私の不思議な体験
ユメしばい
どうしても叶えたいこと
「じゃあ、行ってくるわね」
いつものようにご主人様が出かけた。
帰ってくるのはお日様が沈む時間帯。
とても、とても長い時間、ボクは鳥かごの中でひとりぼっちだ。
けど大丈夫。
食べ物も、飲み水も、水浴び用の水だってある。
寝床はきれいだし、下に敷いた新聞紙は毎日取り替えてくれる。
ボクの大好きなご主人様は、いつだって完璧だ。
彼女が出てまだ幾分も経たないころ、窓越しに黒い鳥がこちらにやってくるのが見えた。その鳥がベランダの手すりを止まり木にして、甲高い声をひとつ上げてボクを見る。
ひと月ほど前から姿を現すようになったこの小汚い鳥の名前はカー太。ボクのことを狙っている悪い鳥である。
「チッ、今日も開いてないのかよ。おいしそうなエサが目の前にあるってのによ」
「ボクはエサじゃありません! 迷惑だからあれほど来ないでって言ったのになんで毎日くるんですか! あなたはストーカーですか?」
「オレは狙った獲物は逃がさねえ性質なんだ」
ご主人様のいない時間帯を見計らい、ここにやってきては、意地悪なことを散々言い残して、他のエサを求めてどこかに飛び去ってしまう。というのが、彼の日課だった。
ボクのことを狙っているし、すごく嫌なやつだけど、ボクの退屈しのぎになってくれているので、そう邪険にもできない。
「ボクのご主人様は完璧なので、窓を閉め忘れることなんて絶対あり得ないことです。現に電気やガスの消し忘れをもう一度確認するために家に戻るなんて一度たりともありません」
「フン、この世にいるすべての動物に完璧なやつなんていねえよ。この前だってあの女、その下に敷いてる紙取り替えるの忘れてたじゃねえか」
「あ、あのときは気分が優れなかっただけです! 誰かの写真見て泣いてたし、きっと悲しいことでもあったんです。誰でもそういうことはありますよ、カラスだって例外ではありません!」
「故に完璧なやつなんていねえ。……けどまあ、ひとつだけ例外があるけどな」
「いかにもその先を聞いてほしそうな口ぶりですね。ふぐー、仕方ありません。フラグの立て方がすごく雑ですがここはあえて釣られてあげましょう。で、例外とはなんですか?」
彼は迷いもなくこう言った。
「神さ」
ため息が出た。
「動物じゃないじゃないですか! そんなの1+1=田んぼの田と同レベルの答えですよ! ズルいです!」
羽のすわりが悪いのか、彼は三回ほど羽ばたいてから向き直り、
「神がいてこその俺たちだ。神をのけ者にしてどうする」
「べ、別にのけ者なんかしていません! そもそも神様なんているわけがないのです」
「いるさ」
「なんでそんなことが言い切れるのですか。嘘つきは泥棒のはじまりですよ」
「言い切れるもなにも、オレは神の使いだからな」
大声で笑い飛ばしてやった。
「自分を神の使いだと言い張るカラスなんて見たことも聞いたこともありません。しかもちょっと自慢げだから相当キモいです。新手の詐欺師ですか?」
「神に誓って本当の話さ。なんだったら神に耳打ちしてお前の願いを叶えてやってもいい。オレとお前のよしみってことで特別にな」
彼の目は真剣だった。
普段のあけすけな態度は鳴りを潜め、雰囲気はガラッと変わっていた。
こんな彼を見るのは初めてだった。
演技だろうか。
けど、嘘を言ってるように見えない。
「ほ、本気で言ってるのですか?」
「ああ」
「……ホントに、ホントにお願いごとを叶えてくれるのですか?」
「ああ、お前が望むならな。ただし、タダじゃねえ。いつの世も代償ってのはつきものだ」
「代償……? タダより怖いものはないということですか。まるであとから膨大な金額を突きつけてくるマルチ商法にでもかかった気分です。気になります。教えてください!」
「ククク、そんなこと気するだけ無駄なんじゃねえのか? どうしても叶えたいことがあるから、そんなに必死になって食らいついてきてんだろ?」
彼の言うとおりだった。
少し考えてみる。
「う、嘘だったら承知しません! ボクはこうみえてちいさな巨人と呼ばれていた過去があります。怒ると見境がなくなってしまうタイプで、カラスだって容赦しません!」
「フン、言えよ、願いごと」
代償というのが気になるけど、ボクにはそれを差し置いてでも、叶えたいことがあった。
「笑いませんか? むしろ笑ったら一子相伝の手羽先拳をおみまいしてやります」
彼はじっとボクを見据えたまま何も言おうとしなかった。
決めた。
「ボ、ボクは……大好きなご主人様に恩返しがしたいのです。だからその、ボクを――
「人間にしてください!」
彼は短くせせら笑い、
「よりによって自分のためじゃなく人間のためにってか。よし、いいだろう。ただし、効果は一日限りだ。その間せいぜい頑張って人間様のために尽くしてやりな」
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