これが僕の仕事だ!

桜松カエデ

これが僕の仕事だ

「さて諸君、急遽集まってもらったのは他でもない。実は先日行った各部の予算割り当てに少々誤差があってね……余っているんだよ」

 僕は重々しく、しかし少しばかりの反省を滲み出しながら切り出した。これは失態だ。生徒会長である僕が誤差に気が付いたのは今日の朝。先生たちに確認を取って、有能な部活動に振り話てる様にと言われたため目をつけた部の部長たちを一室に集めたのである。

 長方形の長机が二つ並べてあるだけの室内。そこに向かい合って座っている各部長を見渡すと、全員が気難しい顔をしている。

 チクタクと時計の音がやけに大きく聞こえるのは気のせいじゃない。黙ったまま口を閉ざす全員が思考を張り巡らしているのだ。始まってからまだ数分も経っていないが無限の時を感じさせる。

 誰か何か言わない物だろうか。我先にと言葉が飛び交うと思っていたけどそうではないのかもしれない。

 そう思っていると、逞しい腕が上がった。

「はい会長、一言申してもよろしいでしょうか?」

 すうっと手を上げて発したのは、柔道部の圧力ちゃんだ。彼女の部は全国大会常連だし部費を増やすと決まった途端に声をかけた。

 短髪で快活な彼女は、スリムな体には似合わない力が備わっていると一目で分かってしまう。

「なに?」

 尋ねると圧力ちゃんが立ち上がる。その姿は姿勢がいいの一言だ。

「そう言えばこの前、もう部費はいらないと言っていた部活がありましたよね? たしかクイズ部じゃなかったですか?」

 圧力ちゃんは口の端をつりあげ、発言をしたと思われる部長を瞳に捉えた。

 その視線の先には今にも寝てしまいそうなほど舟をこいでいるクイズ部の部長、記憶にございませんちゃんがいた。ふわりとした髪型に、大きな目は細められて完全に閉じてしまいそう。

 クイズ部は予想以上の結果を小さい大会でいくつも残しているため、もっと大きな大会で活躍してほしいと思って呼んだのだ。

「記憶にございません」

「おいおい、はっきりとこの前言ったよなあ!!」

 圧力ちゃんは身を乗り出して威嚇するも。

「えー、記憶にございません」

 圧力ちゃんに屈せず記憶にございませんちゃんは素知らぬ顔をしてちょこんと座っている。

 顔を真っ赤にしている圧力ちゃんが次の言葉を探していると、そこでサッカー部の部長が顔を上げ、サラサラの髪をかき上げ口を開いた。

 この八方美人は誰からも慕われていているけれど、サッカーはそこまで上手くない。なのに何故か部長になっている不思議な奴だ。でもこの人も他校との試合では連勝なんだよなあ。

「会長、サッカー部が貰えるならこの前の……」

 サッカー部部長、忖度ちゃんは途中で言葉を切る。

 ぼくはその先の意味を考えて、なるほどと内心で頷いてしまった。可愛い子を紹介してくれるのだ。忖度ちゃんは男子からも女子からも人気があるし、信頼も厚い。サッカーは目に見えて下手だけれど。

「ところで会長。忘れてませんよね? 私の叔父さまは学校の校長、その気になれば貴方をその位置から降ろすこともできるんですよ?」

 場の雰囲気を察したのか、すかさず圧力ちゃんが行ってきた。

「ぐぬぬ……分かってはいるが、ここは公平な審議をすべきなんだよ」

 圧力ちゃんの後ろ盾には屈しない。硬い意志でちゃんとした議論をしなくちゃいけないんだ。

「会長、実績を考慮するなら女子バスケ部も申し分ないと思うのだけれど」

 済んだ瞳で僕を見てきたのは女子バスケ部部長、遺憾の意ちゃんだ。長い髪をポニーテルにして、運動美少女そのものを体現している彼女は長く鍛えられた脚を組んだ。

「他の部が貰うことに関しては遺憾の意を唱えます」

「はっ、女バスよりも柔道部の方が成績優秀なのよ。それにあの体育館は元々柔道部が使っていたものだから返してもらってもいいのよ?」

「何言ってるの? あなたそんなこと話し合った記憶あるかしら?」

 遺憾の意ちゃんが目を向けた先には、まだ眠気から覚めない美少女がいた。だけど話を振られていることは分かっているようで。

「記憶にございません」

 と回答する。

 むむむと口を一文字にした圧力ちゃんがストンと席に着くと、遺憾の意ちゃんが続けた。

「クイズ部は本当に部費が必要なの? そうとは思えないのだけれど?」

「そりゃいるよ」

「でもこの前部室の前通った時『これだけあれば十分』って言ってたわよね?」

 睨みつけるような視線を送る遺憾の意ちゃん。それに刺されたかのように記憶にございませんちゃんは揺さぶっていた体をぴたりと止めると。

「……記憶にございません。本当に覚えてないんですよ。記憶にない物をどうこうしろと言われてもですねえ」

 頭を掻く記憶にございませんちゃんに、今度は圧力ちゃんが口の端をつりあげて意地悪な笑みを浮かべた。

「じゃあ今度からレコーダー置いておこうぜ」

「そしたら今度は圧力さんの不利になるかもしれないのだけど、それでもいいのかしら?」

 忖度ちゃんが机の上に肘を置いてにっこりとスマイルを浮かべる。すると、圧力ちゃんに向って口だけを動かす。

 圧力ちゃんはグッと口を引き締めて、腰かけに体重を預けた。

「分かった。さっきのは前言撤回しよう」

 ばらされたら困る事でもあるのかなあ……。忖度ちゃんは結構いろんな人の噂知っているし、どれが事実化も把握してるんだろうなあ。

 そんなことを思っていると、忖度ちゃんが他の二人に向かって笑いかけた。

「どうだろう二人とも、もしここを譲っていただけるなら」

「あなたの気持を推し測れというの? 冗談じゃないわ。私は出会いに困ってないしね」

 つんと顔をそむけた遺憾の意ちゃんに、忖度ちゃんはがっくりと肩を落としたけど、もう一人の方を見て顔を輝かせた。

 まるで後光が差しているかのような眩しさに、記憶にございませんちゃんは両目を手で覆った。

「遠慮しておきますよ~クイズが彼氏ですからあ」

「あんたそれ本気で言ってるの?」

 遺憾の意ちゃんが呆れた様子で額に手を当てた。

「マジかよ」

 圧力ちゃんも体をのけ反らせて、口をへの字に曲げている。

 このままでは何も進まないと確信した僕は、わざとらしく咳をして部長たちの会話を一時中断させた。

「それじゃあこうしよう。それぞれ何に使うか言ってくれ。この前の会議で使い道についてはある程度聞いたけど、今回は予算が増すんだから細かい部分も聞いておきたい」

 身を乗り出して言った僕の言葉に皆がもう一度腕を組んだ。

 確かこの前は柔道部が衣類の新調で、クイズ部がクイズ本の購入費、サッカー部はゴールネットとボール、女子バスケはゼッケンとボールだったはずだ。

 全ての部活に十分与えたと思ったけど、やはり計画的に使ってさらに高みを目指す部活に部費を与えたい。本当なら均等に分けたいけれど、そんな多くもないし。

 再び時計の秒針音が大きくなった。

 しばらくして考え込んでいた部長たちに僕はタイムリミットを宣言した。

「さて、考えはまとまったかな? それじゃあ柔道部から順に聞こうかな」

 圧力ちゃんはゆっくりと目を開くと。

「畳の入れ替えに使うわ。もしくは他校との遠征費用ね」

「なるほどね。確かに遠征費用だったら申し分ないね。それじゃあ次にサッカー部」

 圧力ちゃんの隣にいる忖度ちゃんに目を移すと、彼女は相変わらず意味深い視線を投げかけてきてアイコンタクトを取ろうとする。

 だけど今回ばかりは無視だ。

「さあ早く言ってみて」

「う……えっと……遠征の」

「ほう、あなた達も?」

 圧力ちゃんが意地悪な笑みを浮かべて忖度ちゃんの話を遮ると、忖度ちゃんは苦虫を噛み潰した様な顔をして言葉を変えた。

「試合用のスポーツドリンクの粉、あとはキーパーの新調に使うわよ」

 冷や汗をかきながらも何とか乗り切った忖度ちゃんは、圧力ちゃんにドヤ顔をさらした。まあ同じでもいいんだけどね。

「じゃあ次にクイズ部。この前は本だったよね?」

「えーっと、いえ、記憶にございません。本は今回の部費で使おうかと思ってました」

 僕は天を仰いだ。そう来るとは思っていたよ。

「じゃあ前回決まった部費は何に使うんだっけ?」

「記憶にございません」

「ぐうう…………」

「ですからクイズ部はクイズ本の購入費用として使います。以上です」

 締めくくられた!

 僕はこめかみに手を当ててため息をつくと、うっすらと目を開けて次の順番になっている遺憾の意ちゃんに訪ねた。

「私たちも部活の遠征に使うわ。どうせ今度大会近いから必要だしね」

 遺憾の意ちゃんは圧力ちゃんを一瞥してふふんと鼻を鳴らした。

「っち。まあどこの部活も一緒みたいなもんなのね」

 自分に言い聞かせるようにして圧力ちゃんは一人で頷く。

 僕はそれぞれの意見を聞いて纏めようと頭を回転させた。この場合だと一番いいのは女子バスケ部のようにも思えてくる。大会近いし。

 うーんと頭をひねって考えていると、

「それじゃあ、バスケ……」

「「「却下」」」

 遺憾の意ちゃん以外から同時に発せられた。まるで打ち合わせでもしていたかのようだ。

「殆どうちと同じ理由じゃない」

「それだったら、サッカー部にも当てはまるのだけど?」

「クイズ部も他校と試合しますけど」

 三人からの視線を受けて僕は言葉に詰まってしまった。けれどこれ以上どうしろと言うのだ。

 部長たちを呼んだのはいいけれどもう僕の方からお手上げしたい気分だ。

 こうなれば多数決で……いや、ダメだろう。結果は目に見えている。

 時計を一瞥すると、もうかなりの時間が経っている。放課後に集まってもらったとは言っても、彼らの時間を無駄にするわけにもいかない。

「決めるための対案持っている人いる?」

 この際、全員に聞いてしまえば問題ないだろう。

「それだったらやっぱりどれだけ大きな大会に出場しているかだと思うわ」

「数では無く実績が問題だと思うね。サッカー部ならその実績がある」

 圧力ちゃんが鼻を鳴らすと、それに対抗するサッカー部部長の忖度ちゃん。

「小さい大会なら、クイズ部の方が上ですよ」

 負けじと記憶にございませんちゃんがゆずらない。

「バカね。それよりも今確実に実績をつけてきている部活にこそ必要だわ」

 遺憾の意ちゃんがどんと自分の胸を叩いてアピールしてくる。

 どれもこれも甲乙つけがたい。どの部に渡しても有効活用してくれそうだ。

 うーん、うーんと頭を抱えていると会議室の扉が開かれて、先生が手招きしてきた。

 僕はとととと走って近づくと、それから思わぬことを聞かされて頭を掻いた。この場に集まってくれた部長たちには申し訳ないけど、先生の言うとおりにするしかないようだ。

 先生が去っていき、僕が戻ると皆が何事かと視線を向けてくる。

「えーっと、予算なんですけど……次回の生徒会選挙の運営費に当てられることになりました」

 そう、次期生徒会長を決めるのにも色々と費用が掛かる。それこそ写真代やパンフレットの作製費。あとは……お気に入りの後輩を当選させるための根回しとかね。

 だけどそれだけでこの面子が納得できるはずも無かった。

「ちょっと待ちなさいよ! それ本当?」

 机を叩いて立ち上がる遺憾の意ちゃん。

 それに倣って圧力ちゃんが殺気を放ってくる。この子の後ろ盾は一番怖い

「おいおい、自分のために使おうっての? いい度胸ね!」

「それなら集めた意味が無いわ。時間を返してほしいわね」

「さっきの発言は記憶にございません」

 一人だけ違う人がいるようだけど、まあいいだろう。

 津波のように迫りくるその視線を受けて僕は一際大きな声で発した。

 これを言えばだれも反論できまい。

「強行採決します」

 これが強行採決である僕の最後の仕事だ。






 

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