴会から解放されてから、オレは宿屋の一室で、ベッドに転がって、明日からどうしたものかと考えていた。

 ――と、不意にドアがノックされた。

 異邦人のこのオレに客が来るとは思っていなかったが、ドアを開くとそこには笑顔のミラリーが立っていた。


「やっほー」

「やあ、ご苦労様」


 ミラリーは、皮の胸当てを着込んだ軽装の出で立ちで、ヘソをだし、短いスカートに身を包んだ姿でやってきた。なんというか、そんな装備で大丈夫か、と問いたくなる。

 ファンタジーの女キャラの服装ってのは、イラストで見ると、違和感がないが、実際目の当たりにすると、なんというか、『痴女なの?』と聞きたくなる。


「今日はありがと、あのままじゃ私、裸のまんまで身動き取れなかったよ。てへへ」


 ぺろりと舌を出すミラリーに、オレは気持ちも落ち着いたし、色々と聞いてみるかと、そのまま部屋の中に誘った。

 ミラリーは別に警戒する様子もなく、部屋に入って来た。

 恐らくだけれども、洞窟でのオレの対応が紳士的だったためだろう。ミラリーはオレを信用している様子で、寝室に入り、椅子に腰かけた。オレはベッドに座ってミラリーと向き合った。


「名前、思い出せた?」

「いーや、アルト……で通すよ」

「そっか、じゃあアルト、さっき村の人からアルトのこと、聞いたんだけど、無一文なんだって?」

「ああ、まぁ……なんにも持ってない」

 金どころか、戦闘能力もサバイバル能力も、だ。心もとないこと、山のごとし。


「そっか、大変だね。これからどうするか決めてるの?」

「ウーン。今考えてた。正直、この世界のこと、全然分かんないんだ。常識もないし、途方に暮れてる」

「……アルト、やっぱり記憶喪失なんだね」


 厳密には違うんだが、オレはその方が説明も省けると、頷いた。


「ねえ、良かったら一緒に私と冒険しない?」

「え、なんで? オレ、多分足手まといになるぞ。特に戦闘能力もないし、ミラリーにメリットがない」

「いやー、実はさ私も記憶喪失なの」

「な、なんだと? マジで?」


 タハ、と軽く笑うミラリーは、表情の割に重大な設定を口にした。


「もう一か月以上前の話だけどね、気が付いたら知らないところに居て、覚えてるのは名前だけだったんだ」

「名前だけは憶えていたのか。オレと逆だな」


 オレはミラリーの話を聞きながら、頭でこんなことを考えていた。


 ――さては、こいつも死神幼女の人事異動で、この世界にやってきた異世界人じゃないのか、と。

 しかし、オレとは随分様子が違うし、現代社会にミラリーみたいな女性が居るかと言われたら、疑問だ。海外になら居るのかもしれないが、少なくとも日本では見かけない、綺麗なブロンドにマリンブルーの瞳。バツギュンの、プロポーション。ギュンギュンだ。


「だから、ちょっとアルトのこと、気になったの。同じ記憶喪失同士なら記憶を見付ける手がかりも、思いつくかもって」

「結構前向きな発言するね」

「えー? でもそっちのほうが、建設的でしょ! どう?」

「オレは、ほんとに右も左も分からないし、仲間がいるのは正直、心強い」

「うんうん! じゃあ、一緒にこれからやって行こうよ」


 ミラリーはこちらに手を差し出して来た。オレはその手を取って頷いた。

 ミラリーはゴブリンを退治できる程度には強いらしい。なんの戦闘力もないオレには最高の助け舟だ。

 で、ちょっと思ったのが、所謂ソーシャルゲーム風の世界観だ。


 オレも色んなスマホゲームを遊んだが、大抵主人公はガチャを回して、そこで引いたキャラを鍛えて戦闘を行う。主人公、つまりプレイヤー自身が戦うのではなく、ガチャキャラが前に出て戦うヤツだ。

 ひょっとすると、これはそういう状況なのかもしれない。

 このミラリーは最初に貰えるSランク確定キャラみたいなので、こいつで序盤を乗り切って、だんだん沢山のキャラをガチャで手にして進んでいく……。とかだ。

 そう考えると、オレ自身に戦闘能力がないことにも納得いくし、オレの『メタ』的な能力にも説明が付く気がした。

 ガチャ課金ゲームは、現実世界の金を、ゲーム内の通貨に交換してガチャるだろう。あれはある意味、メタな能力発動だと考えられる。……と思う。


 主人公のポテンシャルはそのまま財力が形になるのだから。


「……ミラリーこれから宜しく」

「うん、よろしくねアルト」

「これからどこかに行く予定はあるのかい?」

「大きな町に行って、色々情報を集めたりしたいなって思ってたんだ。自分のこと」

「ああ、もしかしたら人探しの張り紙なんか出てるかもしれないな」

「うんうん! だから、ここから東にあるチドリの町に行こうかな~って考えてたよ」


 どんな町だかさっぱり分からないが、オレも特にどうこうしたいってのはないし、ミラリーに付き合うのは別に悪い話じゃないと思った。


「オッケ。じゃあ、次の目的地は、チドリの町だな」

「決まりね。それじゃあ明日から宜しく。明日の朝、また迎えに来るよ」

「ありがとう」


 そう言ってミラリーは笑顔で手を振り、部屋から出て行った。

 いい子だ。あんなに純粋で、優しくエロい身体をしている女の子を見たことがなかった。あんな女性が近所に住んでいたら、オレはリアルでも死にたいなんて思うことはなかっただろうなーとぼんやり考えた。


「なんか、あれだ。ワクワクしてきた」


 異世界転生、いい感じだ。

 こんなに明日がワクワクする夜なんて、ガキの頃にあったきりだ。不思議と活力が湧いてくる。灰色のビルのジャングルにうずもれて、毎日を過ごしていたモノクロの日々とはまるで違う。

 この世界は、まさに幻想。桃源郷なのかもしれない。

 空気が上手い、自然は綺麗で、人は優しい。モンスターは居るようだが、そんなものは現代社会にだって居た。モンスター〇〇と呼ばれる人の皮被ったバケモノが。


 オレは浮かれる気持ちを抑え込むのに必死になって、眠気がやってこない頭で目を閉じ続けた。

 早く明日にならないか、と、遠足前の小学生のように――。


 ――翌日。

 オレは旅の支度をしようにも無一文なので、何もできず、ミラリーの荷物持ちを買って出た。せめてそのくらいはしなくては、大人のプライドが揺らぐのだ。

 そんなオレだが、たった一つだけ、旅立ちの前にアイテムを入手しておいた。

 それは村人に頼み、ただで譲ってもらったものだ。村人は不思議そうな顔をして、「そのくらいなら」と気前よく、それをくれた。


「アルト、どうして『それ』を貰って来たの?」

 ミラリーが尋ねるのも尤もだろう。それほどまでに、『それ』は、旅に必要だと思えないものだったからだ。

 オレは『それ』を胸のポケットに入れていたが、ひょいと取り出し、指でくるりと回して見せた。


 ――ディス・イズ・ア・ペン!

 オレが貰ったのは、字を書くためのペンとインクだ。オレの文庫本の空白に書き込んだら、一体どうなるのか、を試すために、オレはこれが必要不可欠だったのだ。


「オレは、物書きなのさ」

「ペンは剣よりも強いって聞いたことがある」

「ウム!」


 面白そうな顔をするミラリーも武器らしいものは持っていない。護身用の短刀くらいは持っているものだろうが、それもない様子だった。

 つまり、我らキオクソーシサー(記憶喪失してる人のことをかっこよくしたよ)は丸腰で果てしない冒険の旅に出たというわけだ。


「【書籍化】!」


 オレがちょっぴりカッコつけて文庫本を出現させる。別に口に出して言わなくても本を出すことは出来るが、ミラリーの前でカッコつけたかったので、演出した。


「あっ、本が出た」

 ミラリーが昨日同様に、驚いた。やはり、いきなり本が出てくるのはこのファンタジー世界でも珍妙キテレツ摩訶不思議なのだろう。

 オレが本を開くと、さっそく今日の状態が最新ページに記入されている。

 ミラリーも中身が気になったのか、覗き込んできた。


「む!」


 と、ミラリーがいきなり眉を吊り上げて、こちらを睨みつけてくる。

 ミラリーが見たのは「なんか、あれだ。ワクワクしてきた」と書いてある直前の一行――。


 純粋で、優しくエロい身体――の一文で、ミラリーはこちらに頬を染めて睨みつけたのである。


「あ、いや、違うんだ。これは……」

「これ、アルトの日記なの? ふうん、私のこと……そういう目で見てるんだ」

「……日記じゃない。日記じゃないけど、そういう目で見てます」

「…………べ、別にいいけど、さ……。アルトも男の人だし……。ちゃんと私に服、貸してくれるし。変な人じゃないって分かってるから」


 取り繕うのもおかしな話なので、オレは素直にミラリーに頭を下げた。ミラリーは恥ずかしそうに、オレから顔を背け、紅葉を散らしたような顔で、呟くように言った。


「でも、変なとこばっかり、みないでよね」

 ちょっと怒ったように、オレに注意してくるミラリーに、不甲斐なくも、オレはちょっと萌えた。

「はい」

 と、素直に頷いて、気持ちを切り替えるべく、ペンとインクを試してみようと思った。


「オレのチカラを実験してみる」

「チカラ?」

「この本は、結果を書き写している自動書記の、幻想本だ。これに、直接オレが文字を書き込んだら、どうなるのか。試す」

「試すって……やったことないの?」

 不安そうな顔をしたミラリーに、オレは神妙な顔で頷いた。


「大丈夫?」

「分からん。何も起こらないかもしれないし、世界が壊れる可能性もある」

「や、やめときなよ」


 ちょっと大げさに言ってみたが、ミラリーは青ざめて一歩引いた。

 だがオレはもうやめる気はなかった。この自分の能力がどこまで有意性があるかを調べないと、この先、この作品を書籍化できるかどうかも分からない。


「書くぞ!」

 オレは筆を走らせた。

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